紫輝
2025-11-22 10:34:55
3651文字
Public 水龍様と御伴侶の話
 

#10 水の国ふうふの記念日

もう何を恐れることも隠すこともないのでナチュラルにいちゃつく、現代から1000年後くらいの世界で健やかに国家元首とその伴侶やってるリオヌヴィの話その10。とあるイベントで二人の大好き(お互いが)を見せつけられる水の国の皆さんの話です。伴侶大好きを言葉と行動で常に示し続ける国家元首ふうふのいる国最の高ですよね…納税にも熱が入る…国民になりたい…

※ご都合主義しかないので深く考えたら負けです

 この国は水龍に守護されし国だ。約千年程前、先代の守護者である水神様からそのお役を引き継いで以来、水龍様はこの国を導いて下さっている。御名おんなをヌヴィレット様。我々『人』と同じ姿で我々に寄り添って下さる、たっときお方である。
 水龍様には御伴侶がいる。この国が沈みかけた『予言の日』を、共に乗り越えた人だという。この国の秩序と工業の根幹である『メロピデ要塞』を今に繋がる形に整えた、当時の管理者。千年前よりその爵位を賜った人間はおらず、この先も現れないだろうと囁かれる『公爵』位を持つ方。水龍様と愛を交わしその生に寄り添う方の名はリオセスリ様。今日こんにちまでのこの国の平穏は、ひとえにお二方のご尽力によるものである。

