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2025-11-22 23:36:59
3639文字
Public 助手2号のお兄ちゃんのイトアキ
 

困った風邪っ引き/助手2号のお兄ちゃんのイトアキ

ビデオ屋への荷物の配送を請け負うチャンピオンだったが…という小話

「あら」
伝票を整理していたルーシーの指がとまった。
彼女につかまって慣れない事務仕事をしていたライトも顔を上げる。
「どうした」
「プロキシさんのところへの荷物がありますわ」
「なんだって?」
「ブレイズウッドからじゃありませんけど。新エリー都の物流センターにものを集めてますわね。……うかつな。それとも、これは何かのブラフ?」
「個人情報ダダ漏れじゃないか」
「猪突猛進のシステムを使ってるのですから仕方ありませんわ。気づいたのも偶然。何を頼んだかまではわからない。わたくしたちが口外しなければいいだけのこと。そうじゃありません?」
「そうだな」
ライトは立ち上がるとルーシーから伝票を奪った。そして高く掲げて彼女が取り返せないようにする。ルーシーはバットを持って振り上げたが、それを手で制する。
「まあ、待て。あんたの日用品が足りなくなったって言ってたな。買いに行ってやろう」
「ついでに物流センターでものをピックアップしてプロキシさんのところにお届けしようって魂胆ですのね。職権乱用もいいところですわよ、ライト」
「いいじゃないか、これくらい。中身はわからないんだろ? 配達人が新エリー都のバイトから俺になるだけだ」
「どうかと思いますけど。……リストはノックノックで送りますわ」
「間に合うよな?」
「はいはい、手配しておくから安心なさい。貸しですからね」
「ああ」
ライトは退屈な事務仕事を投げ出し、口笛でも吹く勢いで外に出ると、愛車にまたがった。
入れ違いにバーニスがやってきた。
「ライト、ご機嫌だったね〜」
「アホ面を見続けなくてせいせいしますわ」
彼女には事務作業を頼めるわけもなく(一度消し炭になったことがある)、ルーシーは黙々と伝票の整理を再開した。

