夕食後のまったりとした時間帯。リビングのソファーに陣取った二つの丸が、巨大なスクリーンに見入っている。『人体の神秘』。受精卵が細胞分裂を繰り返し、小さな人間の形になるまでを解説した教育番組だ。
わたし丸とプロペラ団子は植物に興味があるようだったが、そのまま映像プログラムを流し続けたところ、人間の発生についても真剣に見出した。
ある日突然、オレ達の生活に紛れ込んだこの2匹の生き物は、今でもまだ傍に居る。どういうつもりか知らないが白いのはオレの傍に、オレンジは彼女の傍に、ぴったりくっついて離れない。そのくせ2匹を離したままにすると落ち込むのだから、自然とデートにはこいつらが付いてくるようになった。
彼女との触れ合いまでは見られてもいいが、オトナの営みまで見られるのはたまったものじゃない。自然とそういう雰囲気になるチャンスが限られてしまう。映像を真剣に見ている団子から少し離れた位置に座る彼女の肩をトンと叩いて、Evolでそっと持ち上げる。お姫様のように抱きしめると、彼女がそっと耳打ちしてきた。
「急にどうしたの? 寂しくなっちゃった?」
「ああ、寂しくなった。アイツらはいま夢中になって見てる。オレ達はオレ達の時間を過ごそう」
「どうやって?」
「そうだな。まず一緒に風呂に入ろうか」
「……マヒルのえっち」
頬を赤くして口を尖らせた彼女は、肩に顔をぐりぐりと押し付けた。くっくっと漏れそうになる笑い声を押し殺し、彼女を抱いたまま浴室に向かう。それぞれ充実した時間を過ごしたオレ達はリビングと寝室に別れて眠りについた。
「マヒル! 見て! わたし丸とにいに丸が!!」
翌朝、彼女の声が異変を知らせた。朝食の支度をしていたキッチンから、慌ててリビングへ向かう。オレに抱きつくように飛び込んできた彼女の肩を支えて、異変の元を確認する。
「なんだこれは……」
テーブルの上の団子たちが動いている。正確には身体に切れ目が入って、もごもごと巨大化しているのだ。顔のあった位置にはいま何もなく、単色の丸になっている。2分割、4分割、8分割――この変化、まさか昨日の。
顔を強張らせてぶるりと震える彼女を抱きしめ、背中をさする。このスピードであればほんの数分で変化が終わるだろう。バレーボールサイズだった白い丸とオレンジの丸は、驚異的なスピードで人間の赤ん坊の姿を取り、黒いテーブルの上で丸まった大人の姿に成長した。端に置いてあったりんごが落ちて、ゴトンと音を立てた。
その音に合わせるようにぱちりと目を覚ました2匹が、ゆっくりと起き上がった。その姿はまるでオレ達を鏡で写し取ったようだ。髪が白いだけの彼女。顔のパーツもほくろの位置も一致している。もう一体は髪がオレンジで、これはオレのコピーだ。嫌味なことに頬のそばかすも乾燥した唇までコピーしている。もう少し彼女の忠告を聞いて肌のメンテナンスをした方がいいかもしれない。さらりと自分の頬をなぞった。
「ぷぷ」
「にに」
「わぁっ!」
じっと観察を続けていたが、にいに丸が起き上がって大股開きをしたところで、彼女が声を上げて我に返った。そこには見覚えのあるモノがしっかり付いていた。背に腹は代えられない。彼女と手分けして着替えを持ち寄り、そいつらに着せつける。知能は高そうだったが、流石に初めて着る衣類は難しいらしい。その穴に腕を通すな、チャックは開けるな、と大騒ぎして、2匹が人間らしい姿になった時には、オレと彼女は疲労困憊だった。
「何が起きてるの?」
「さっぱりわからない。ここが異象空間になったような形跡はあるか?」
「ハンター通信機でも何も見つからない」
「じゃあアイツらの能力か? 今日はどこにも行けそうにないな」
オレ達は顔を見合わせると同時にため息をついた。楽しそうに人間体のお互いを触っているアイツらとは、天と地くらい雰囲気に差がついている。
ひとまず食事にしようと2匹を連れてダイニングへ向かう。常日頃から仲良く寄り添っている2匹だったが、オレ達から学んだのだろうか。手を繋いでニコニコと後をついて来る。自分たちが息を吸うように手を繋いでいることを自覚させられて、すこしむず痒い。彼女がスッと手を引こうとしたのに気付いて、ギュッとその手を握り直した。
窓から斜めに差し込む光がダイニングを明るく照らしている。不慣れな二人を椅子に座らせて、オレたちは作りかけの朝食を仕上げることにする。普段は植物性の物ばかり食べている2匹だが、今日は他の食べ物も出してみた方がいいだろうか。彼女と共にリンゴを多めにカットして、トーストしたパンやスープと一緒に運ぶ。
彼女とわたし丸、オレとにいに丸が向かい合う。手助けしやすいように彼女がわたし丸の隣に座ろうとするのを、アイツが遮った。言葉はわからないが隣は自分だと主張しているのだろう。彼女は素直に譲り、向かいに座り直した。オレは彼女の隣を確保する。
