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お芋さん太郎
2025-11-23 14:11:10
2840文字
Public
ちいさなSS @ONEPIECE
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勝利条件
べポはあらん限りの力で泳いだ。ローを背に乗せ、一度だって振り返りもせず、ただ前だけを見て全速力で泳いだ。
「もどれべポ
……
! ハァハァ
……
仲間をおいて
……
いけねェ
……
!」
「戻らねェ! 信じてキャプテン、誰も死なねェよ! だから
――
死なないで!」
勝者島が遠ざかる。沈んでいく船も、海に散らばった仲間も、全部がどんどん遠ざかる。ローは閉じかけた目を無理やり開いて、それを見やった。
いままで何度も味わった。抗うすべなく全部を奪われる喪失感は、何度も。
叫んでも罵っても、ひとつも戻りゃしない。わかってるのに、そうしなければ頭が爆発しそうになる。腹の底に重なる、おもたい石が苦しい。まぶたの裏に弾ける熱いものがうざったい。それなのに、胸の奥はスッカラカンだ。何も無い。最悪だ。
そして意識は薄れゆく。海の水は、人間がずっと浸かっているにはあまりに冷たい。ローのなけなしの体力は確実に奪われていった。
キャプテン、キャプテンと、必死に叫ぶべポの声が、しだいに遠くなる。
ついに、ローの目の前は真っ暗になった。
暗い画面に「クリア!」の文字が浮かび上がる。ローがゲームパッドを乱暴に置き、上質なチェアの背に力なくもたれた。
同時にワッと歓声があがる。
『キャプテーン、やったぜ』
『今日は祝いだ!』
『酒だ酒、一番いい酒!』
『おれたちの偉大なる戦いに、乾杯~!』
『ネットニュースのトップになるぜ、おれら!』
『いろんな意味でな』
『しかしべポ、お手柄だぜ!』
『やっと次のステージに進める~』
『ローさんもほら、飲んで飲んで!』
画面の中でバカ騒ぎしている二十人は、ハートの海賊団の面々。ともにオンラインゲームを楽しむ仲間たちだ。ローたちはこのゲームの中で、それぞれに与えられたミッションをクリアしながら、ハートの海賊団の仲間として航海を続けていた。めざすものは〝ひとつなぎの大秘宝〟だ。
怒涛の勢いで名を上げてきた麦わらの一味と同盟を組んで、裏技に近い手で海を牛耳っていたドンキホーテ・ファミリーや、長年にわたって組織的なプレイをしてきた百獣海賊団を打ち倒し、ゲーマーたちの間にもハートの海賊団が広く知られ始めた矢先のことである。ワノ国出航後に選んだ航路で、世界的なランカーの一角である四皇・黒ひげ海賊団に行く手をはばまれる展開になった。
相手は全員、チートみたいな能力者。頂上戦争以降、大荒れの海をあの手この手で上りつめた、本物の強者たちである。
そんな彼ら相手に一歩も引かぬ善戦を繰り広げ、敗走はしたものの勝利条件は満たした。つまりハートの海賊団は、勝負に負けたが試合に勝った。大健闘なのだ。
くるくる切り替わる画面の中の顔たちは、そろいもそろって嬉しそうに祝杯をあげていた。それぞれの機転をほめちぎり、いい気になって酒をあびる。まるで本物の海賊だ。
ところがローはそれが気にくわない。黒ひげ海賊団が相手だとしても、全員そろってなんとかできると思っていた。勝つまではいかなくとも、出し抜くことはできるはずだと。それなのに、残ったのは自分とべポだけ。完全に想定外である。
「待てお前ら。なんであんな戦い方をした。おれは許可してねェ」
『ああしないとクリアできそうになかったからな』
『おれらの勝利条件が【船長を死守せよ!】だから、まー進行には問題ないだろうし』
「は?」
おさげ髪の彼が、ジャンバールの返答を補足した。身に覚えのない勝利条件に、ローの背すじがスッと冷える。しかし同時に、彼らの行動に合点がいった。
ウニが缶ビールをかたむけながら、「そういえば」と切り出す。
『ローさんの勝利条件って何だったんスか? さすがにおれらと違いますよね』
「ああ、たしかにおれの勝利条件は【死なずに離脱せよ!】だったが
……
なぜ勝利条件が違うんだ。同じチームなのに」
『そりゃ、船長と一般クルーは違うでしょ~』
『ドレスローザ・ゾウ編もそうだったしな!』
イッカクとクリオネが、アハアハと声をあげて笑った。これで彼らのキャラは退場となるというのに、ひとつも悔いなど感じない。
「だからってこんな
……
みんなバラバラで、ポーラータングも沈んで! ああクソ、オートセーブは死ね」
『おれがいるよ、キャプテン』
「ああ、ありがとうべポ。だがそれとこれとは話が別だ! お前ら勝手なことしやがって、今度のオフ会は覚悟しておけよ」
ローがカメラに向かって凄んだ。怖いくらいの低音ボイスをマイクが広い、仲間たちがゲームのキャラみたいに背すじを正す。ハクガンとシルクハットの彼が「アイアイ、キャプテン!」と律儀に返した。
『キャー! バラされちまう~!』
『いや~ん、三十億の眼光~!』
『これからはキャプテンとべポを高みの見物できるってわけか』
『純粋に楽しみなんだが』
『それな!』
『見つけてほしいな~、ワンピース!』
ペンギンとシャチがふざけるのを軽く流し、仲間たちは次の冒険に思いをはせる。まるで自分のことのように、ローとべポの冒険に希望を感じているのだ。
ローはつまらない顔をして、それを見ていた。グラスの酒を一息に飲みほし、度数が高いものをなみなみと注ぎなおす。楽しいはずのゲームが、なんだか急に味気なく感じた。
ローは知っていた。彼らの意地の強さを。たとえ四皇が相手でも真正面から向き合う強かさを。
ローは知っていた。彼らの覚悟の強さを。必要とあれば非情な選択を躊躇わない、情熱的な一面を。
ローは知っていた。彼らの生命の輝きを。ゲームのキャラクターなどではなく、ともに海を渡った人間としてのクルーたちを。
どんな苦境でも、船長の背中を守る。手足として動く。絶対に逃げ出さず、運命を共にする。そんな彼らだから、きっと同じ状況に立たされれば、何度だってあの選択をするだろう。それが容易に想像できる。
だからこそ、ローは誰よりも強くなければいけなかった。どんなに手強い相手だろうと、倒れてはいけなかったのだ。
たとえ勝利を掴んだとしても、みんながいなければ意味はない。
なぜなら、ローが本当に欲しいものは
――
「このゲームはやめだ。マネマネやるぞ」
『え、いきなり⁉』
『で、出~~~! 船にひそんだマネマネの能力者をあぶりだすゲーム~!』
『説明口調!』
『おれ参加~』
『おれもやる!』
『おれは見てる。ニヤニヤしながら』
『見てる勢で賭けようぜ!』
ワイワイと楽しそうに騒ぎ出す仲間たちには知られないよう、切ない息をそっともらす。言いようもなくリアルの彼らに会いたくなった。この空気感を直に味わいたくなった。
たかがゲームのくせに、やけに人の心を揺さぶりやがる。ローは心の中でブチブチ悪態をつきながら、次なる画面に向かう。
開始三秒。一番最初にやられた。
ゲームも現実も、とことん上手くいかないものである。
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