お芋さん太郎
2025-11-23 14:13:50
3808文字
Public ちいさなSS @ONEPIECE
 

文通相手に会いに行こう




「次の島は……まさか、ドラムか⁉」
 前の島で入手した海図を見ながら、ロシナンテが驚きの声をあげた。
 ローはそれを意外に思った。医療大国と名高いドラム王国は、自分のような医療従事者であれば知らない者はいないが、一般の人にとっては雪だらけで何もないに等しい国だ。ロシナンテは海兵だったから、加盟国であるドラム王国の名前くらいは知っていてもおかしくない。しかしそんなに声を荒げる何かがあるとは思えなかった。
「何か問題でもあるのか、コラさん」
「いやあ、問題ってワケじゃねェんだがよ。文通相手がいるのが、たしかドラムだったなと」
「文通?」
「趣味が合ってな」
「へえ」
 この逃亡という名の旅を続けて数年。訪れた島々には決まって友達ができたし、その縁に助けられたことは何度もある。
 ローは人に傷つけられた過去を持つが、それでも人との繋がりには希望を感じている。そしてそう思えるようになったのは、他でもないロシナンテのおかげだ。
 友達は、宝である。ロシナンテの友達ならば、なおさらだ。
 ローは舵をとって方角を調整し、ぴったり真正面にドラムを見据える。読んでいた本をパタリと閉じて、ロシナンテと向き合った。
「会いたいんだろ? 会ってみたらいい。急ぐ旅でもねェ」
「でも、いきなりだしなァ」
「遠慮すんな」
「それお前が言うセリフか?」
「じつはおれも会ってみたい人がいる。会えるかはわからねェが。凄腕の医者なんだ」
 ロシナンテが興味なさげに「へー」と相槌を打った。しかしローも会いたい人がいるということで、なんとなく寄り道するハードルが下がったらしい。でかい膝をポンと打つ。
「よし、じゃあ会ってみるか」

 酒場には熱気と活気が満ちていた。風と雪の冷たい音が聞こえるだけの外とはまるで違う。たった一枚の扉を隔てただけで、嘘みたいに明るく、陽気な、暖かい世界になる。この肌感覚が、北で生まれたローには少し懐かしい。
 目的は食事と情報収集だ。
 プリプリのソーセージと蒸かした芋、ピクルス。おすすめされた固いパンはキャンセルして、熱い飲み物を注文する。雑踏をBGMにカウンター席に座り、ロシナンテが店主に話しかけた。
「どうだい、商売は」
「上々だね。ぜいたくはできないが、こうして楽しくやってるよ」
 店主はそう言って、ゲラゲラ笑いながら酒を飲むお客たちを顎で指し示した。立派なひげで口もとは見えないが、ひげの動きで彼もかすかに笑っているのがわかる。
「なによりだ。おかげで、こうやってうまいメシにありつける」
 ロシナンテが小気味よい音を立てて、ソーセージをかじった。
 ローはその横で会話を聞きながら、コショウをたっぷり振った蒸かし芋をつついていた。酒で体を温めながら、周囲への警戒も怠らない。
「兄ちゃんたち、旅人?」
「まあ、そんなもんだ。ちょっと人を探しててな。マスター、あんたは顔が広いか?」
「ハハ、どうだろうね。なんて人だい?」
「おれが探してるのは『くれは』って人なん――
「ぶッ!!」
 ローが酒を吹き出した。蒸かし芋が酒びたしだ。
 店主とロシナンテがポカンと口をまん丸にしていると、ローが酒をぬぐいもせずにロシナンテの胸倉を掴む。
「コ、コラさん、なんであんた、その名を……
 『くれは』というのは、同名でもない限り『Dr.くれは』のことだろう。ローが会ってみたいという凄腕の医者とは、まさにその人のことだ。
 彼女は百年以上も前から世界の医学を牽引してきた。複雑で詳細な手術の記録、未知の病原体の発見、思いもよらない薬の調合。彼女が世に出した数々のデータのおかげで、一体どれだけの人が命を取り留めたことか。医者であれば、どんなヤブでもその名を知る人物。Dr.くれははまさに、レジェンドなのである。
 その事実をローはロシナンテに話していない。会えるかどうかもわからないから、まずはロシナンテの都合を優先する手はずなのだ。だから彼はその名前を知らないはず。
 じゃあ、なぜ。
「なんでって……趣味が同じで、文通してるから?」
「その趣味っていうのは!」
……梅干し」
「なッ⁉」
 そうしてローは崩れ落ちる。知っていたはずだ。世界は広いようで、あんがい狭いのだ。
 心配して駆け寄るロシナンテに、テーブル席の男が体を寄せる。ウォッカを片手に、顔を真っ赤にして。
「あの魔女のことか? ウィ~、おれァ知ってるぜ、魔女の、家!」
 へべれけである。
 ローが勢いよく顔を上げ、へべれけ男に掴みかかった。お怒りである。
「てめェいまあの人のことなんて言った! 魔女だァ⁉ 正真正銘の! 医者だ! 敬意を払ってドクターとお呼びしやがれ! 百年の英知と技術の結晶をお前は――
 怒りの流れで誰も聞いてない講釈を始めたローを横目に、ロシナンテはチビチビとピクルスをつまんでいた。
 何を言ってるかよくわからんが、彼が元気なのはロシナンテにとって喜ばしい。だから止めない。へべれけ男がとっくに違う席で酒を飲み始めてても、講釈相手が耳の遠いおじいちゃんでずっと頭にハテナを浮かべてても。
 いろんな人と関わるべきだ。世界は狭いように見えて、こんなにも広いのだから。
「騒ぎになっちまって悪ィな、マスター。いいやつなんだが喧嘩っぱやくてよ」
「いや、いつも通りさ。楽しくやってるよ」
 店主はのんきにグラスを磨きながら、そっと口ひげを動かした。

