お芋さん太郎
2025-11-23 14:23:39
1874文字
Public ちいさなSS @ONEPIECE
 

うま味が出るまでコトコト煮込む




 スープはよく煮込むべし。ゆっくり時間をかければ、具材のうま味がより活きる。夕食を食べたばかりだというのに、サンジがもう明日の朝食の仕込みに取りかかっているのはそのためだ。
 愛しのナミさんとビビちゃんにはできる限り美味しいものを提供したい、そして褒めてもらいたい。その一心でお玉を回す。鼻の下をデュフフと伸ばしながら。
 ふと、メリー号の扉がきしみながらゆっくりと開いた。鍋から扉に目を移す。誰もいない。
 目線を下げる。チョッパーだ。
 彼がドラムで乗船して、幾度めかの晩だ。まだなにか足りないものでもあったかと、サンジが声をかける。
「いや、足りないものはないよ。全部ある。全部あるけど……
「けど?」
 話を続けながら、チョッパーはダイニングの椅子に腰かけた。なにをするでもなく、テーブルに寄りかかって、プラプラと蹄の足を揺らす。
「おら、どうした。言ってみろよ」
「うーん」
「お前はもうおれたちの仲間なんだから、遠慮なんかしなくたっていいんだ。なに言ったって明日の朝には忘れといてやる」
 盗み食いじゃない限り。
 サンジはスープの火を止め、冷蔵庫からミルクを取り出した。小さな片手鍋に一人分だけ温め、ハチミツを溶かしていく。
「なんていうか、おれはドラムしか知らなくて」
「おう」
「でも海は広いから」
「そうだな」
 湯気の立つミルクをカップに注ぎ入れ、でっかいマシュマロとチョコソースを追加。トナカイはミントを食えるのか? と思ったが、今更だなと色鮮やかなミントをチョコンと乗せた。
「だからちょっと、なんとなく……来ただけだ」
 最後の方は、消えてしまいそうな声だった。
 サンジがハッとチョッパーを見ると、彼は恥ずかしそうにモジモジと手を合わせている。この船で最年少のクルーは、どうやら感情表現が苦手なお年頃らしい。
「お~? ホームシックか?」
「違うよ! そんなんじゃねェ! だっておれは、男で……海賊なんだ!」
「バレバレだぜ、かわいいやつめ」
「かわいいって言うな!!」
 サンジがニヤニヤして言うと、チョッパーが大きく否定する。声を荒げれば荒げるほど、図星にしか見えないのに。
 しかしまあ、とりあえず少しは元気は出たようだ。
「からかっただけだ、悪かった。男だろうが海賊だろうが、さみしいときには誰かを頼れ」
 サンジには話を聞くことと、温かい飲み物を出してやるくらいしかできないが、それでも無いよりマシだろう。海の上でつらい思いを抱える経験は、サンジにも覚えがあるのでよく分かる。
「みんなに内緒の特別ドリンク、スペシャルホットミルクだ」
「わあ! なんだこれ、うまいのか⁉」
「もちろん」
 声を弾ませてニコニコしながら揺れるトナカイをひと撫でして、熱いうちに飲んじまえと促した。
 チョッパーの隣に腰を下ろしてタバコに火をつける。いつもであれば男のそばなんて願い下げだが、さみし気な弟分が相手なら話は別だ。
「なあチョッパー、海は広くてたまに怖いこともあるだろうが」
 チョッパーはミルクを飲みながら、耳をぴるぴる動かして聞いていた。
「美味ェものにも出会えるし、冒険も待ってる。なりたいものに、きっとなれる。お前が諦めなけりゃあな」
……おれにできるかな」
 チョッパーは自信のない声で、一度も目を上げずに言ったが、サンジにとっては愚問だった。だってチョッパーはもうこの船に乗ってるのに。
 ルフィが誘った。これが答えだ。
「安心しろ。諦めそうになったら、おれがケツを思いきり蹴ってやる」
「えッ! ケツを⁉」
「この船にはそんなやつがウジャウジャいるぜ」
「そうなのか⁉」
 爽やかに笑ってケツ蹴り宣言をしたサンジに仰天し、チョッパーがケツを守る。じつに素直で純朴なトナカイだ。
「わかったらもう寝ろ。煮込みの足りねェガキは、とっくにおやすみの時間だ」
「ガキじゃねェ!」
「そんなに蹴られたかったか」
「ごちそうさま!」
 弱気なトナカイはミルクの残りを一気に飲んで、素早くサンジにカップを返し扉へ走った。ドアノブに手をかけ、ちょっとだけ開けて、ふり返る。
「約束は……
「約束?」
「朝には忘れるって」
「あ、あー、そう。朝には忘れてるよ。全部な。だから安心してクソして寝ろ」
 チョッパーの「おやすみ」に手を振って返したサンジは、煮込み途中のスープをもう一度火にかけた。
 味見して、小さく呟く。
「やっぱり、もっと煮込んでおくか」
 うま味が出るまで、もう少し時間が必要らしい。