墨色
2025-11-22 17:08:11
9892文字
Public
 

臆病な捕食者たち

れめししWebオンリーにて「告白」をお題に書いたものを加筆しました。
DC後に「敬一君を頂戴」と言う叶を受け入れた獅子神。
それから数日後、叶の気持ちが分からず天堂に相談する獅子神。
神の教えを受けて……?

「終わりとしては悪くない、そんなに愛されるなら」

​ 叶黎明が笑顔で告げた時、獅子神敬一は全身鳥肌を立てた。
 相手との、今はまだ越えられない格差を実感した瞬間だった。

​   †

​ ゲームを終えた獅子神と叶は、二人まとめて医務室送りとなった。
​ まず毒が染み込んだ洋服を脱がされ、廃棄して良いか確認された。二人ともオーダーメイドで作ったものではあったが、劇物の染み込んだものを自宅に持ち帰る気にならず、同意した。
 ついでとばかりに、全身を洗い流す。
 それから診察と呼吸器官の洗浄を終え、今は並んだベッドで二人とも仰向けに天井を見上げている。

「点滴してると、横向きになりにくいんだよね」

​ 文句を零す叶は、早速スマホを手にグループチャットに何やらメッセージを送っているようだった。
 対する獅子神は、天井をぼんやりと眺めながら、先ほどまでのゲームを振り返っていた。いや、振り返っていたのはゲームの内容ではない。
 獅子神の脳裏には、ゲーム中見つめ続けていた叶の表情や言葉が過っては消えていっていた。

​「暇だよ、敬一君」
​ 並んだベッドから、叶が身を乗り出す。獅子神は、顔だけそちらの方に向ける。
 あれだけ長時間向き合ってもまだ見慣れない、鮮やかなライムグリーンの髪。ドクロのコンタクトが外された叶の瞳は、キラキラと輝いていた。
​「オメエは、いろんな顔持ってんだな」
​ 獅子神の言葉に、叶はニィッと笑うと、

「今は、ワルモノのレイメイだ」

 と答える。


​ その後、身体を起こしても問題なさそうだとの診察を受け、二人はベッドのリクライニングを操作した。邪魔な点滴はついたままなものの、上半身を起こすことが出来、自由が増えた。
​ 叶がズリズリと身体を獅子神のベッドへと寄せた。

​「二人で打ち上げしようか」
「打ち上げ?」
「そ、祝杯とでも言うかな? あ、勝ったのはオレだけど」
「一言余計なんだよ」

​ 獅子神は顔を顰める。けれど、二人で祝杯という誘いに胸が躍る。

​「だからさー、オレのお願い一個きいてよ」
「テメーらのワガママなら、いつでもきいてやってるが?」
「それはそう!」
​ ケラケラと笑う叶につられて、獅子神も笑う。
​「で? 何が望みなんだよ? 聞くだけ聞いてやるよ」

​ 水を向けると、叶の顔から笑みが消えた。全てを見透かすような瞳が獅子神を捕らえる。

​「敬一君をオレに頂戴。この意味が分からないヲトメじゃないだろ?」

​ 言葉は軽いが、その目は真剣そのもので、獅子神は短く息を呑んだ。
​ 常の獅子神であれば、そんな返しはしなかったであろう。『ふざけんな』と怒って、叶が『あれー?ヲトメだった?』などと応酬して終わっていた筈だ。
 しかし、獅子神はクッと口角を上げた。

​「オメーに文字通り丸裸にされるってわけか」
「情熱的だね、敬一君。嬉しくなるな。こんな状態じゃなきゃ、抱き締めたいのに」
​ 点滴の刺さった腕を掲げて叶は笑う。
​「せっかくだ、約束の証にキスの一つでもしておくか?」
「毒まみれのキスか? オメーにお似合いだな」

​ 二人の距離が近付き、その吐息が唇に届きそうになったとき――
​ ガラッと音を立てて、医務室の扉が開いた。入ってきた人間は、獅子神の担当行員・梅野だった。

​「残念ながら、お二人一緒に帰れない説が有力です」
​ その声に獅子神は身体を半回転させ、叶から距離を取った。その動きに反応しきれず、叶の顔面は盛大にベッドとキスすることとなった。
​「……ヒドいよ、敬一君」
​ 叶の抗議は無視し、獅子神は担当行員に向かって声を荒げる。