オレがトレイから彼女の前に、食事を並べるのをにいに丸がじっと見つめて、同じようにわたし丸の前に並べる。そしてソイツが笑うのを満足げに見ている。まるで子供のお手伝いを見守っているようで、彼女と顔を見合わせて笑ってしまった。
「ぷぅ」
「これはトースト。手で持って食べるよ。こうやって」
「ぷ」
「そう。上手上手。リンゴジャムを塗っても美味しいんだよ。」
リンゴジャムを付けたトーストにかぶりつく彼女を6つの瞳が見つめる。ちょっと落ち着かなそうにしている彼女の桃色の唇の端に艶やかなジャムがついている。無意識のうちにそれを指で拭って舐めとっていた。オレの仕草を見た彼女は、途端に頬を血色良く染めて顔を背けてしまった。愛おしくて笑いがこみ上げてくる。そっと頬に手を伸ばしてこちらを向けようとすると、彼女の視線がオレでは無い方で固定される。
「何やってるの! にいに丸!?」
振り向いてギョッとした。にいに丸がジャムを手でわたし丸の唇から頬に塗りたくっている。わたし丸はポカーンとされるがままだ。そのままにっこり笑って顔を寄せ、頬のジャムをペロリと舐めとった。
「お前! バカ野郎!」
「に!」
悪口は理解しているのか、にいに丸は一瞬こちらに怒り顔を向ける。一言鳴いた後、また顔を両手で抑え、ペロペロと顔中を舐めている。不思議そうにしていたわたし丸もだんだん楽しくなってきたのか、笑顔でそれを受け止め、あろうことか舌を出してお互いにペロペロと舐め合っている。
「いい加減に――」
流石にやめさせようと身を乗り出したところで、スープカップをひっくり返してしまった。野菜スープの香ばしい香りがあたりに広がる。
「マヒル、大丈夫!? 火傷してない?」
「ああ、大丈夫だ。お前はかかってないか? いま布巾を持ってくる――」
ガシャンとまた食器が倒れる音を聞いてそちらを見た。真剣な顔でスープカップをひっくり返すにいに丸と、零れたスープに手を伸ばすわたし丸の姿だ。喜色を浮かべてその指をしゃぶる姿に、オレ達二人はため息をつくしかなかった。
ダイニングの片づけを後回しにして、まずは手も顔もべとべとになってしまった2匹を浴室に放り込む。まとめて洗ってやろうと腕まくりをしたところで、「まかせろ」と言わんばかりのにいに丸に追い出されてしまった。
「信用できると思うか?」
「できない」
「だよな」
「でも、まずはダイニングの片づけをしないと。後から様子を見にこよう」
オレ達は頷きあい、シャワーの音と「ぷ♪ぷ♪」「に♪に♪」という楽しそうな声が聞こえる浴室を後にする。
ダイニングがあらかた片付き、朝食の残りをさっとお腹に収めて、替えの洋服を持って彼女が脱衣場のドアを開けた。
「ぷにちゃん達、ちゃんと身体は洗えた? ここに――」
「ぷぅ♡ ぷ♡ ぷぅ♡」
「に♡ に♡ に♡」
浴室の曇りガラスの向こうから、どう聞いてもナニカしてるとしか思えない声が聞こえてくる。中に向かう足がピタッと止まった。聞き間違いか、と思っても曇りガラスの向こうにうっすらと見える二つの影は重なり合って揺れている。どう見てもナニカの真っ最中だ。
固まる彼女の肩を支えて脱衣所を出て扉を勢いよく閉める。
「な、な、なんで、なんであの子たちが」
「あいつらは賢い。さっきもオレたちの真似をしてただろ? ……昨日のを見られてたんじゃないか」
「うそでしょ……」
彼女が顔を覆った瞬間、中からひと際大きな声が上がった。ビクリと肩を震わせる彼女をそっとこの場から連れ出す。
「え、あの子たちに着替えを教えないと」
「それは後にしよう。真似をしてるなら、まだ終わらない」
少しの静寂の後、また聞こえてきた身体がぶつかり合う音と、2匹の声が浴室に響き出す。彼女が何度も頷いてオレの背中を押し、さっさとその場を離れることにした。
「ドライブでも行くか」
「このまま置いていって大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。何よりこのまま待っててもどれだけかかるかわからないぞ」
昨夜の交わりを思い出して顔を赤くしたり青くしたりしている彼女に上着を着せて、オレは明るい外へ飛び出した。今はまだ朝から昼に移り変わる時間帯。何が起きているかはわからないが今日はせっかくの休みだ。彼女の気持ちを立て直そう。
数時間後に気持ちを立て直した彼女と家に帰ると、びしょ濡れの浴室で2匹が元のバレーボールサイズに戻っていた。気分的に、以前のように抱える事ができなくて湯をかけて汚れを落としてからタオルで包み込む。
「しばらく教育番組は禁止だな」
「教育番組が教育に悪いなんて初めて知ったよ」
「オレもだ」
ぐったりとした2匹を見て、彼女と目を合わせて笑った。
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