ri___hako
2025-11-23 00:01:35
4431文字
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3


「ドラ公散歩いこうぜ」
「この店行ってみたいんだけど」
「スイーツバイキング行きたい!」

 ロナルド君と外出してから一か月ほどが経った。
 あれからというものの、休みやら時間が空くたびにあれ行きたいこれ食べたいなどと提案してくるようになった。おかげで私の休日はほとんど消えた。
 さすがにスイーツバイキングは食べられないからと断った。連れて行かれたが。まあ、彼が人の二倍以上はゆうに食べていたのでよしとする。

 そうだ、それらは別に、いいんだ。彼と散歩に行くのも、あれやこれやと連れ回されるのも。
 よくないのは、私の方だ。
 あの日、私の選んだ服を着たロナルド君を見てから。そして、夕日を背に受ける彼の微笑みを受けてから、どうにもずっと、調子がおかしい。
 ロナルド君を見ると胸の辺りがざわめく。笑顔を向けられると、嬉しくなる。もっと見たいと、そう思ってしまう。
 そして、なんというか、常に彼がキラキラして見えるのだ。初めてそう思った日は、さすがに自分の頭を疑った。
 
 もしかして。いや、まさか。そんな訳ないでしょ。
 一つの答えに辿り着く度に、いやいやないないと否定する。
 自分で出した結論に自分が一番信じられなくて、否定して、ぐしゃぐしゃに丸めて、なかったことにする。そうしているうちに消えてなくなるだろうとたかを括っていたそれは、驚くほどに消え失せてはくれなくて。それどころかどんどんと膨らんでいく始末だ。

 まさか、と考えて。いやないない、と否定する。日に日にスパンが短くなるその一連がとうとう三日と経たずにやってくるようになって、そして、全部嫌になった。
 疲れた。ぐるぐると同じことを考えることにも、それをなかったことにしてしまうことにも。
 だから、やめることにした。

 *

「え、ちょ、ドラ公……?」
「静かに」

 壁を背にしたロナルド君がたじろぐ。その様子を腕を組みながら見上げる私。また一歩近づくと、彼から声なき悲鳴が漏れた。

「なに、なに、なに……
「ちょっと確かめたいことがあるから、そのままにして」

 ロナルド君が両手を拳にしてあごの辺りに持ってくる。ファイティングポーズか? いやこれ、アイドルとかがやってるポーズだな。かわいいやつ。

「ウグ……
「えっ何!?」

 呻きながら天を仰ぐダンピールに、こわい……と涙声で震える吸血鬼。側から見たら、一体どう言う光景に見えるのだろう。
 まあここは私の家なので、私たち以外にはジョンとメビヤツくらいしかいないのだが。だから、何をしたって問題ないという訳だ。

「グォッ!?」
「うえぇ!?」

 前言撤回。問題があるようだ。
 突然天を仰いだと思えば呻きながら悶絶する目の前の男に、もはや泣き出しそうなロナルド君。それを尻目に、後ろを見る。尻のあたり、悲鳴をあげるほどの衝撃を受けたところを見下ろし、ああやっぱり、とため息を吐いた。

「さっきのは君か、メビヤツ」

 ビー! とメビヤツがこちらを睨みつける。おそらく頭突きでもかましてきたのだろう。どこまでも、主人想いの使い魔だ。

「あのね、私は別にロナルド君をいじめてる訳じゃ」
「ビッ!」
「痛ァ!?」

 同じ場所に更に頭突きを食らう。くそ、絶対痣になるぞ、これ。
 こう何度もされてはたまらないと、あわあわと汗を飛ばす彼の主人へと向き直す。

「おいメビヤツをどうにかしてくれ!」
「えっ!? あっえと、メビヤツ、俺なら大丈夫だから!」
「あっ!? ふざけるなその言い方だと本当にいじめてると思われるだろうが!」

 ロナルド君が慌ててメビヤツを止めようとするが、突然のことに動揺したのだろう、誰が聞いてもアウトだろうとしか思えないような言葉を投げかける。
 案の定ヒートアップしたメビヤツが尻に再度突撃をかまし、私は「ギャーッ」と情けない悲鳴を上げた。

「ド、ドラ公。大丈夫か?」
「大丈夫に見えるか……
「ヌー……

 尻を押さえながら呻く姿の、なんと情けないことだろうか。
 私の悲鳴が聞こえたのだろう、お昼寝をしていたはずのジョンが足元へ縋りつく。そして原因を察したのか、大きく両腕を開きながらメビヤツへと立ち向かったのだ。
 ヌヌ、と首を振りながら私を守ろうとするジョンに、さすがのメビヤツもたじろいでいる。彼の主人たるロナルド君は、ジョンの健気な姿に感動したのか「ジョン……!」と手で口元を押さえていた。ジョンとメビヤツばかりでこちらを見もしない彼に、少しモヤモヤとしたものが胸を渦巻く。

 だが、これは好機だ。
 口を隠す手を優しく取り、そのまま壁へと押し付ける。まん丸の赤い瞳がパッと私へと向けられる。それだけで、胸のしこりが消えていく気がした。
 ああ、これはもう、ダメかもしれない。

「どうしたんだよ、ドラ公……

 弱々しい問いには答えず、じっとロナルド君を見つめる。どうした、か。本当、どうしちゃったんだろうね、私。
 ただひたすらに自分が見られているということに耐えられなかったのか、ロナルド君が笑う。少し虚勢を張ったようなそれを顔に貼り付けたまま、彼は言葉を紡ぐ。