​「梅野! いつからいたんだよっ!!」
「3分16秒前からという説が有力です」
「ならサッサと入ってこい!!」
​「まーまー」と、身体を起こし直した叶が獅子神を宥める。照れ隠しに怒鳴っているその姿を楽しんでいるのだろう。

​「それで? なんで二人で帰れないわけ?」
 叶が梅野に問う。
「獅子神様はこのまま帰宅なさって結構です」
「お、おう」
​ 梅野が叶に向き直す。
​「叶様は、血液検査の結果、数日の入院が必要となった説が有力です」
「はぁ〜?」
​ 思いっきり眉間に皺を寄せ、不満気な声を漏らす叶。
​「だーはっはっ! オメーの体が不健康なのが悪いな」
「敬一君の方が毒くらってるはずなのに……
​ 普段からの健康への意識がはっきりと出た結果であった。

​「獅子神様、帰宅されますか?」
「あぁ、とっとと帰るぜ」
​ 獅子神が返事をすると、看護師が点滴を外した。そして、銀行側が用意したシンプルな替えの服に着替える。

​「そんじゃ、せいぜい健康な体になってこいよ」
「はぁー、サイアク」
​ 拗ねるような顔で叶が獅子神を睨んだ。その様子に、ニヤリと笑みを浮かべると、耳元に顔を寄せた。

​「……待ってるからよ」

​ 梅野に聞こえないよう、小声で言えば、叶の機嫌がみるみる回復するのが分かる。
​「それは、ナニを?」
……言わねえよ」
​ 自分の考えなど丸わかりの相手に、隠すことなど出来ないのは分かっている。だが、まだそれを自分で口することはせず、獅子神は医務室を後にした。

​   †

​『退院するから迎えにきてよ』

​ 数日後。叶からのメッセージは、いつものグループ宛ではなく、獅子神個人に送られてきた。

​『約束通り祝杯を挙げに行くぞ』

​ 約束通りと言う言葉に、獅子神の胸がドキリと跳ねる。しかし、その考えを振り払うように頭を振った。
 あれから数日が経っている。あの日の感情も熱も、あそこに置いてきたはずだ。獅子神は己にそう言い聞かせ、返信メッセージを送るため、スマホに指を滑らせた。


​ 叶の退院当日、獅子神はカラス銀行が提携している病院へと向かった。
​ 病院へ着くと、獅子神がやってくるのを叶は一人で待っていた。担当行員の梅野は、退院手続きを終えると、とっとといなくなっていた。仮にも自班のエースにその扱いでいいのかと叶が咎めると、「お前は望んでないだろ?」とおざなりに手を振られ、入り口から追い出されたのだ。

​「敬一君」
​ 叶が長い手をブンブンと振る。着ている洋服は、いつものレイメイスタイルだ。ただし、その髪色はグリーンのままである。
​「……見慣れねえ」
​ 獅子神が苦々しい顔でその髪を一束摘む。陽に透けるとますます鮮やかに輝いた。
​「ははっ。イイな、その顔。だけどこの色で会うのも今日が最後だからな」
「最後?」
​ 叶の口から出た単語に、獅子神が反応する。
​「会うのが、じゃなくて。髪色はすぐ戻すつもりだからな」
​ そこで叶が獅子神の肩を抱き、顔を近付けた。周りに誰かいるわけでもないのに、その耳にだけ届く声で伝える。 

​「ワルモノは、今日で終わりだ」

​ それはどういう意味なのかと、獅子神は考えあぐねる。これから二人で過ごすときはワルモノなのであろうか。チラリと視線を送る。その真意を探ろうとするが、いつもの叶の笑顔からは、言葉以上の意味が読み取れなかった。
​「よし! 祝杯の準備だ!!」
​ そう言うと、叶は助手席に乗り込む。仕方なく獅子神は、エンジンを入れた。

​   †

​「で、なんでオレん家でやるんだよ?!」

​ 家に帰るまでの間に散々買い込んだ食料をダイニングテーブルに置いて、獅子神が今更の疑問を口にした。

​「だって退院したら家でゆっくりしたいだろ?」
「オレん家なんだが?」
​ 文句を言いながらも、獅子神は冷蔵庫に購入した物をしまっていく。そういう性分なのだから仕方ない。そのまま流れるように、そのまま食べられるオードブル類を皿に並べる。

