昼間はどんよりと暗かった雲が宵闇を濡らしている。肌寒かった気温は今や骨まで凍らせてしまいそうだった。ついさっきまで空調の効いた室内にいたから尚更かもしれない。
冴えた空気は今にも息を白くしそうなほどで肌が粟立つ。それでも暖かい室内に戻らないのは、片手に握ったスマホの向こうから聞こえてくる声を探しているから。
「保科」
コツ、と硬質な足音と共に声が重なる。
「鳴海さん!」
色が濃くなったフードの奥に、見慣れた真紅の瞳が見えた。
「傘も差さんで、どうしたん?」
傘の下に引き込んで頬に手を伸ばせば随分と冷たい。温もりを求めるみたいに頬が擦り寄るから体を寄せた。
「あー、……」
うろ、と鳴海さんの視線が彷徨う。迷子のような、或いは悪いことをした子供みたいな目。
「鳴海さん?」
「ン……」
腹の辺りに何かが押し当てられた感触に視線を落とした。雨粒がつるりと滑り落ちる白いビニール。くしゃくしゃになったその中央に、コンビニのロゴが印字されていた。
「やる」
「モンブラン……?」
濡れた気配のない袋の中にはモンブランが一つ。
これを渡すためにわざわざ有明から? もしかして————。
「誕生日、なんだろ」
「知ってたん?」
「日比野と四ノ宮が騒いでた」
二人からメッセージが送られてきたのを思い出す。話題にされてたのかと思うと何か、少し気恥ずかしいような気もする。この歳になったらそう騒ぎ立てるようなもんでもないだろうに。
「それでわざわざ仕事終わってから来てくれたん?」
「…………」
逸らされた視線が答えだった。頬がじわりと熱くなって、自然と笑みが浮かぶ。
「嬉しいわ。ありがとう、鳴海さん」
「……そうか」
「まさかお祝いに来てくれるなんて思ってへんかった。電話もメールもあるのに」
「恋人の誕生日に、それだけで済ませるのはなんか違うだろ」
青白かった頬が色づいてる。頬を手を伸ばせば、熱が指先を掠めた。
「忙しいんやし、それだけでも嬉しかったけど……。でも、会えたんはもっと嬉しい。最高の誕生日やなぁ」
「大したプレゼントもないけど」
「気持ちが嬉しいんや。鳴海さんが僕を祝いに来てくれたことが何よりも嬉しくてしゃあない。それにコンビニのモンブランやって、僕の大好物なん知っとるからやろ? 僕を想って用意してくれたプレゼントなんて嬉しいに決まっとる!」
恋人になる前はこんなことしてくれるなんて思ってもなかった。付き合って初めて知る顔がたくさんある。知るたびにもっと好きになる。
友人にすらなれないと思ってた頃の自分が知ったら目を疑うに違いない。
こんなにも胸の内が暖かく満たされるなんて考えもしないだろう。
一本先を走る車のヘッドライトも、針のような雨を照らす街灯も傘で遮る。
「ほし——」
保湿なんてしないから、かさついて荒れていた。
鳴海さんの両手が僕の背中を抱く。掠めるように「保科」と囁く唇が愛おしかった。
子供みたいな我儘を言うくせに愛情表現は不器用で、伸ばした手を握り込んでしまう人だった。その手を取って、開いても大丈夫だと伝えたい。握り込まれてしまう前に、その手と繋ぎたい。
「あったかいお風呂入って、そんでモンブラン半分こしよ」
「半分?」
なんで? とも言いたげな鳴海さんに目を細める。
「嬉しいことは分け合ったら倍になるんや。鳴海さんとモンブラン食べられたら、もっと幸せで最高の誕生日になるやろうなぁ」
「そこまで、言うなら……」
してやらんこともない……、とボソボソと続けられて口角が上がったのがわかった。
「ホンマに? そうと決まったら早よ帰ろ」
両手が塞がって手を繋げない代わりに、肩を触れ合わせて帰路に着く。
「保科」
「うん」
「ありがとう」
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