お芋さん太郎
2025-11-23 14:05:28
1624文字
Public ちいさなSS @ONEPIECE
 

変わらないもの




 ゲンゾウの激昂は、ヨサクとジョニーが原因だ。それなのにさっさと退散した二人に悪態をつきながら、ノジコは軽い調子でゲンゾウに声をかける。
「なーによゲンさん、そんなに怒っちゃってさ」
「これが怒らずにいられるか!!」
 今朝の新聞がグシャグシャになって、地面に落ちる。一面にはノジコもよく知る顔が並んでいた。
 ことの始まりはこうだ。
 いつものようにのんびり朝刊を読んでいたゲンゾウは、麦わらの一味――ナミの新しい情報にたいそう喜んだ。
 あの小さかったナミが、いまや首に億の額をかけられるほど元気にしているらしい。自然と口元が緩むのはしかたない。
 その喜ばしい情報を共有しようと、すっかり村に馴染んだヨサクとジョニーに新聞を見せた。彼らもすっかり色めき立って、我先にと読み始める。
『新世界の海賊〝百獣〟カイドウ破れる』
『撃破したのはルーキーが中心の海賊同盟』
『麦わらの一味の賞金額更新』
 そこまで読み進めたヨサクが、とつぜん驚愕に目をむいた。
「えっ! この『ジンベエ』って、アーロンの親玉じゃありやせんか⁉」
「おい、ヨサク!」
「あっ」
 ジョニーがすぐにヨサクを止めたが、時すでに遅し。ナミの写真にデレデレしていたゲンゾウの顔色が赤から青に、青から再び赤に変わった。
「ナミはあの魚人の仲間といるのか⁉ まさか、また無理矢理……あの麦わらの小僧、『約束』はどうした! よもやナミを泣かせてはいまいな⁉」
 ゲンゾウの怒りは大爆発だ。ヨサクとジョニーが二人がかりでなだめても収まらず、ついには新世界へ船を出そうとする始末。
 ちょうどそこにやってきたノジコが図らずもバトンタッチ、なだめ役となってしまったわけだ。
「ノジコは心配じゃないのか! あの子がどれだけ魚人に苦しめられたか、知っているだろう!」
「もう終わったことでしょ。それに、その魚人とアーロンは別人」
「なぜお前はそうなんだ!」
「なんでゲンさんはそうなのよ」
 ノジコが涼しい顔をしてゲンゾウにみかんを手渡す。
 ゲンゾウは怒りでそれを握りつぶしてしまいそうになったが、すんでのところで思い留まった。椅子に腰かけて、深く深く息をつく。
 ノジコは彼の隣に座って、なにも言わずにみかんの皮をむいた。ひと房、指でつまんで口に含むと、甘くて酸っぱい。いつもの味だ。
「どうもダメだ。苦しくて、つらい……昔の記憶ばかりが巡って」
「あたしもだよ。でも――
 ゲンゾウがノジコの横顔をチラと見やる。ノジコはそれに目を合わせ、困ったように眉尻を下げた。
 ココヤシ村がアーロンの支配から解放されて、二年がたった。
 『まだ』二年だ。
 生々しい死の恐怖も絶望も、振り向けばすぐ後ろにあるように感じる。重たい一歩を踏み出す瞬間、水かきの手で海に引きずり込まれやしないかと身がすくむのだ。
 鮮血したたる過去が、日常のあらゆる隙間から顔を出し、無遠慮にあざ笑ってくる。たったの二年じゃ、心の解放にはほど遠い。
 それでも唯一、信じられる指針がある。
 ナミだ。
 恐れを知らず夢に向かって進む彼女は、手配書の中でいつも変わらず笑っている。ノジコにとって、それだけは決して揺らがぬ事実なのだ。
「でも、あいつらの……ナミの仲間なんでしょ」
 食いしん坊の船長と、どこかおどけたクルーたちを思い出す。
 彼らの手配書を順に並べていくと、ノジコがぷっと吹き出した。知ってる顔の他には、タヌキと、黒髪の女性、船、骨。増えた仲間も、だいたいみんなヘンテコだ。
「あいつらも相当おかしな奴らだったけどさ。この魚人は……この『人』は、どんな奴なんだろうね」
 しわくちゃになったジンベエの手配書を手でのばし、彼らと同列に並べる。それが妙にしっくりきて、また笑った。ゲンゾウも一緒に。
 今度はゲンゾウがみかんの皮をむき、二人で半分ずつ食べる。
 甘くて酸っぱい。いつもの味だった。