​「そーいうところがさぁ……まあ、イイけど」
​ 肩を竦めて、叶はグラスとカトラリーをテーブルに並べた。ワインを抜栓し、グラスに注ぐ。一脚を手にし、高く掲げる。
​「じゃあ、祝杯とイクぞ。敬一君」
「へーへー、勝者様に乾杯――っん?!」

​ 叶に合わせてグラスを手にした獅子神。その腕を引き寄せ、叶は自分の唇を獅子神のそれに押し付けた。

​「なっ?!」
「お祝いもらったぞ」
​ 叶が、ペロリと唇の端を舐める。その仕草に、ゴクリと獅子神の喉が鳴った。
 叶の瞳は爛々と輝き、その奥には欲が渦巻いている。

​「安心しろ」

​ 叶が二人のワイングラスをテーブルにそっと置く。

​「オマエも同じ顔をしてるぞ、敬一君」

​ 叶の瞳に映る自分を眺めていると、再び唇が重ねられた。触れるだけのキス、だが何度も何度も繰り返す。一瞬離れるその隙に酸素を取り込みながら、柔らかな感触が降り注ぐ。
​「約束通り、オマエをもらうよ」
​ 宣言すると、今度は深く口付けられる。呼吸を奪うように貪られる。叶の長い舌が獅子神の口内に侵入してきた。
​「ヲトメじゃないだろ?」
……見ろよ、全部」

​ (この空気は、あのときと同じだ。だから……仕方ない)
 獅子神はこのまま進めるために、自分に言い訳をする。

​「魅せるな、敬一君」
​ もう一度その瞳に獅子神を映すと、軽くキスを落とした。
 その口付けの優しさと反比例するように、八重歯を覗かせ双眸を細めた。その顔は、獲物を前にした捕食者だ。長い指を獅子神の顎に添えると、首筋をなぞる。

​「敬一君、お前の足元は崖だ。前にも後ろにも進めなくなったな」
「バカ言ってんじゃねえよ。誰が追い詰められてんだよ。オレは、オレの意思でテメエへの道を進んでるだけだよ」

​ 叶の瞳が丸くなる。獅子神を抱き締めると、その肩口に顔を埋める。
​「はあ、ホント。ここでそんな殺し文句やめてよね」
​ 顔を上げた叶の表情が柔らかくなっていた。
​「移動しよう」
「理性があるうちに」と付け加えられ、獅子神の頬に朱が入る。
​「オレが使ってるゲストルームと、敬一君の寝室、どっちがイイ?」
​ 問われて、獅子神は答えに詰まる。寝室でシてしまったら、悔しいがことあるごとに思い出してしまうだろう。たった一回の今日のことを。
​「イイよ、ゲストルームに行こう」
​ 腰に添えられた手がむず痒くはあるが、獅子神は大人しく従った。二人で廊下を歩く途中でも、叶は頬にキスをしてきた。そして、嬉しそうに微笑む。

 (錯覚するな)獅子神は自分に言い聞かせる。

​ ゲストルームに入っても、叶の態度は変わらなかった。扉を閉めて、早急に求められることも、乱暴にベッドに押し倒されることもない。
 叶は優しく、繊細な硝子細工に触れるように、獅子神の身体に手を、指を唇を滑らせた。
​ 叶の瞳には、獅子神だけが映っていた。

​   †

​「おや、珍しい。一人でくるとは」

​ 眩しい太陽に目を細めながら、やって来た客人を確認する。光に透ける金色の髪と、姿勢良い体躯。神父服に身を包んだ天堂と同じ、ギャンブラーでもある獅子神敬一である。

​「天堂……その……
「手土産か? 神手ずから紅茶を入れようではないか」
​ 左手に提げられた紙袋を見やり、天堂が生活スペースへ案内しようとすると、
「あぁ……
 獅子神は視線を泳がせた。

 その歯切れの悪さを眺めた天堂は、
「ふむ……懺悔室が良いか?」
 慈愛に満ちた笑みを獅子神に向けた。
​「懺悔……って、別になんかやったわけじゃ……
「何も悔い改めるだけではない。己の胸の内を打ち明け、聴いてもらうことだけでも良いのだ」
​ 獅子神は「神父らしいこと言ってんじゃねえよ」と零しながらも、指し示された狭い小部屋へと大人しく向かった。

