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kanaco
2025-11-23 20:45:15
4777文字
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【十二信】ご機嫌なきみ
《十二信》成立済の十二信。今日はとっても疲れちゃったので、お互いのご機嫌を取り合う十二信ちゃん。
「おおん?」
20:00過ぎ、アパートの玄関。
十二は疲れ切った表情のまま不思議そうに首を捻った。
ここ3日間ほど仕事が立て込んでおり、スケジュールの詰め込み具合が激しかった。アパートに帰るよりも架勢堂に泊まっていた方が楽なくらいの状況で、服を着替えるためとシャワーを浴びるためにしか戻っていない。今日になって仕事がやっとひと段落をしたため、ようやくベッドで眠れる
…
とヘトヘトの状態で帰ってきたのだ。
そうして不審な点に気がついた。
玄関の鍵はちゃんと閉まっていた。外から自分の部屋を眺めた時は電気も消えていたと思う。しかし玄関から一望できるダイニングキッチンには電気が点いており、十二以外の見慣れた靴が揃っていた。
靴で犯人が誰かは察しがつく。信一に「いつだって自由に来ていい」と合鍵を渡したのは自分だ。だから不法侵入ではない。約束をした記憶はないので、急遽訪問したのだろう恋人が電気もつけずに一体何をしているのかは検討がつかなかった。
とりあえず靴を脱いで上がれば、キッチンの方から良い匂いが漂ってきた。近づいてみると準備した覚えがない鍋がコンロに置かれている。
パカリと蓋を開ければ鶏肉と野菜がたっぷりと煮込まれたスープが入っており、まだ夕食を食べていない十二の空腹を刺激した。龍兄貴が作ってくれた差し入れかと考えたが、十二の家の鍋であるしスープにゴロゴロと入っている野菜の大きさが豪快に不揃いなので、信一がここで作ったのだろうと思い直す。
十二はご機嫌にニンマリとした。
最近、信一は龍兄貴直伝の家庭料理を習うことにハマっている。料理そのものが楽しいというよりは、龍兄貴とキッチンに立つことで2人きりの時間を増やせることが嬉しいらしく、レパートリーを広げることにも熱心なようだった。新しいメニューを会得して龍兄貴に褒められるまでなると、信一は次に十二に振舞おうとする。今回もその腕試しかもしれない、と薄っすら思う。
とはいえ、ならば部屋の電気をつけて待っていればいいのに
…
と訝しむ。
いるとすれば寝室。
ジャケットを脱いだりポケットから財布を出したりとラフな状態になってから、奥のドアをそっと開いた。横開きのドアをスライドさせてしまえば、リビングからワンフロアのように縦に広がる構造なので、明かりがそちらにも差し込んだ。
すると寝室エリアのほとんどの面積を占めているローベッドの上で、体を丸めて横になっている信一が目に入った。
セミダブルのゆとりある広さであるのに、中央で膝を軽く折るようにして小さくまとまっている信一は、人の気配にも電気の眩しさにも気がつかず、スヤスヤと眠ったまま。
それに十二は彼の恋人がお腹に抱きこむようにして、腕に何かを持っていることにも気がついた。それが気候が寒くなってくると十二が肩や膝にかけたり、布団の中に入れ込んで暖の足しにするモコモコのブランケットであると理解するのに時間はかからず、十二は心をドキリと跳ね上げる。
「かっわっ」
感嘆を上げそうになり、思わず自分の口をパッと塞ぐ。
(可愛い
…
)
素直な感想は心にこぼした。図体のデカい、20歳などとっくに過ぎた立派な成人男性には不釣り合いな賛美であることに十二も異論はない。しかしそれ以外の形容は浮かばなかった。まるで宝物を抱えるようにして、十二の匂いが染みついているだろう布をギュウと離さずにいる姿は愛おしい。