 一目でわかった。まとうオーラがあまりにも違う。彼女は背すじを伸ばして凛と立ち、薄く笑ってローに問いかけた。
「ハッピーかい?」
「ああ、おれはハッピーだ。あなたに会えたから」
 ローが真面目な顔して答えた。
「おれはあなたに興味がある。もし嫌じゃなかったら、おれと――
「アー、つまり、あんたの医術に興味があるってことだ。悪いな、コイツも医者なんだ。初めまして、くれはさん」
「おもしろい子どもを連れてきたじゃないか、ロシナンテ。なんだか口説かれてる気分になるよ」
 言いながら、くれはがローに紙の束を手渡す。最新の研究データだ。ローは今までの存在感が嘘のようにピタリと押し黙り、そばの椅子に勝手に腰かけて夢中でそれをめくった。
 ロシナンテとくれはは、手紙で梅干しレシピのやり取りは何度かしたが、なかなか会う機会には恵まれなかった。だからこれが初めまして。
 だけども同じ趣味を持つ者どうし、戦友みたいなもののように感じている。二人で見つめ合い、同じタイミングでニヤリと笑う。何も言わずとも通じ合える、この空気感が心地いい。
 くれはが無言で足もとの棚を開ける。いよいよご対面である。
 年期の入った壺は、くれはが持つと大きく見えるが、ロシナンテにとっては片手サイズだ。手の震えを抑えて、ゆっくりと蓋をとる。
 ツンとした香りが鼻をさした。壺の中に納まった梅干したちは、赤くて、しわくちゃで、光って見えて、まるで。
「太陽みたいだ」
「大げさだね」
「太陽のにおいがする」
「いくらあたしでも、頭は治せないよ」
 とはいえ、くれはもまんざらではなかった。この冬島で梅を入手して梅干しを作るなんて簡単なことではないのだ。
 いつもは一粒の梅干しをゆっくりゆっくり数日かけて食べるのだが、今日は特別な日だ。一粒まるごと小皿にのせて、お箸をつけて、ずいぶん年下の友達へ渡す。
「お食べ」
「いいのか⁉」
「さあ、早く。あたしの気が変わらないうちに」
「じゃあおれも」
 ロシナンテが、子電伝虫くらいの小さな壺を懐から取り出した。なにをどうしたのか、少しヒビが入っている。
「旅の途中で、それしかないけど」
 固さの残る、干し方の甘い、どちらかというと梅漬けに近い梅干しだった。彼らの旅の過酷さを物語る梅干しだ。
 ロシナンテは照れを隠して軽く笑ったが、くれはは真面目な顔でそれを見やった。
 一粒を器用に半分にして、口に含む。
「うん、いい味だ」
 その一言に安心して、ロシナンテもくれはの梅干しを食べる。
……⁉ あんたのは、その、なんていうか、すっ……!!」
「うん、いい反応だ」
 昔ながらの味付けは遠慮がない。甘味も塩味もまったく控えないのだ。
 くれはが一粒をゆっくり食べるのは、梅干しが貴重なのはもちろんだが、ほんの少しでこと足りるからというのが大きな理由だ。
「アポなし訪問のお返しさね。ヒヒ、残すんじゃないよ」
「すっ……!! か……!! おいロー、お前も食え。共犯だろ」
 愛しい子どもがギロリと睨む。
「おれは梅干しは嫌いだ」
「知ってるけどよ。あのドクターの貴重な梅干しだ。万病に効くんだぜ~こういうのは」
「おれはもう病気じゃないし、そもそも万病に効くなんてそんなワケが……いや、Dr.くれはの梅干しならそういうこともあり得たりするのか? いやしかしそうだとしたら医者の存在意義が……ミネラルとクエン酸で疲労回復、乳酸菌で腸内環境が……
 ブツブツお経を唱えるものだから、隙を見て無理やり口に入れてやった。だって長くなりそうだったので。
 強烈な梅干しにローの顔がアホみたいにしわくちゃになる。ロシナンテは爆笑しすぎてズッコケて、いろんな器具をなぎ倒した。
 怒声と包丁が飛びかう、数秒前のできごとである。