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2025-11-22 23:14:07
4415文字
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燭鶴「パーティ会場」

燭鶴版深夜の創作60分一本勝負 お題「耳を澄ます」
パーティ会場の片隅で誘ったり、誘われたり、愛を囁いたりしている二人の話です。お題とややこじつけ感があり、すみません。
パン箱さんのイラスト https://x.com/box_of_baguette/status/1991163052322857275?s=20 がなんとなくもとになっています。

 パーティ会場のざわめきは、街角の雑踏の喧騒とはまた違って、なんだかきらびやかだ。

 今日は同じ筑前国サーバーの懇親会として立食パーティが執りおこなわれていた。審神者一人と刀剣男士二名で参加ということになっていたのだが、光忠の本丸の主はこういった場が苦手で早々に抜け出しては外で煙草を吸っているらしい。ということで、審神者の代わりに顔を売ったり情報交換をしたりしておこうと光忠はあちらこちらで歓談していた。それがようやく一息ついたところである。

 光忠は今夜このパーティに一緒にやってきた相棒の行方を探していた。彼も審神者の代わりにあちらこちらでコミュニケーションを取ろうとしていたようだったけれど、どこに行ったのだろう。彼はいつも白の装束をまとっているので、こういうとき普段ならぱっと見つけやすいのだが、今日は光忠も彼も祝いの席のためにあつらえられた一張羅を着ているから普段のようにとはいかない。この場にいる者たちは皆、一様に洋装の一張羅を着ているから、なんだか紛れてしまっている。
 グラスを手にしたまま、しばし会場を歩き回る。途中で見知った本丸の男士とすれ違い、会釈を交わす。

「光坊、!」

 どこかから自分が呼ばれる声がした気がして、光忠は耳を澄ました。声の主は、自分が探している鶴丸だと思ったからだ。そもそも、光坊だなんて光忠を呼ぶのは、彼しかいない。
 いや、ほかの本丸の鶴丸が、ほかの本丸の光忠を呼んでいるという可能性は多分にある。さっきの呼びかけはパーティ会場のざわめきにやや溶けていたので、はっきりとした確信に至らない。

「光坊、こっちだ」

 もう一度、同じ声がする。耳を澄ましていた光忠には、それが自分の相棒である鶴丸の声だとはっきり分かった。声の聞こえた方向へ人の合間を縫って向かうと、会場の隅にあるソファに鶴丸は腰掛けていた。休憩しているのだろうか。
 一人掛けの大きめのソファの背後に回り込んで、背凭れに少し身を乗り出すようにして彼のそばにゆく。鶴丸が片手を挙げて応じるので、光忠も片手を軽く挙げたら、軽くハイタッチされた。機嫌が良いらしい。

「鶴さん、ここにいたんだね。主の代わりにお疲れ様」
 背後に立つ光忠の方を振り返るために、鶴丸はソファの上で身体をひねって、背凭れに身を伏せるように預けながら微笑んでいる。
「あぁ、きみこそお疲れさん、光坊。ずいぶんなひとたらしっぷりを発揮しているようじゃないか。先に光坊と話をした本丸のやつと俺もあとから話したら、彼ら、きみをかなり高く評価していたぜ」
「そうなのかな?そうだといいけど。主はこういう場が苦手だから、せめて主の評価が下がらないようにはしたいと思ってね。僕、近侍だし」
「そうだよなぁ。ま、得意不得意ってもんがあるから主が上手くやれないのは仕方がないしな。俺も似たようなことを考えていろんなやつと話をしたぜ。これでも第一部隊の隊長なんだ」

 年長者らしい豪胆な表情で言った鶴丸は、やや芝居じみた調子で胸を張る。

「でも、大丈夫?鶴さんが座って休んでるなんて思わなかったから、全然見つけられなかったんだ。いつもの鶴さんならこういうところで座ってない気がして……どこか調子悪い?」
「いやいや、これはな」