それに黒社会の人間として龍捲風から訓練されている信一は、他者の気配に対して本来は敏感である。それなのに十二が近づいても目を覚まさないのは、傍にいるのが十二だと感じ取り安心しきっているからだ。無防備な顔を晒して寝入っている姿に、庇護欲と支配欲という相反する感情が同時にムクムクと湧いてきて、十二は自分に対して嘲笑するように少しだけ笑った。
片膝だけをベッドについて身を乗り出し、信一の頬を手の甲でそっと撫でる。
「信一」
囁くように名前を呼ぶと、秀麗な顔立ちにある長いまつげがフルフルと震えた。ゆっくりと瞳が開いて、薄く膜を張ったように潤んだ目が、ぼんやりと十二の顔を映す。
「ただいま。帰ったぞ」
「
……
おかえり」
寝起きらしい、掠れた声がした。より身を乗り出して真上から顔を覗き込む。小さい子供みたいに晒した額、油断するとまた閉じてしまいそうな瞼、こめかみや、鼻の先、頬へと順番に優しく押しあてるようなキスを降らせていけば、信一が口元を嬉しそうにゆるませたので、十二も喜々として唇に吸いついた。フニっとした感触が愛おしくて、唇を柔らかく食み堪能していれば、僅かに開いた口の隙間から信一が吐息まじりに声を漏らした。
「ん~、ネコみてぇ」
「あ?お前んとこのネコはこういうことしてくるわけ?聞き捨てならねぇな」
「
…
ネコと張り合ってどうすんだよ」
「俺をネコ扱いすんの、お前くらいのもんだけどな」
「城砦にこんなにでけぇネコはいねぇかぁ」
「トラは?」
「
…
俺の横には時々」
信一が両腕を伸ばして「起こせ」と強請ったので、十二は素直に従った。ベッドの上に乗って胡坐をかくと、抱き起すようにひっぱってやる。
信一の体はなすがままに起き上がり、そのまま倒れ込むように十二の方にしだれかかってきた。上半身をちゃんと受け止めてやれば、真正面から抱きつかれたような態勢になって、信一の両腕が十二の首へ回る。
密着度が増す。いつもよりも高めの体温と、信一の匂いが十二を包んだ。仕事の疲れが癒されていく。息が鎖骨にかかるのがくすぐったくて十二が笑うと、信一がポツリと言った。
「十二、ご機嫌だな」
「そりゃぁ、もちろんだろ」
仕事頑張って帰ってきたら、恋人が部屋で手料理作って待っててくれるの優しすぎるし、俺のブランケット抱きしめながら待ちくたびれて寝てんの可愛い。ただいまって言ったらおかえりって返ってくるの最高。通い妻みてーで超いいじゃん。仕事疲れなんて吹っ飛んじまったぜ。
「これでご機嫌にならねぇヤツいんの?」
なぁ?と猫目をニッコリとさせて浮き立つように言えば、つられたようにして信一がやっと顔をほころばせた。
「そうか」
ホッと息をつくような声を出すので、十二は様子を伺う。
「俺は
…
今日はちょっと疲れちまった」
しょげたような力ない声だった。思えば、信一の顔色はあまり良くないように見えた。
「だから様子を見にきた。虎兄貴からお前も忙しいって聞いたから、疲れてるかと思って。お前がご機嫌なら、良かった」
「
…
そっか、ありがとな。そりゃぁ信一、お前が会いにきたんだから俺はご機嫌よ」
自分が忙しくて気分が沈んでいるから、十二も忙しくて気分が沈んでいるかもしれない、と心配したのだろうと十二は納得した。
随分と悲観的な想像力だなと思うが、オーバーキルほどの気分の落ち込みをコントロールするように直してやれるのは『甘えてもらう』というカードを切れる恋人の特権でもある。いずれにしても、自分を幸せにするためにアパートを訪ねてきたらしい信一に報いる必要がある、と十二は思った。
十二は少しだけ場所を動いた。ベッドの奥の方に座り直すと股の間に信一を置いて、後ろから抱きしめ直した。一度だけ信一が痛がるくらいにギュウと強く抱きしめる。すぐに腕を離して今度は労わるように、信一の両肩と腕を上から下に滑らせるように手のひらで優しく撫でる。
「お前のおかげでご機嫌になった俺が、お前もご機嫌にしてやろう」
「
…
すげぇ、自信」
「なんかリクエストは?」
「んー
…
」
「話を聞く?疲れてるならマッサージしてやろうか?肩揉んでやるよ?」