「な、何だよ。キスでも、するってのか?」

 この場を冗談にしたかったのか、近づくだけで何もしない私を煽りたかったのか。彼の真意はわからなかったが、そんなことどちらでもよかった。くす、と押さえられなかった笑みが溢れる。
 声、震えてるよ。ロナルド君。

「キス、ね……

 手のひらで壁に押し付けるようにしていたロナルド君の手首を、そっと握る。それだけで、目の前の彼は大げさなくらいに肩を揺らした。
 これくらいでそんなにビビっちゃってるのに、よくあんな虚勢が張れたものだ。

「してみる? キス」
「えぁっ!?」

 ぐ、と更に近づいてそう囁く。かわいそうなくらいに狼狽える瞳に私が映る。ああ、なんて悪い顔をしているのだろう。
 だが、そんな余裕のある外面とは裏腹に、内面はまるで嵐のごとく感情が流れていく。
 冗談ならばよかった、悪戯ならよかったのだ。なんてね、なんて言って、からかったお詫びにバナナケーキでも作ってあげようか、なんて流して。
 そうできれば、よかったのに。
 もう取り繕えないところまできてしまった。そういう、確信がある。
 
 キス、できるなと思ってしまった。
 いや、違う。したいな、と思ってしまったのだ。

 もう、引き返すことなんてできない。するつもりもない。備品だなんてもう、冗談でも言えそうにない。
 検証は、今まで幾度となく立てては捨ててきた仮説を、確たるものへと変えてしまった。

「ど、どらこう、その」
「ロナルド君」

 彼の言葉を遮り、握った手首の力を強める。どうか逃げないでと、願いを込めるように。

「嫌じゃない?」
「な、なにが……?」

 何が、ときたか。このタイミングでのこの言葉だ、今の状況がとしか考えられないだろうに。まあこれでこそロナルド君か。

「私にこうされるの」

 ゆっくりと教えながら、もう片方の手で肩を押しつける。えぅ、と彼が呻く。
 こうして聞いてはいるものの、正直私には勝算があった。というか、嫌とは言われないだろうなという自信を持ちながら問うていた。
 だってロナルド君、顔真っ赤なんだもの。
 まるでその瞳のように耳まで赤くした彼を見つめながら、じっと答えを待つ。

「い、いやじゃ、ない……

 しばらくの間、うう、と呻いていた彼が、ポツポツと答える。瞳にじわりと張られた膜は、恥ずかしさからだろうか。
 予想通りの答えに自然と口角が上がる。このまま押し切っても構わないのだが、やはり言わなければいけないことは言うべきだろう。
 というか、ロナルド君の性格的に言っておかないと拗れる可能性がある。都合の良い存在とか、そういうやつ。

「お願いがあるんだけど」

 ぎゅうと閉じられていたまぶたが開き、二つの赤がぱちくりと瞬く。このままキスされると思ったのだろうか。あまりの初心なしぐさにまた、胸が高鳴る。
 ああもう、どうして今まで、この想いを放っておけたのだろう!

「欲しいものがあるんだ」
「え、俺のもので?」
「うん」

 確かに、君のものではある。
 ロナルド君はううん、と逡巡したあと「メビヤツ以外なら……」と返してきた。この雰囲気でメビヤツが欲しいって言うと思っているんだろうか、この子は。
 相変わらずの答えに少しずっこけそうになるが、なんとか抑える。こんなところまできて有耶無耶になってたまるか。
 というか、メビヤツ以外ならくれるんだ。私に。執着心が強いと言われている吸血鬼が。

 思っていた言葉は返ってこなかったものの、まあ概ね問題はなし。ならばオールグリーンといっても差し障りはないだろう。

「ロナルド君」
「ん?」

 呼ばれたと思ったのか、短く返事を返される。違うんだよなあ。

「君だよ」
「え?」
「欲しいもの」
「は」

 形のいい唇が丸く開かれる。ややあって、ぶわ、と先ほどまでよりももっとその頬が朱に染まった。
 やっと理解してくれたらしい。というか、この流れでそうだと思わないほうがおかしいと思うんだけど、まあロナルド君だから仕方がない。

「へ、えっ!? なに、なんで」

 あわあわと狼狽える彼をじっと見つめる。
 思えば、初めからずっと、そうだったのだろう。
 奔放かと思えばやけに他人に気を遣って、許せばたちまち子どものように甘えだす。そんな彼から、目が離せなかった。
 
 美しい銀髪も、宝石のように輝く赤い瞳も、全てがとんでもなく魅力的で。だが、たとえ彼の瞳が青くても、吸血鬼でなかったとしても、私は彼に惹かれただろう。見た目など関係ない、その洗練された魂に。
 どんな世界線でも、どこにいたとしても、必ず出会い、その存在に焦がれる。そんな確信があった。
 正しく、彼は私の運命だったのだ。

「好き」
「へ」
「好きなんだ」
「ぅえっ」
「ロナルド君が好き」
「あう……

 畳みかけるように言葉を並べる。なんで、という問いに答えるように。言い訳もできないくらい、この気持ちが彼の心に根付くように。

 顔を真っ赤にしたまま人の言葉を忘れてしまった彼に、更ににじり寄る。鼻が触れてしまいそうな距離。胸の辺りでどくどくと早鐘を打つのは、果たして私のものか、それとも彼のものか。
 とうとうコツンとくっついた鼻先をそのままに、私は彼に初めてのお願いを告げる。

「君を、私にちょうだい? ロナルド君」

 そして、茹で蛸のようになった彼が口を開く前に、とうとう臨界点を超えたらしい彼の使い魔のビームを尻に食らい、私は情けなく悲鳴を上げた。