​ 懺悔室に通された獅子神が「ふぅん、顔は見えないものなんだな」と観察したところで、壁の向こう側にも人の気配を感じた。

 一拍置いたところで、
​「さて、黎明のことだろうか?」
​ 天堂のよく通る声が響いた。
​「なっ?! ……ち、ちげえよっ!!」
「おや、違ったか? それはすまない」

​ 『少しも悪いと思ってなさそうな、涼し気な声で言われても、謝ってもらってる気はしねえよ』

 腹立たしくはあるが、それは口にしない。
​「……違わねえよ」
​ そもそも、指摘は図星なのであるから。
 獅子神は小さな椅子に腰を掛け、暫しの沈黙の後、
​「あいつがオレをどう思ってるか……とか、聞いて……いや、なんでもねえっ!!」
​ 口にしたストレート過ぎる質問が恥ずかしくなり、見えていないと分かっていながら、顔を隠した。

​「獅子神君の料理が美味しいと言っていたぞ」
「そうじゃねえよっ!!」
​ 間髪入れずに突っ込む。

​「ほう。では、どんなことが聞きたいのだ?」

​ 天堂の顔は獅子神から見えないが、愉しそうにほくそ笑んでいることだろうと苛立ち、歯噛みする。
 しかし、己の心を見透かされ、返された言葉に、獅子神は頭を振った。

​「そうじゃねえな……知りたいのは……オレの気持ちだな」

​ 『だから、お前に聞いてもらいにきたんだ』と口にはせず、代わりに握る手に力を込めた。

​「叶に認められたい、肩を並べたい、って気持ちは間違いねえ……ただ……
​ 獅子神が言い淀むと、天堂が代わりに続けた。
​「それだけの気持ちであるか、自信がないと言うのだな?」

​ 天堂の言葉に頷いた後、その仕草が見えていないことを思い出し、獅子神は言葉にしようとした。しかし天堂自身は、反応を確信しているのか構わず続ける。

​「あれだけの愛の告白を受けたのだ、それ以上の感情に針が振れても何らおかしいことはない」

「愛っ?! いや……あれは……
​ 思わずガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。思っていたより音が大きく「悪りぃ」と謝り、椅子に掛け直す。天堂は「獅子神君が悪いわけではない」とニコリと笑みを浮かべた。

​「さて、黎明の君への愛が信じられないと言う話だったか?」
……いや……あれはあの場だけ……なんじゃねえか? って思って」

​ 愛と言う言葉を否定せず、思い返す。世界が二人だけであったあの闘いを。あの時向けられた視線、言葉。自分が見た叶、見続けた叶を。

​「私から言わせれば、あのときまでに黎明の気持ちは決まっていたぞ」
「そんなこと……
「獅子神君のことを、ずっと気に入っていたのだ。友愛以上の感情で」
「そんなわけねえだろ。あいつは、オレに期待してなかっただろうが」

​ 獅子神自身、叶に友として気に入られていたのは、自覚している。だが、それより上――ギャンブラーとしては、開始5分で失望され、拒絶された。叶が言うところの、入国許可が下りなかった。

​「クソダセえオレに、さぞ失望しただろうよ」
「だが、愚か者で終わらなかっただろう?」

​ 試合の後半では、急成長した獅子神に叶は確かに「魅せられてる」と言ったが、あれはあの場の空気がそうさせたもので『実力だけではない』と獅子神は自覚している。
 ただ、あの空気を引き摺ってしまったのがいけなかったのだ。あの試合の後、叶と二人だけで会ってしまったことを後悔した。纏うそれは、あの蝋燭の毒に満ちた空気と変わらなかったから。
​ だから、獅子神は己の気持ちを確かめるためにも受け入れたのだ、だが――

​「あのときだけなんだよ……
​ (ただひたすらに優しかったから、勘違いしてしまったのだ)

 考え込み自嘲する獅子神の頭に、降ってきた声。

​「つまり、身体から始まってしまったが、一度きりの関係なのではないかと心配……と言うことだな」

「なっ?! な……んで……?!」
​ 『知っている?』と続けようとした獅子神に、
「神は全てお見通しだ」
 天堂は言い切る。

「気付かれないと思ったのか?」
​ (気付かれていないと思っていたとも)
 獅子神自身は言わずもがな、叶だっていつものメンバーの前では何も態度を変えていないのだから。悔しいことに、あの日以降会うときは、それ以前の雰囲気と変わっていなかった。