***

 フォンテーヌ廷には城壁の一部を利用して整備された、地上大湖を見渡せる広い展望台を備えた公園がある。展望公園の名で親しまれ、市民や観光客が日々足を運び、様々なイベントの会場ともなる人気スポットだ。
 本日もここ展望公園ではイベントが予定されていた。新しく制定された記念日が、制定されて初めて当日を迎えたのだ。名称を『フォンテーヌふうふの記念日』。我らが水龍様とその御伴侶様の、御成婚の記念日だ。因みに厳密には『公式発表日』であり、お二人がお互いを生涯のパートナーと定められた日は別にある。そうなのだが、その大切な日はお二人だけで楽しんでいただくべきだ、という会議参加者の全会一致でもって本記念日はこの日に制定された。
 お二人の睦まじさは国民皆が知るところだ。約千年を共にされてなお、その表情や声、仕草にはお相手への愛が滲んでいる。いかなる時も互いを尊敬し、尊重し、感謝を忘れず、想い合い笑顔で寄り添われている姿はフォンテーヌ国民の幸せの象徴であり、目指すべきふうふの姿なのだ。
 そういうわけでお二人にあやかりたいです、と、一言で纏めてしまえばそんな内容の、パレ・メルモニアの様式に則った十数枚綴りの申請書を提出した我々に、ヌヴィレット様は「それが皆の心を豊かにするなら」とさらりと承認印を下さった。公爵様も「いつの時代も人間は面白いことを考えるなぁ」と笑っていらしたそうだ。
 大変光栄かつ喜ばしいことではあるが、お二人は『フォンテーヌ国民の心身共に健やかな生活』に通ずる諸々への許可基準が低い。勿論それらがフォンテーヌの法と正義に反しないものであり、秩序を乱さぬものであることが大前提ではあるけれども。そんなところに我々はお二人の深い慈愛を感じ、そしてこのフォンテーヌという国に生まれた幸いを噛みしめるのだ。
 さて。『フォンテーヌふうふの記念日』の記念すべき第一回を迎えるにあたり、廷内では様々なイベントが行われている。商店の特別セールであったり、飲食店の特別メニューであったり、企画の内容は様々だが、展望公園で行われるのは『普段言葉にしないパートナーへの想いの丈を海に向かって叫ぶ』、参加型のイベントだ。事前エントリーの他飛び入り参加も受け付ける予定でスチームバード新聞社には広告を出しており、その時点でそこそこの手応えを感じていた。現時点での会場の人の入りもなかなかだ。盛り上がったらいいけれど――スタッフ達が心の隅で祈りつつイベントの開始時刻を待つ会場が、これまでと質の違うざわめきで揺れる。フォンテーヌ国民ならば一度は覚えのあるざわめきにその出所へ目を向ければ、予想通りのお姿がそこにあった。
 「ヌヴィレット様だ」「公爵様だ」、ささめく声達には慣れっこなのだろう。いつもの休日のように腕を絡めて寄り添ったお二人は、会場内を興味深げな眼差しで見回している。そうして我々に気づいたらしいお二人は、こちらにやってきてゆったりと笑んだ。
「やあ、お疲れさん」
「盛況のようだな。何よりだ」
 万が一閑古鳥が鳴いてたら客寄せのんびりラッコにでもなろうかと思って見物に来たんだが、なんて笑う公爵様に、フォンテーヌの民は昔から変わらずロマンを愛しているのだなとヌヴィレット様が目を細める。楽しげなやり取りに緊張をほぐされて、自然と言葉が口をついた。
「ありがとうございます。おかげさまでお二方にラッコの役割をさせずに済みそうです。せっかくいらして頂いたのですし、飛び入り参加していかれませんか?」
 いついかなる時も睦まじいお二人が、いざステージを目の前にしてどんな想いを口にされるのか気になる――純粋な興味と、お二人に『最初の一言』を叫んでもらえたならばきっとこのイベントは盛り上がるだろうという少しの打算。せめてどちらかお一人だけでもと、どうでしょうかと重ねて打診すると、お二人は顔を見合わせる。
「私はこのようなイベント事は不得手で」
 君への想いは言葉にしきれないほどあるのだが、と、困ったようにヌヴィレット様が眉を下げるのに、公爵様がくつりと笑った。
「知ってる。元々こういうのは俺の方が適任だろ。記念すべき第一回だ、盛り上げてやらないとな」
 それに大声出すあんたは滅多に見られるモンじゃないし、俺の懐にしまっておきたい――ウインクをひとつと白皙を淡く染めたヌヴィレット様を残して、大きな背中がステージへ向かっていく。記念すべき第一回の、栄誉ある一人目を任された、と朗々と宣ずる公爵様に、会場の空気が熱くなるのを肌で感じる。闘技場を備えるメロピデ要塞を統べていた公爵様だ。こういったスピーチも得意でいらっしゃるのだろう。
 公爵様が海と向き合う。両手を拡声器のように口元に添えて、大きく息を吸ったのを示すように肩が動いて。
「千年後も愛してるよ!」
 公爵様の深い声が響き渡ったその瞬間だった。
 波が煌めき、空が澄み、そこに虹が渡る。どこからともなく浮かび上がった小さな泡たちが煌めき漂って、会場を幻想的に飾った。まるで世界が一段階明るさを増したようだ。
 あとでそこにいたスタッフから聞いた話だが、そんな世界の中心――輝く海と空を見つめる公爵様の横顔はやわらかな笑みを湛えており、愛おしくて愛おしくて仕方ないとでも言うようなあたたかく甘やかな眼差しも相まって破壊力がすさまじかったそうだ。“横顔で良かった。正面から見つめていたらきっと腰が抜けていただろう”とは、件のスタッフの証言だ。
 間違いなくかの方にしか為せない熱烈な愛をさらりと海へ託してみせた公爵様は、割れるような歓声をものともせず一直線にかの方が愛を捧げるただお一人の元へ戻ってくる。その背を見送ったエントリー席の何人かが、観衆の何人かが、決意の表情を浮かべたのが目の端に映った。
 公爵様の愛を一身に受け世界を鮮やかに彩ったヌヴィレット様はと言えば、その白皙を鮮麗に染め、あ、う、と声にならない声で空気を揺らしていた。並の人間なら羞恥で顔を覆っているところだと思う。そうしなかったのはかの方を見つめていたかったのか、はたまたその背から目を離せなかったのか。
「思ったより悪くない気分だ。パートナー間の円滑で健全なコミュニケーションを補助するって意味ではいい機会だし必要なイベントかもな」
 上機嫌でお傍へと戻ってきた公爵様に笑顔を向けられたヌヴィレット様は、とうとうそのかんばせを両の手に伏せてしまった。細い指の合間からうう、と漏れる呻き声は、我々の聞いたことのない類のものだ。不敬を承知で言うが大変お可愛らしい。
「君がその、このようなイベントにあれほどまでに真摯に向き合うとは思っていなかった」
 ぽそぽそと落ちるヌヴィレット様の言葉に、公爵様はとろりと笑う。
「言っただろ? いい機会だと思ったって。あんたを愛することに関してこの世界に顔向けできない場所なんてないし、羞恥心ってのは五百年前くらいに置いてきたな」
 何せ千年モノの想いなんでね――空気を揺らすテノールにぴくりと肩を揺らしたヌヴィレット様の白皙がそろそろと持ち上がり、公爵様を見つめて。
「わ、私も、」
「ん?」
「私も、千年先も君を想っている。絶対に」
 真っ直ぐ、凛と、御声が響く。聞いているだけのこちらの胸も震えるような音律を正面から受けた公爵様は、氷色ひいろの瞳をゆるりと融かし、その手のひらでヌヴィレット様の頬を包んだ。
そっか。嬉しいな。相思相愛だ」
……ん」
 額を重ねやわらかく微笑み合うお二人の姿はどんな絵画よりも美しく尊い。息を呑む者、顔を覆う者、天を仰ぐ者。各々が天上の光景と見紛うそれを目にして胸に迫る思いを咀嚼する方法は異なっていたが、皆思うことは同じだった――フォンテーヌに生まれて良かった。どうかいつまでも幸せであって欲しい。
 その日、廷内の花屋からは真紅のレインボーローズ以外の花が消え。
 お二人へ贈られた花をパレ・メルモニアへ運ぶ警察隊員達の(予想外に)華やかなパレードは、翌日の新聞の一面を飾ったのだった。