贈り物(かしへい)

伊東先生からなにくれとなく贈り物を貰う藤堂君の話。かしへい。

 はいあげる、となんでもないように伊東先生から渡されれば僕が断れるはずもなく。
 最初はてのひらに収まるような小さなものだった。甘いチョコレート菓子や、髪を結うための組紐、繊細な藤の花がくり抜かれた金属の栞。
 有難くいただいていたら、だんだんとサイズが大きく、より高価になっていった。
 新しいスニーカー、読書用にとデスクランプ、酒を呑もうとお誘いされて持って来られる江戸切子のグラス。
 あったらいいなあと思っていたものがぽんと手渡される。断るのも気が引けて受け取っていれば、妙なことになってきた。
 チョコレートドリンクにハマっているのだと話した後にタンブラーが増えた。
 機械の手足は末端が冷えるのだと何気なく呟いた次の日には、あたたかな手袋や靴下、毛糸の帽子、湯たんぽカバーをくれた。
 レイシフト先でマスターが正装するので、僕も合わせて出来合いのスーツを揃えようとしたときには、アマゾネス・ドットコムから身体にぴったり合うひと揃いが送られてきた。
 気づけば僕の私物は伊東先生がくださった品でいっぱいになっている。それも伊東先生のお好きな、紫色かそれを差し色にしたものばかり。なんというか、あからさまなくらいだった。とどめに近藤さんの一言。休日だから特製プリンアラモードなるおやつを食べようとお誘いをくださって、私服で食堂を訪ねたときのことだ。
「伊東先生は、平助をとても可愛がってくださっているんだね」
 思い出しただけでも頭から湯気が噴き出しそうだ。
 たしかにそのときは、洒落者の近藤さんに見劣りしないよう、きっちりした印象の衣服を選んで、ピアスを変えて、チェーンペンダントもつけていた。とくに何も考えずとも紫色でまとまっていたのは姿見で確認したから知っている。ぜんぶ、伊東先生からの頂き物だった。
 一緒にいた山南さんは僕に似合っていると急いで褒めてくれたけれど、ばればれだったように思う。土方さんまで気にすんな、とじっと近藤さんの方を見ながら云ったくらいだ。
 まるで、まるで、僕が伊東先生をお慕い申し上げていることを、カルデア中に触れ回っているようで。僕みたいな半端者がそばにいて、いつも気を遣ってくださって、伊東先生のご負担になってやしないだろうかと不安感が膨らんで頭をぐるぐると回る。
 かといってせっかくの贈り物をむざむざ捨てるわけにはいかない。誰かに譲ろうにもカルデアの狭い交友関係ではすぐにばれてしまうだろう。
 一日考えてから伊東先生を訪ねた。同じようによく会う氏真様は不在で、服部さんはなぜかすれ違うようにそそくさと出かけていってしまった。
 自然、屯所にはふたりきりになってしまっている。
 カルデアの御陵衛士の屯所はみんなでくつろぐにはこじんまりした和室だけれど、小さめのちゃぶ台と本棚があり、よく先生はそこで座して書き物をしている。心にとめておきたい日々の記録を綴っているのだそうだ。ときどき僕も混ざって、昔のように勉学を教わったり、将棋やチェスの盤を並べて真剣勝負に挑んだりする。
 伊東先生は読んでいた本を置いて、手ずから僕に茶と菓子を勧めてくれた。今日は洋装ではなく、昔馴染みの着流しで、しかし着崩さずにきっちりと襟を正していた。
「いい干し柿を手に入れたんだ。僕らの時代のものよりもずっと甘くて、藤堂君のお好みに合うと思うよ」
「有難うございます。いただきます」
 紫の地に紅葉がえがかれている角皿に干し柿が添えられて差し出される。伊東先生が選ばれたのだろう。白さのきわだつカルデアでも季節を感じて嬉しくなる。
 手を伸ばしかけて、はて、これではいつもと同じだと思い至る。贈られるがままに受け取ってばかりなのは申し訳ない。
 僕はついと背筋を伸ばす。
「先生、お願いがあります」
「何かな」
 伊東先生がにこりと眼を細める。まるで僕の落ち着かないような心を見透かされているようで、ひどく狼狽してしまう。あの、と口を開いてから一向に言葉が喉につっかえてしまって出てこない。
 云わなければ。僕なんかにプレゼントをくださらなくて結構です、と。
 鉄でできていない方の指先が冷えて、膝の上で曲げたり広げたりを意味もなく繰り返す。伊東先生は辛抱強く待っていたけれど、お待たせしていることにまた焦りが出てくる。
 数分も沈黙が経ち、伊東先生が膝を上げた。
「ちょっといいかな」
 美しい所作で裾を払って立ち上がり、伊東先生は本棚の上に置かれていた小箱を手に取った。六粒入りのチョコレートが入っているような小さな箱だ。ひくりと心臓が跳ねた。
「話を割ってごめんね。忘れないうちに渡しておきたいと思って」
 とん、とちゃぶ台に置かれた小箱が僕の前に滑らせられる。金字のインクでロゴが入っている高級そうな藍色の箱に息を呑むと、伊東先生はいっそう眼を弓なりに細めて笑った。中身が何かは知らないが、僕は軋むような喉をどうにか動かしてかすれた音を鳴らす。
「ぼ、ぼく、は、受け取れません」
