リ・デストロが、部下の労をねぎらうためにサービスを振る舞うことは少なくない。特に幹部たちは会食に連れ出される機会が多く、スケプティックの記憶にも、リ・デストロに教わった肉と酒が『今までの人生で一番旨いもの』としてインプットされていた。
そんなリッチな食事を、ろくに飯を食べていなかったチンピラ連中が、果たして楽しめるのだろうか。今夜は新しい最高指導者、死柄木弔のご機嫌伺いのために、あまり面白くないパーティーが開かれている。
隊長格のメンバーを集めて、やれ肉だ魚だ、デザートだ。リ・デストロがポケットマネーから振る舞っているありがたい心遣いであるはずなのに、スケプティックの心境はどこか複雑だった。リ・デストロがチンピラ上がりの若い男に一生懸命ゴマをする光景⋯⋯などというものは、彼のカリスマ性に惹かれていた解放戦士には信じがたい光景である。用意された飲み物の中にはスケプティックがよく覚えている酒もあったが、なんだか情けない気持ちから、ボトルを手に取れずにいた。
とはいえ、折角の催しである。料理をいくつか摘まんで、美味しい思いをしよう。悪酔いしそうだから酒は控える。気持ちを切り替えてオードブルを見ると、サーモンのカルパッチョや、牡蠣のグラタンが目についた。ふと、先日、魚が嫌いだなんだと文句を言っていた青年のことを思い出す。ああいう手合いにとっては、例えばエビフライなんかも苦手の内に入るのだろうか。堅苦しい場所でもないことだし、彼を見つけたら雑談を振ってみるのも、気晴らしになっていいのかもしれない。
人気のないところを探すと、荼毘は簡単に見つかった。つまらなさそうに壁にもたれ掛かり、床のシミなんかを数えているようだった。荼毘の手に飲み物も何もなかったので、スケプティックは適当なグラスをふたつ用意して、それぞれにシャンパンとオレンジジュースを注いでみる。
「荼毘」
声を掛けると、不機嫌を隠さない鋭い目がこちらを見上げる。スケプティックの手元に気付くと、今度は不可解そうな顔をした。
「それは、何?」
「酒と、こちらはジュースだ。好きな方を飲むといい、余った方を私が頂く」
「気が利くんだな。次は熱い茶でも持ってきてくれ」
本気の要望なのか、皮肉なのか。考えていたらオレンジジュースの方のグラスを取り上げられた。
ジュースを呷った荼毘が、先程のつまらなさそうな表情に戻る。一応高級ジュースだったはずだが、まあ、あまり食に頓着がないのだろう。荼毘と乾杯しそびれたことが、僅かに気掛かりである。
こちらの妙な気配を感じ取ったのか、荼毘はこちらを見上げて「はん」と鼻で笑った。
「何見てるんだ」
どうして見ているかと訊かれたら、「荼毘のことが気になるから」としか答えられない。つまらなさそう、飲食中の姿が珍しい、もっと話したい。全て伝えたら、まるでスケプティックが荼毘を口説いている風になってしまうだろう。荼毘の問い掛けを無視するのも不自然なので、適当な言い訳を考える。
「……今日の飯は、貴様の好みか」
「めし?」
「偏食なんだろう。こういうの楽しめているのか、気掛かりで見ていた」
当たり障りのない返事が出来ただろうか。顔色を伺うために、荼毘の目をじっと見る。荼毘もまた、スケプティックの真意を探るように見つめ返す。
「……ふうん、お気遣いありがとう。飯はまったく好みじゃないし、つまんねーからぼちぼち帰って寝ようと思ってた。でも、あんたと話すのは悪くないぜ」
今日は少しだけ機嫌がいいようだ。口数の多い荼毘もまた珍しい。「あんたと話すのは悪くないぜ」という言葉がリップサービスだったら、きっと落ち込んでしまうのだろう。
「あんたの部屋には、俺も好きそうな飲み物なり食い物なり、ないの」
「私の、部屋?」
「連れてってよ。あんたの部屋なら二人きりでもっと話せるし、さ」
「二人きり」
「ハハッ、あんた今、俺に口説かれてんの、分かる?」
口説かれている。そうだったのか。意外だ。何故口説いてくれているんだ。頭では様々な言葉が飛び交うものの、口から出力されるものは何一つなかった。
「なあ、連れてってくれないのかよ」
「……つれて、く」
「そうこなくっちゃ」
荼毘がスケプティックの腕を掴み、出入り口の扉まで引き摺って歩くものだから、途中で「スケプティックが荼毘持ち帰ろうとしてるんだけど!!」という声が聞こえた。どこからどう見ても立場が逆だろう。
荼毘にお持ち帰りされたスケプティックは、本当に、お持ち帰りという体裁を取った。ベッドに転がされてキスをされたり、キスを仕返したり、ひとしきりもみくちゃになったあと。思い出したかのように、先ほども見掛けたお気に入りのボトルを取り出す。
「飲むか?」
「酒、嫌いなんだ」
なんなんだよこいつは、と思った。
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