40_umanira
2025-11-22 12:49:23
2266文字
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無題

アベンシオ
https://x.com/40_umanira/status/1991485685543629308 の余談らくがき 
※ケーキはどうにかして美味しくいただかれました

 研究室のソファーはさほど大きくない。本来来客用に置かれているそれはレイシオが寝転がると脛から下がはみ出てしまう。彼は器用に腰を折りたたんで眉間に皺を寄せながら、薄手の毛布の下で腕を組んで眠っていた。
 向かいのソファーに座っている孔雀は手元の端末が表示するカウントダウンを忌々しげに見つめながら、恋人を起こさぬよう息を潜めていた。あと数分ほどしたら目元にクマをこさえた恋人を起こさなければならない。戦略投資部高級幹部として時に非道と言われる手段を取ることもある彼ではあるが、疲れ切った身内をまた現実に引き戻す役というのはそれ以上に心が痛むものだった。
 端末のカウントダウンが0を示し、音もなく待ち受け画面に戻る。レイシオが電子音に起こされるのを嫌うからアラームはつけていない。アベンチュリンは渋々立ち上がると向かいのソファに近づき、レイシオの肩に手を置いた。
「レイシオ」
 起こしたくない気持ちが先行して声が掠れた。もちろんレイシオは起きる気配がない。
「1システム時間経ったよ、起きてくれ」
 自分の意思ではなくあくまで君の頼みだから、というスタンスでもう一度声をかけ、小さく体を揺すった。何度か繰り返しているとレイシオは眉間の皺を増やして「ん゛」と喉を鳴らし、ほんの一瞬目を開く。しかし薄い視界の中にアベンチュリンの顔を確認すると、さらに深く唸ってギュッと瞑ってしまう。起きたくないということだろう。無理もない。彼はここ数日寝ていないのだ、鋼の意志を持ってしても体の疲れは誤魔化せない。同じく多忙を極めるアベンチュリンは身をもってそれを理解していた。
「レーイシオ」
「んぅ」
「起きて」
「んんん
 やや屈んで声をかけていたアベンチュリンは一度身を起こし、腰に手を当ててため息をついた。起きない。もちろん想定内だ。ではどうするか。気は進まないけど無理やり起こす必要がある。覚悟を決めるようにレイシオが緩く握っている毛布をじっと見つめ、ガバっと一息で剥ぎ取った。ものすごく不快だ!と言わんばかりの長い唸り声がレイシオから上がる。
「ごめんねレイシオ、起きて欲しいな」
 毛布を畳んで放ると、突如温もりを失って縮こまっている恋人の横で膝を折る。顔を覗き込むようにしていると気だるそうにレイシオの両瞼が上がり、見慣れた双眼と目が合った。それは眉間の皺と頰肉の圧に耐えかねたのか徐々に閉じていって、閉じきる少し手前でぐっと開いて、また緩やかに閉じていく。普段シャキッと起きるタイプの彼が珍しく半覚醒で戦っているのが可愛らしく、たまらず身を乗り出して抱きしめた。それを催促と捉えたレイシオが「おきた……おき……もう………」と唱えているが、どう聞いても寝ている人のそれだ。
「そろそろ一旦帰っておいでよ」
「ん゛ん………
「僕も明日は休みが取れそうなんだ、二人でゆっくりしよう」
「ぅ終わっ……
「どうせ年末で同僚たちも少ないんだろう? 僕としては数日休んで欲しいくらいだけど……。どうしてもっていうならまた明後日から頑張ればいいじゃないか」
「一刻も早く進めなければ
「じゃあうだうだしてるこの時間はなんだい? かわいいから僕は構わないけどさ」
「おきてる
「寝てるよ。だいたいそんな状態で起きてもたいして進まないさ。しっかり寝て切り替えたほうが効率いいって君ならわかるだろう?」
…………
 まずい。会話で覚醒を促していたのに、返事がなくなるとまた寝落ちてしまう。抱き寄せていた身体を一度手放してまた肩を揺する。
「レイシオ! そのまま寝たらキスするよ! いいのかい、鍵のかかってない研究室で!」 
「きす
「そう、キス! キス!」
 何を大声で言わされているんだ。
もぞもぞとレイシオが身を捩る。ようやく起きる気になってくれたのかとその場を離れようとしたが、体制を整えた彼が両腕を首の後ろに回してきて阻まれた。ぼんやりと焦点の定まりきらない彼と至近距離で目があう。うっすら開いた唇からは、ほとんど吐息のような掠れた言葉が紡がれた。
「キス
 ああもう!
 アベンチュリンは思った。誰だってそうだろうけど、起こす役は向いていない。寝かせてやりたいし、希望は叶えたくなってしまう。覚醒した後のレイシオに怒られるからを理由に押さえ込んでいる甘やかし欲が煮えたぎる。己がせがめば拒まれるわけがないという顔でこちらを見ているレイシオに触れるだけのキスを贈って、アベンチュリンは今度こそソファを離れた。彼の唇が乾燥と不摂生によってパリパリになっていなければ危なかった。状況を思い出させてくれたというだけで、無論気持ちが萎えたわけではない。

「さ、本当に起きてくれ。僕もそろそろ戻らないといけないから」
……? 休みを取ったんじゃないのか」
いつの間に覚醒したのか、レイシオは横になったまま片肘で半身を支えながら、帰り支度を始める恋人を眺めていた。不服さを含むその声色にアベンチュリンは笑った。
「近くで仕事だったから顔を見に来ただけだよ。このあとも商談があってね」
「この時期に商談とはイカれてるな、カンパニーもその取引先も」
「君に言われたくないな」
ジャケットとサングラスで身を整えすっかり仕事姿に戻った彼は、軽快な足取りで研究室の扉へと向かっていく。
「ギャンブラー」
「うん?」
「夜には帰る」
 振り返ったアベンチュリンは両目を細めてレイシオを見つめ返し、部屋をあとにした。