「だってお前も疲れてるじゃん」
「俺は今、疲れ吹っ飛んでるよ」
「
…
これがいい」
「これ?」
信一が少しだけ体に力を入れて、十二により身体を押しつけるように寄りかかった。入った力の分だけのけぞった十二は、後ろに倒れないように自分も対抗する。再び信一を囲うように腕を回すと、逞しい腕を信一が意図がありそうに触った。信一の右手に誘われるようにして手を繋ぐと、恋人繋ぎをした手のひらは待ちわびたように握り返された。
「弱ってんな」
「優しくしろよ、ご機嫌なトラさん」
「ははっ、もちろん、仰せのままに」
十二は空いている左手で信一の髪を優しく撫でる。何度も往復しているうちに、握り合ったまま信一の太ももに置いている右手から力が抜けていくことに気がつく。リラックスしているのだろうと十二が思っていると、信一が首を傾けて右後ろを向いた。
十二はもう少しだけ自分の体を右側に動かした。信一の顔を覗き込みやすくなる。気持ちよさそうにしている信一がウットリとした瞳を向けていた。
全てを十二に預けてしまっている、そんな色っぽくて可愛らしい表情。見惚れ心を奪われて、髪を撫でるのを止める。信一の頭を固定するようにアシストして、十二はそのまま薄っすらと開いて誘う唇に自分を重ねた。優しく穏やかに舌を入れて、熱を緩やかに交換するように与え合えば、抜け出せないような夢心地だった。信一が口も瞳も表情もますますトロみを帯びさせる。十二の胸の中にずぶずぶと沈み込んでいく様子は愛おしい以外のなにものでもない。
口づけた時と同じように、口を離す時もソッと気遣うように顔の距離をとる。暗かった信一の表情がずいぶんと明るくなった気がした。顔色もさっきより良い。十二はニコニコと笑って信一を見た。
「じゃぁさ、今日は信一が作ってくれた美味しいご飯食べて、一緒にお風呂入ってポカポカになって、それでこうやってギュウギュウくっつきながらベッドで一緒にのんびりと寝るか。それに夕方まで仕事入ってないから、お前が大丈夫ならゆっくりしようぜ」
十二の思いつきは信一にとっても良いアイデアだった。しかし信一には気がかりが一つある。
「
…
美味しい飯かは分からねぇよ?」
「お前が作ってくれた飯は美味いぞ」
「兄貴の方が美味い」
「まぁ、兄貴のはホントに間違いはねぇけど、お前のも美味い」
「ちげぇな。哥哥のが一番」
「褒めてんのに何で不機嫌になんだよ、難しいやつだなぁ」
「でも
…
今日はちょっとチャレンジしてみた」
「お?」
「兄貴に教えてもらったスープだけど、アレンジ足してみた
…
から、本当に美味いか分からないんだよ」
「え、それってまだ兄貴も食べたことない信一の新作ってこと?」
「まぁ」
「初めて食べるのが俺!?」
「つーか、お前の好物とか舌好みに合わせてみようと思って試行錯誤したから
…
お前が食べないと意味がない」
「マジかよ!」
「どわっ!」
十二は今日一番の元気な声を上げて喜ぶと、無邪気なハグで信一の体をユラユラと揺らし、パァと目を輝かせた。その勢いにビックリした信一が目を瞬かせれば、気にしない十二がその頬に歓喜のキスを降らせてグイグイと腕を引っ張る。
「じゃぁ早く食おうぜ!お腹すいちまったし、楽しみすぎる。その後はたっぷりイチャイチャするぞ」
善は急げだ!
信一は目をクリっとさせたが、やがて十二の食いつき具合にカラカラと笑い始めて、最後には口をニンマリと弧にした。楽しそうな表情をして立ち上がった恋人を見る。
「なぁ、十二。ご機嫌?」
「ちょーご機嫌。お前は?」
「お前の喜びようがおかしくて、ちょーご機嫌になったかもしんない」
十二はキョトっとすると次に「やっぱり俺たち相性ピッタリじゃね?」と八重歯をのぞかせカラリ笑った。
それから「じゃぁ今日はこのままお互いのご機嫌を更新してこーぜ」と目を優しく緩ませると、信一の腕を力強く引っ張ったのだった。
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