「ええ? 困るなあ、中身を見てもないのに」
「あ……
 わざとらしい間延びしたような声にも、目の奥が真っ暗になったような心地になる。伊東先生は長い指先で箱を叩いてみせた。開けてみてよ、と暗に催促されていることは理解できてしまい、逆らえずに僕は両手を出す。
 汗をかくような指でシール引っかいて開封すると、中には袱紗のようなものが入っている……よく確認するとそれは小さな財布で、つややかな黒地の革に紫の内布、革のぬめりを帯びた手触りが良い。
「もしかして気に入らない?」
「そんなことは!」
「それはよかった。藤堂君が貰ってくれなかったら、残念なことに返品することになっちゃうからさあ」
 使ってくれないと困るんだよね、と伊東先生は云ったが、申し訳ない気持ちが後から後から溢れてくる。けっして安物ではないだろうと一目でわかる品だし、僕ばかり貰ってばかりで先生に何も返せていない。
「先生」
「なぁに」
 伊東先生は頬杖をついて返す。決心がついて僕は折り目を正した。
「僕には分不相応です。もう、これっきりにしてください」
「なんで?」
「なんでって……僕なんかが先生のお手を煩わせるのは心苦しく……
 伊東先生に真摯に見つめられると言葉尻が萎んでいってしまう。せっかく決めた腹積もりが揺らぎそうになる。
 だって、期待にそぐわなければ伊東先生に失望されるかもしれない。
 結局は僕は、何も成し遂げられなかった未熟者で、御陵衛士と新選組のどちらかと選べない半端者で、伊東先生に並び立つにはふさわしくないとわかっている。けれども伊東先生は懐が深いので、カルデアのいまも変わらず僕にも目をかけてくださっている。
 せめて邪魔にならないようにしていますから。アヴェンジャーの本分を忘れぬように一線を引きますから。伊東先生の、ひいてはマスターのお役に立ちますから。——そうしたら、お慕い申し上げていることを許してくださいますか。
 伊東先生に贈り物をいただけることは舞い上がるように嬉しいけれど、僕が差し上げられるものはずっと少ない。こんなに良くしてもらえる理由なんか……
 はぁぁ、と伊東先生が長いため息をついて、僕の肩は緊張にこわばってしまう。何か、云わなければ、これも先生のためですと。
「藤堂君、こっちに来なさい」
 ぎしぎしと鳴りそうな怠い身体を必死に動かして伊東先生のそばに寄って正座に座り直すと、伊東先生は手を掲げた。
 ぺちっ。
「うっ!」
 額の傷を狙って弾かれて目を瞑る。
「目は覚めた? それとも耳も片方ずつつねってやった方がいいかい?」
「いえ、結構です!」
「うわ声デカ」
 とっさに耳をふさいだ伊東先生はやれやれと肩をすくめる。膝がつき合うほどの近さで真正面から視線を合わせられ、いままでとは別の意味でたじろいでしまう。
「きみにはちゃんと云わないと伝わらないようだから云うね。僕が藤堂君にあげたくて見繕ってるの。黙って有難く受け取りなさい」
「でも、僕なんかに」
「はい、『僕なんか』は禁止ね。僕に対して失礼だと思わないわけ。わざわざ目をかけてる僕が暖簾に腕押しの馬鹿らしいことしてるみたいじゃないの」
「そんなつもりは」
「なくっても、そう受け取れるんだよ。きみは自分を過小評価しすぎ。この前だって、近藤さんとデートしたそうじゃない?」
「で、デートなんて。ばかな。……もしかして、プリンアラモードを食べに行ったことでしたら、近藤さんだけじゃなくて、山南先生もいらっしゃいましたし、土方さんも合流して」
「ああ、それ以上はいい。聞きたくないから。いくら近藤さんと山南君だからって、そうやってほいほい新選組についていくのどうかと思うんだよ」
 やはり伊東先生は、僕が浅葱の羽織を持っていることがご不満なのだ、と思い至る。僕が半端者だから。血の気が引いてきた僕の額を撫で、忌々しそうに伊東先生は舌打ちする。
「近藤さん奢りのおやつには喜んで向かうのに、僕のプレゼントは要らないと突き返してくるの、こっちは結構傷つくんだよねえ。ちょっとくらい意趣返ししたっていいだろう? しかも藤堂君は律儀だから贈ったもの見るたびに思い出してくれるし」
「あの、何のお話でしょう」
「藤堂君を物で釣ってるって話」
……そんなことなさらなくても、伊東先生がお呼びであればいつでもお伺いしますが……
「いい子だね」
 ことさら優しい雰囲気をかもしだしてはいても拭いきれない苛立ちが混じっていることに、わけがわからなくて困惑する。伊東先生は僕にお怒りなんだろうか。それにしては頭を撫でてくださる手は労わられているように思える。
 頭を撫でられるのは子供っぽいような気がして正直好きではないけれど、伊東先生の手は温かくて心地よくて。いつも振り払えないでいる。
「僕は藤堂君が喜ぶ顔が見たくて、贈ってる。可愛い門弟だからね。だからこれも遠慮なく使い倒しなさい。わかった?」
……はい」
 けっしてそれだけではないような含みがあったが、僕が立ち入っていいことではなさそうなので深くは聞かず、頷いた。伊東先生のお望みであるならなんだって喜びに満たされたから。