​「あぁ、確かに変わってない。だから気付いたのだ」
​ また獅子神の脳内を読んだ天堂の回答。
​「あれだけの執着を見せた黎明が、何も変わらない方がおかしいのだ。不自然過ぎる」
​ (何も変わらないから、オレは不安になったんだが、違ったのか?)と獅子神は考え込む。

​「一つ、確認したいのだが」
「なんだ?」
「獅子神君は、黎明に愛を向けている、と言うのは間違いないな?」
​ 迷える子羊に向けるには強過ぎる声音で、天堂は問う。

​「あぁ……もう、否定出来ねえ。オレは……叶が好きだ」

​ 降参とでも言うように、獅子神は両手を上げた。
 同時にドン、と何かぶつかる音がして、自分の手のひらを確認するが、壁にはぶつかっていなかった。
​「すまない、こちらで足をぶつけてしまっただけだ」
「そうか、大丈夫か?」
……何も問題ない」
​ 『それでは、神の言葉を授けよう』と、天堂は咳払いを一つ。
​「今話したことを黎明に全て話せ。それで解決だ」
 己の中の神に従えば良い、と付け加える。

​   †

​「神への相談料は、七面鳥で良いからな」
「今回ばかりは、ちゃんと用意してやるよ」
​ ご馳走の約束を取り付けた獅子神を見送った後、天堂は足元へ視線をやる。

​「さて、黎明。お前は神に何を捧げてくれるのだ?」
……盗み聞きさせるなよ、神のクセに」

​ ただでさえ狭い懺悔室で、膝を抱えて叶が体を小さく折り畳んでいた。視線を合わせないまま、不機嫌そうなポーズをとっているが、頬が微かに赤く染まっている。

​「今更だろう。神の前では、本心を語れ」
​ 獅子神が訪ねてくるより前、天堂の元にやってきていた叶を、押し込めるように床に座らせていたのは、もちろん天堂自身だ。
 獅子神からの話を説明するのが面倒臭いのか、これが最善と判断したのかは、神のみぞ知る。

​「ほら、早くしろ」と促され、叶は観念したように思いを吐露する。

​「もっと見たいとか、オレを見ろって言うのは他のヤツにも思ってるけど……成長を見守りたい……って思ったのは、初めてかもしんない」

​ 大きな両手で覆われているため、その表情は窺えないが、賭場では勿論、いつもの仲間の前でも見せたことはないものだろう。
 叶の嗜好を思い出し、天堂は尋ねる。
​「閉じ込めたいのか?」
「いや……隔たりなんかいらない」
「これは……思っていたより素直なのだな、黎明は」
​ 思わぬ返答に、目を丸くした後、笑みを浮かべた。
 少しだけずらされた指の隙間から覗く瞳に「なんとまあ、無垢な少女のようではないか」と天堂が漏らす。

 ジロリと睨む視線と、
​「それより! ここ、狭いから出たいんだけど」
​ 下手くそな照れ隠しのように、自分の頭の上に当たる天堂の太腿を叩く。
​「そうだな。ここを出なくては、尻ポケットで鳴っているスマホを取れないからな」
――っ、そうだよ! だから早く解放しろよっ!!」
​ 仕方ないな、と天堂は背中側の扉を開け小部屋から出る。続いて転がるように叶も扉をくぐる。
​「もおっ! ユミピコのせいで電話、切れたじゃん!!」
「掛け直せばよいだけであろう?」
​ 穏やかな笑みを浮かべる天堂に、叶が唇を尖らせる。
​「ほら、早くしろ」
 急かす神は『お前にもアドバイスしてやろう』と有り難い言葉を授ける。

​「とっとと二回目に持ち込め」

「即物的な神様だ」
「相手もそれを望んでいるのに出来ないのは、ただの愚か者であろう? あぁ、ヘタレと呼んだほうが良いか?」
​ 神に背中を蹴られ、叶はスマホの着信履歴画面を呼び出す。そのまま、表示された番号をタップする。2回の呼び出し音の後、ごくりと喉を鳴らす。
​『もしもし……