 鶴丸はなんだか得意げにも満足げにも見える笑みを浮かべて、もったいぶった。これは、彼が(彼としては)面白く感じる話を光忠に披露しようとしているときの様子である。

「まず前提から話そう。実は今夜履きなれていない革靴を履いたもんだから、俺の足は靴擦れでずたずたになっている」
「えっ、そうなんだ、大丈夫?まだ新しいもんね、その靴……
「まぁ、大丈夫といえば大丈夫だ。戦の傷なんかよりもずっと浅いしな。そう、それで俺はそう思いながら痛みはありつつも普通に歩き回っていたんだが、どこかの本丸のきみに呼び止められたんだ」
「別の本丸の、燭台切光忠、に」
「そうだ。で、その光坊はこう言うわけだ。『そこの鶴さん、靴擦れしてるんだね?痛そうだよ、歩き方が』ってな」

 鶴丸が大袈裟に「燭台切光忠」の声音と喋り方を真似するので光忠は苦笑してしまった。ずいぶん格好つけた喋り方だ。自分は、そこまでひどく妙に格好つけていないといいのだけれど……

「俺は普通にしていたつもりだったから、気づかれたことに驚いたんだ。よく気がつくやつだなと思ってな」
「僕だって鶴さんが歩いてるところを見てたら気づくよ」

 光忠はほかの本丸の自分のことを鶴丸が手放しで褒めるので、なんとなく面白くなくて張り合った。

「分かってる分かってる、光坊がよく気がつく男だってのは俺が一番よく分かってるぜ、張り合わなくていい。で、だ。まだ続きがあるんだが、その光坊は絆創膏を持っているから貼ってやると俺に言ったんだ」
「え?くれるんじゃなくて、『貼ってあげる』?」
「そうだ、そういうわけで、俺はこのソファに座っている」
「えっ、ちょっと待って。じゃあ、鶴さんはその違う本丸の僕にひざまずかせて絆創膏を貼ってもらったの?!素足をさらして?!」

 これは大変遺憾の意だ、と光忠は思った。彼は光忠の恋人なのだ。なのに、違う光忠に靴擦れの手当をしてもらうのはどうなのだ?やっぱり遺憾の意である。
 いやもちろん、不貞行為とかではまったくない。けれど、相手をひざまずかせて、素足をさらすというのは、やっぱりその、なんというか、どことなくセンシティブな気配がするではないか。

「待て光坊、早まるな、身を乗り出すな。そういうわけで俺はここに別の本丸の光坊に座らされたわけだが、きみという相手がいるというのにそういうプライベートな行為をしてもらうのは果たしてどうなんだと思ってな、固辞させてもらった」
「そっか、」

 光忠はなんだか安心して微笑んだ。そういうこちらの様子を、鶴丸は面白がって見上げている。

「手当を断ったからにはここに座りつづける必要はなかったんだが、一回座ってしまうと根が生えちまってな。ここでのんびりしてたのさ。それと、……
……それと?」
「ここからだときみがよそ行きの顔をして誰かと話しているのがよく見えた。光坊の様子を眺めていたんだ」
「あはは……、なんかそう言われると恥ずかしいね。きっと『頑張ってます!』みたいな感じだったと思うし」
「そうか?自然体だったと思うがな。いや、むしろ――

 鶴丸は何かを続けて言ったのだが、それはいつもよりも小さな囁き声で、パーティ会場のざわめきの中に言葉が紛れてしまった。

「えっ、ごめん、なんて?」
「おいおい、よく耳を澄まして聞いてくれ。――

 光忠が聞き返したら、鶴丸は楽しそうに笑ってもう一度言葉を繰り返してくれたようだった。しかし、それは相変わらずとても小さな囁き声だったので、光忠には彼の口が動いたことしか分からない。読唇術は心得ていないし。

「耳は澄ませられたかい?」
「耳を澄ましても聞こえないよ、もしかして声を出さずにからかってる?鶴さん、面白がってるでしょう?」
「はは、そうかもな。いや、ちゃんと言ってはいるぜ。だが、こう、大きい声で言うにはちょっとはばかられるんだ」
……?」