プロキシことパエトーン兄妹ことアキラとリンが頼んだ品物は段ボール箱一つであったが、三辺160センチの大きさで、なかなかの重さだった。
ライトは物流センターでものを受け取ると、指定時間にRandom Playに着いた。店はクローズの札がかかっていて、御用の場合はノックをと張り紙がしてあった。その通りにすると、少し経ってから中から足音と18号の声がして、扉が開いた。出てきたのはマスクをしてパジャマ姿にカーディガンを羽織ったアキラだった。
「ライトさんじゃないか」
「猪突猛進のデリバリーを頼んだだろう」
「そんなはずは……ああ、このお急ぎ便って、そうなるのか。知らなかった。それで、あなたが? マネジメントを見直した方がいい。あなたが配達人って、人件費が高すぎるよ」
「余計なお世話だ。で、これを中に入れてもいいか?」
「うん、お願いするよ」
アキラは鼻声だった。
彼に会って、少し話でもと楽観的に考えていたライトだったが、こんな体調不良の彼に無理をさせられない。早々に立ち去ろうと背を向ける。
「ライトさん、この後も仕事?」
「いや」
「ここが最後?」
「まあ、そんなもんだ」
正直に言えば、このためだけに来て、あとはルーシーの巻物みたいな長さのリストに書かれた商品を入手するだけである。
「せっかくだから、コーヒーでも」
「風邪か?」
「うん、たぶん。ああ、ライトさんもマスクを……いや、やめておこう。手洗いうがいをしっかりして」
よくよく見るとアキラは手にアルコールスプレーを持っていて自分が触った箇所に吹き付けていた。イアスがぽてぽてとバックヤードから出てくる。
「ンナ!」
「イアスは元気そうだな」
「リンの看病をしっかりしてくれてるよ。……リンはバックヤードで寝てるんだ」
ライトがそちらを見やると、しゃがれた声が聞こえてきた。
「ライトざん、ひざじぶり」
「なんてこった。まるで酒焼けしたみたいだぞ」
「喉がダメになっじゃっで……もう熱はないんだげど」
普段の彼女の透き通るような声はどこにも聞こえない。酒と煙草で喉を潰して場末の酒場で管を巻いている老女が喋っているみたいだった。
驚いているライトの隣でアキラが立て続けにくしゃみをした。
「ぶへっくしゅ、っくしゅ、あー、えっくし」
……なんとなく、ライトはアキラのくしゃみは「クシュン」というような、からかいたくなるかわいさのあるものを想像していた。が、実際は隣で五回くらいオッサンがダミ声で鼻をかむようなものだった。これで彼に幻滅することはないが、自分の浅はかさをあざ笑われた気がする。
「リン、僕はライトさんと二階にいる。何かあったらノックノックで連絡を。それから、荷物が届いているから君の必要なものを取っていくといい」
「わがっだ」
なんと、二人して風邪を引いているのだ。が、あまり悲壮感はなく、二人は楽しんですらいそうだ。
ライトは病人にもてなされていいのかと気を揉みつつ、さりとて断ることもできず、アキラの部屋に招かれた。
部屋に入ると、いつもぴしりと整えられたベッドが乱れていた。ベッドの傍にはゴミ箱が置かれ、丸めたティッシュのクズが山積みになっていた。
「散らかっていて悪いね。僕は鼻風邪みたいで」
ライトはソファに座った。アキラがコーヒーを用意してくれ、マグカップを受け取る。
「久しぶりに六分街に帰ってきたら、澄輝坪と違って寒くて、疲れもたまってたのかな、三日くらい熱が続いたんだ。二人とも。イアスがかわいそうだった」
「連絡してくれ」
「そんな余裕、ないよ」
アキラが眉を下げて笑った。
「リンは喉が痛くて水も飲めないと言っててかわいそうだった。あんなに苦しんだのは子どもの頃以来じゃないかなあ」
「これを飲んだらさっさと帰る。しっかり寝て休んでくれ。薬はあるんだな?」
「うん」
ライトは一気に熱いコーヒーを喉に流し込むと立ち上がった。が、ライトが袖を引いて引き留める。
「もう帰っちゃうんだ?」
「ああ。さみしいのか?」
「ちょっとね。風邪の治し方、知ってる?」
アキラが袖をつまんだままなので、ライトはもう一度腰を下ろした。
「とにかく食って寝て休む」
「それも当たりだね」
「あんたの答えはまだあるみたいだな」
「風邪って、病気の名称じゃないんだよ。ウイルス感染で起こる様々な症状を全部一緒くたにして風邪って言ってるだけで、対症療法しかないんだ」
「なるほど」
「発熱は体の免疫機能が働いている、生体防御反応だ。熱を出すと免疫力が高くなってウイルスの増殖を抑制する。だから、熱を上げるのは効果的だといえる」
……あんたの誘導には乗らないぞ」
ライトはアキラに指をつきつけた。
「あんたはこれから水分と栄養をたっぷりとって寝る。体力を消耗するな。激しい運動は禁止だ」
「おや」
「心外なんて顔をするんじゃない。俺は病人とはしない」
「残念だ。治りかけなんだけど」
「じゃあ、必要ないだろう」
ぴしゃりと言うと、アキラは声を上げて笑った。が、すぐに咳き込み、ついでにまた、あのオッサンのようなくしゃみを立て続けにした。マスクの中が鼻水だらけになったのか、それを外してティッシュで鼻をかむ。ぐちゃぐちゃになったそれらをゴミ箱に入れて新しいマスクをつけた。ライトはその間アキラの背をさすってやった。
「まったく、子どもじゃないんだ」
「子どもだったら相手にしてくれたのかな」
「馬鹿を言うな」
「はは、うん、僕も弱ってるみたいだ、ライトさんに甘えたくなったよ」
……それは、元気になってからにしてくれ」
ライトは立ち上がって、今度こそ本当にいとまを告げた。見送りも拒否して、アキラを部屋に残したまま下に降りた。イアスは段ボール箱に背を預けて座っていた。ライトはその傍にしゃがんで、目を合わせる。
「イアス、あの二人をしっかりみてやってくれよ」
「ンナ〜」
「いや、わかるぞ。あんたも苦労するな」
「ンナ、ンナナ!」
「二人が元気になったら、あんたもツーリングにつれてってやろう」
「ンナ!」
イアスがにっこりする。18号にも別れを告げて、ライトはRandom Playを去った。

ルーシーもバーニスもライトがその日のうちに帰ってくるとは思わなかったようで、ライトの姿を見てびっくりしていた。
「やっぱり、職権乱用がバレて、フラれたんですのね。いくらアングラなプロキシさんでも、受け入れがたかったんでしょう」
「違う。ルーシー、頼まれていたもんは事務所に置いてるぞ。なかったもんは注文して配送待ちだ」
ルーシーが礼を言う前にライトは自分の寝床としている部屋に戻ってしまった。
バーニスは腕組みをして首をかしげた。
「どしたんだろうね?」
「調子に乗って痛い目に遭ったんじゃありません?」
「プロキシちゃんにはチャンピオンも弱いんだね」
ルーシーの言うことは概ね当たっていた。安易に行くのではなかったと反省するとともに、アキラからの誘いを断ったことを後悔もしていて、ライトの心は千々に乱れているのであった。