お芋さん太郎
2025-11-23 14:01:00
1022文字
Public ちいさなSS @ONEPIECE
 

背中




 鼻をすする音を隠そうとしたのに、失敗した。
 地肌を露わにした自身の大きな背中を、ペンギンとシャチが両脇から優しく叩くものだから、それにつられてこみ上げた衝動が溢れ出る。ジャンバールはそれをどうしても止められなかった。膝を折って、背中をまるめて、声を飲みこみながら、ただ涙を流す。
「泣くのはかまわねェが、背筋を伸ばせ。胸を張れ。おれのクルーならな」
……ズズ。ア、アイアイ。キャプテン」
 真正面で腕を組んだローが、普段よりも小さくなったジャンバールに檄を飛ばす。
 感情を露わにするジャンバールに対し、彼はさも当然というような澄ました顔をしていて。ジャンバールはその『当然』が失われた日々を思い、もう一度、盛大に鼻水をすすった。
「あと鼻をかめ」
「ほい、ティッシュ」
「すばない」
 べポがくれたティッシュを十枚くらい一気に使って、鼻が赤くなるまでかむ。
「豪快だな」
「お前のいびきよりはマシだけどな、クリオネ」
「冗談はよせよ〜……冗談、だよな?」
「ウーン」
「おい、ウニ! 冗談だよな!」
「うるさいぞ、ウニ、クリオネ!」
「だってウニが……
 クルーたちのそんなやり取りが、アホくさくて、バカくさくて、ジャンバールは眉を八の字にして小さく笑った。
「キャプテン、あんたはおれの恩人だ」
「半分は麦わら屋だ。あいつがああしなければ、おれはお前を助けなかった」
 ローは不本意を顔に出した。照れ隠しのようなものでもなく、淡々と、事実としてそうなのだと言う。
 しかしジャンバールにとっては違うのだ。たとえ連れ出したのが麦わら次第だったとしても、ローへの気持ちは変わらない。
「いいや、恩人はあんただ、キャプテン。まぎれもなく」
 ほんの数刻前まで、ジャンバールの背には世界の闇をあらわす焼印がされていた。しかし、いま目の前の合わせ鏡に映るのは、トーンの違う肌色と海賊らしい少しの傷だけがある背中だ。
 何の印もない、まっさらな背中だ。
 こんな自由は、もう二度とないと思っていた。小汚い足で踏みつけられたまま、無様に消えてしまうのだと思っていた。そんなジャンバールを再び人間にしてくれたのは、他でもないローなのだ。
 羽織ったツナギの背に描かれるは不敵に笑うジョリーロジャー。人の命を踏みにじる蹄の印を打ち消して、死を象徴するドクロを背負う。
 大切な背中を丸めることは、もうしない。
 彼の誇りを掲げるかぎり。