「もしもし? 敬一君! 今から会いに行くから!!」

​ 必要最低限にも満たない用件を一方的に告げ、サッサと叶は通話を切った。
​「コレでイイんでしょ?」
​ フードを深く被り、その表情を見せないようにする叶に対して、
「神からの祝いとして、執り行なってやってもいいぞ」
 天堂が祭壇を指し示した。
 叶の頭の中に、リンゴーンと鐘が鳴り響き、白いタキシードに身を包んだ獅子神が浮かぶ。
​「なっ、何言ってんだよ! ユミピコのバーカ!!」
​ 思い浮かんだ妄想を振り払うように、叶は小学生のような悪口を捨て台詞に、教会を飛び出して行った。
​ 静かになった教会で、天堂は唇の端に笑みを乗せる。

​「今夜は熱帯夜か」
​ 照りつける太陽と、放射される地面からの熱、あてられたのは……どの熱か。

​   †

​ 教会を出た叶は、アプリでタクシーを呼ぶか、流しを捕まえた方が早いか逡巡し辺りを見回す。その視線の端に、見慣れた一台の高級車を捉えた。近寄り、運転席のウィンドウをノックする。
 驚く運転席の人物と目が合った後、ややあってウィンドウが少し下げられた。

​「敬一君」
​ 叶がその名を口にすれば、合わせづらそうに下を向いていた視線が少しだけ上を向いた。
​「乗っていい?」
​ 助手席の扉に手を掛けて尋ねると、ロックが外された。そのまま叶が車へ乗り込み、シートに体を沈めた。

​「……叶」
​ 意を決した表情の獅子神が、叶の顔の左側を見つめる。叶はその視線を無視して、真っ直ぐを前を見たまま告げた。

​「お節介な神様曰く『とっとと二回目に持ち込め』らしいんだけど、どうする?」

…………はあっ?!」

​ 驚いた獅子神が身を乗り出して、助手席に座る叶と距離が縮まる。そこで叶は右を向き、ニッと笑みを浮かべた。
​「どうする?」
​ もう一度聞くが、獅子神に答えさせる間を与えず、獅子神の唇に自分のそれを押し当てた。
​「っ?!」
​ 反射的に逃げようとする獅子神の体を捕らえ、そのまま触れるだけのキスを続けた。

 離れる前に強く抱き締め、叶は獅子神の瞳を睨みつける。

​「なぁんで、優しく抱いて疑われなきゃいけないわけ?」

​ 眉間に皺を寄せ、口元を歪ませた不満顔で、獅子神に詰め寄る。
​「そんなの……好きだからに決まってるだろ。裏なんてなかったんだよ」

​ (あぁ、まただ。叶の瞳にオレだけが映ってる)
 獅子神は、赤い瞳の中に自分の姿を確認する。入国許可を得て、叶の世界に入れているのだと、認められたのだと安心した。

​「…………ん? 好き……?」
「なんでそこで疑問形になるわけっ?!」

​ 首を傾げる獅子神の反応に、叶が嘆く。獅子神の広い肩を掴んで、ずいっと顔を寄せる。

​「そう! 好きなの!! 敬一君が!!」

​ 鼓膜が破れるまで叫ぼうか? と付け加えて、鼻先が触れる距離で視線をぶつける。
​「ユミピコに先に言われたのは癪だけど、オレはずっと敬一君が好きだったんだぞ」
​ 〝ずっと〟とまで言われ、獅子神の頬が赤くなる。そして、眼の前の男も頬が、それどころか耳まで赤く染まっていることに気が付いた。

​「ふっ……ははっ」
「ちょっと? ナニ笑ってんのさ」
​ 獅子神の口から笑い声が漏れた。唇を尖らせる叶の頬に、傷跡の残る右手が伸びてきた。
​「いや……オレも好きだなって思ってよ」
……そうだよ。さっさと認めて欲しかったのに」

​ 叶の瞳が嬉しそうに細められた。獅子神の親指が、叶の唇に触れる。
​「イイか?」
「ナニを今更?」
​ 二人の瞼がゆっくり閉じられる。初めて、獅子神から唇が重ねられた。
 ゆっくり唇が離れると、熱い吐息が混じり合った。

​「それで? とっとと二回目に持ち込むのか?」
「情熱的だね、敬一君。ムードはないけど」
​ 獅子神の左耳に軽くキスすると、叶は尋ねる。
​「今度は、ベッドルームでイイの?」
……当たり前だ」
「サイコー」

​ 舌舐めずりしながら、叶はシートベルトをする。獅子神もシートベルトを装着し、ハンドルを握った。

​「早く広いところにイこう」
「同感だ」