 先ほども思ったけれど、やっぱり今夜の鶴丸はとても機嫌が良いようで、とても愉快そうにしている。光忠は彼の言葉を脳内で繰り返して首を傾げた。大きい声で言うにははばかられることって、何?
 光忠が混乱していると、背凭れに身を乗り出している鶴丸が、指先をちょいちょいと動かして、光忠を呼んだ。

「耳を澄ましても聞こえないらしいからな、直接耳を貸してくれ。内緒話をしよう」

 光忠は呼ばれるままに前のめりに身をかがめて、彼の口元に耳を寄せた。鶴丸の内緒話に耳を澄まそうとしたら、不意にネクタイを掴まれて、ぐい、と引き寄せられる。どこか向こうでグラスが派手に割れる音がする。光忠がそれらに驚く間もなく、光忠の唇は鶴丸によって奪われていた。

「!?」
 動揺する光忠をよそに、鶴丸はたっぷりとこちらの唇を味わって、ゆっくりと余韻を残して離れた。

「鶴さん、人前、だよ」
「なぁに、ここは会場の片隅、ほかの奴らはグラスが割れたほうに気を取られていたさ。誰も見ちゃいない」
「そう、かもしれないけど……

 相変わらずこの人は大胆だなぁ、と光忠が苦笑していると、彼は腕を光忠の肩に回して、耳元に唇を寄せる。

「なぁ、光坊、今日のきみは一張羅を着てめかしこんで、いつも以上にとびきりの色男だ。だから早く、俺を抱くときの、俺しか知らないきみの顔を見たい。俺の穴をきみので早く埋めてくれ」

 普段の彼ならしないような、露骨な言い回しをあえて使って、鶴丸は艶っぽく囁いた。それが光忠を興奮させると知っているから。ややざらついた低い声音が光忠の鼓膜を撫でる。

「つ、るさん、だめだよ、そんなこと言ったら」
「何がだめなんだ」
……あなたを早く暴きたくなるから。あのね、鶴さんだって今日はばっちり決めてよそ行きの顔をしてるんだから、僕も早く僕しか知らないあなたの顔が見たいって思ってるんだよ」
「そりゃ上等。なら、それなりにやることもやったし、このへんでパーティは抜け出すかい?」

 鶴丸は挑発的に笑いながら、光忠から腕をほどいて解放した。相変わらず二人の距離は近いままだけれど。

「抜け出しちゃおうか。かわいそうだから主も回収して帰ろう。僕らに巻き込まれてることに渋い顔をしそうだけど」
「はは、そいつは愉快だ!ま、とはいえ、本丸を代表して来てるんだから務めはおひらきまでしっかり果たさないとな。それまで『待て』ができるか?光坊、」
「もちろん。それくらいは格好つけさせてね」
「そいつはいい。よく言った。いや、きみは格好つける必要もなくいつでも格好良いけどな」

 鶴丸は楽しそうに笑って立ち上がると、ジャケットを整えた。

「俺はもうちょっとばかし顔を売ってくるぜ。光坊もそうするだろう?」
「うん、情報交換も必要だしね。おひらきになったら主を回収しに行くよ」

 光忠も鶴丸に倣って、ネクタイの位置を整えた。

「あぁ、主のことは頼む。本丸に戻ったらもちろん、」
「うん、鶴さんの部屋に行くよ」

 光忠の答えにとても満足げに微笑んだ鶴丸は、ひらりと手を振って歓談の輪の中に歩いて行った。光忠もそれに続く。

 パーティはあともう少し続く。きらめくざわめきの中で、恋人に愛をこっそり囁いてみよう。彼が耳を澄ましてくれていたら、その言葉が届くかもしれない。

「鶴さん、好きだよ、あとでね」

 こっそりと口の中で愛を転がしたら、向こうに見える鶴丸が微笑んだような気がした。