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沙里
2025-11-23 20:00:00
5167文字
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道程
シウグナス√の綱紀の話(11/23~24 サガパラ4展示)
自分の目の前には、ずっと道があった。
真っ直ぐに続く、舗装された道。
ミヤコ市を、世界を守護るという御堂家の道が。
敷かれたレールがつまらんとか、そんなんは考えたことがなくて。どちらかと言えば、誇りとか、プライドとか、そういうもんに近いと思う。
ヒーローやなんてカッコつけたことは言わん。けど、カッコええやろ、って思える。そういう道を、歩んで行くんやと思とった。
あの日、いつになく変わったひとたちと出会うまでは。
「闇の王さんは、何で自分のことを誘ったんです?」
素朴な疑問、というには少々面倒な話題を振ってみる。
自称、闇の王で吸血鬼。名前は
……
確か、シウグナス。本当なのかそうでないのかは、誰も知らない。
(人間でないのは、本当なんやろうね)
いくらかの時間を過ごしてきて、それはしみじみと感じていた。ただ、それが闇の世界の王なのかどうかと言われると、判断はつかなかった。
そらそうやろ。なんやねん、闇の王て。
と、ひっそり思ってはいるものの、無粋なツッコミは口にしない。人付き合いってそんなもんや。
「何故、とは?」
逆に問い返されて、説明が難しく、んー
……
と少し考え込む。
「たぶんやけど、自分は闇の王さんのお眼鏡に適ってないですよね?」
眷属を連れ、あちこちの世界を渡り歩き、時折世界から連れ出しているけれど、果たして自分はその対象だったのかと言われたら、おそらく違うのだ。
「王さんのお眼鏡に適ったら、そのまま連れてきはるでしょう?」
来るかどうか。そんな誘いをしているのを見たことがない。その力で誘っているのは、幾度か目にしている。八条の姫さんに怒られて、ミヤコ市のひとはやめたみたいやけど。
「なので、自分は違うんかなと思いまして」
どうです? と目線で尋ねてみると、なるほど、と闇の王さんはゆったりと頷いた。
「確かにその通りではある」
だが、
「それだけでもない」
と囁く。
そっと伸ばされた指が左の胸、心の臓を突く。
「君が望んだからだ、御堂綱紀」
何も映していないようで、奥底を覗き見るような瞳。自分自身さえ知らない箇所まで見透かされるような。それが暴かれるかもしれないことに、少し、視線を落とす。
「君があの扉を超えたいと望んだ」
「
……
自分が?」
「そうだ。だから私はそれを叶えたまでのこと」
その言葉に、きっと嘘偽りはない。
確かに、天界とはどんなものかと考えたことは何度もある。おとぎ話やろ、と思っていても、不思議なことがいくらでもある世の中、もしかしたらと空想もしたもんやけど。
だけども、すとん、と落ちるものはなくて、腕を組んでうーんと唸ってしまう。
「何やら不満があるようだな」
「不満といいますか
……
うーん、なんて言うたらええのやろか」
その答えに明確に不満があるわけではない。そもそも、自分の中で言語化ができていないのだから、不満も何もあったもんやない。ただ、納得がいかないのは、その通りで。
「自分は、御堂の家で育って、ミヤコ市を守護する使命を教えられてきたんです」
そのことに疑問はない。不満もない。褒めてもらえるのも、ありがとうと言ってもらえるのも、嬉しかった。
「でもあの日、来るかと聞かれて、一瞬たりとも迷わんかった」
岩戸からやってきたなんて、それこそ嘘かもしれんのに。
だけどもあの瞬間、迷うことすら惜しむように、まるで振り払うようにして、差し出された手を取った。
「悔いているのか?」
それもまた、わからない。
良かったのだろうか、という気持ちはある。使命を放り出したのだから。
けど、いまのこの旅路を、辞めたいとは思わない。だからと言って、ミヤコ市に帰りたくないわけでもない。
「そう見えます?」
疑問を口にしてみると、さてな、と感情の読めそうにない短い答えが帰ってきた。
「後悔は、してないと思てます。そういう、後に引きずるような感情やのうて」
そこまでは口にすることができた。ただ、それ以上は何も。
ただ、飲み込めないものが食道に詰まっているような、胃の底が重いような、そういうものを、うっすらとだけ感じる。気のせいと一蹴してもええんかもしれん。
後悔ではない、そう思う。わかっていて救えなかった、苦い記憶とは違う。
ならばこれは? あの日からずっと消えない、うっすらとしたものは、なんや。
「
……
違うと、思うんよ」
でもそれは、そうであってほしいという、自分自身の祈りなんかもしれん。
御堂綱紀という人間が、そうありたいと願うから? 御堂綱紀は、そうでなくてはならないから?
ならば。
(逃げ出したかったんか?)
枷にも似た、守護者の御役目から。あの世界から。
連接世界を見たいまならわかる、あの小さな箱庭のようなミヤコ市から、全部振り払って遠くへ行きたかったとでも言うんか?
(違う、そんなわけない)
頭を振って、打ち払う。
帰る場所、守護するべき場所。いつか必ず帰るべき、愛おしい世界。
(それは、自分の感情や。御堂綱紀やない。誰でもない、自分自身の)
頭の中がぐしゃぐしゃする。血の気が引く、っていうのは足元から冷たくなる感覚を言うんやろうか。自分自身が揺らいでいくような。
(あかん、無性に、泣きたい)
さすがに情けないと思うプライドが勝つので、ぐっと堪える。
「
……
後悔は、ないです。でも、怖かったん、かも
……
です」
ミヤコ市を飛び出した自分が、何者になるのか。
外に飛び出せば、御堂の名は通用せん。御役目もない自分は、じゃあ、何者なんや?
ただの大学生なんてそんなもんや。それはそうかもしれん。けど、物心ついた時からずっと指針があった人生で、道案内を無視して歩きだしたら、不安にもなる。
このまま進んでええんか? この道は合っとるんか?
見ない振りをしているだけで、本当はずっと頭の中に響いている。だが、それを認めてしまうことが、酷く恐ろしい気がした。
「自分という人間を作っているものが、御堂の家にしかなかったんちゃうかって」
ふと、自分が歩いてきた道を振り返った時に、そこに何もなかったら。
自分だと思っていた全てが、自分自身ではなかったら。
それはやはり、恐怖なのかもしれない。
「ふむ」
闇の王さんは、相変わらず何も読めない顔をして、少し考えるように顎に手を当てた。
「そういうの、ない感じです?」
「そうだな」
小さく頷く。王を自称するだけはある、と感心してしまうところだ。
「私とて、目覚めたばかりの頃は少々記憶も怪しかったものだが」
「全然想像つきませんけど
……
」
産声を上げた瞬間からこの姿なんちゃうやろか。口にはしないが。
「だとしても、私が闇の王であることになんら変わりはない」
あまりにも堂々としていて、何故、と問うことさえ憚られる。世の理がそうであるとさえ言い切りそうな気配さえ感じた。
いや、きっと言い切るのだ。この闇の王は。
「あなたの国が、ここにのうてもですか?」
それは少しの意趣返しやった。意地悪を言うてみた。この王様が、力を奪われて逃げおおせてきたことを聞いとったから。
だけども、珍しく口元に笑みを浮かべて、
「その通りだ」
と肯定した。
「国などなければ興せば良い。そも、王に必要なものは国そのものではない」
ふと、見えた気がした。玉座が。
「王が在り、民が在る。それこそが我が治める国であり、我が覇道である」
あまりにも、力強い。そこには微塵も迷いはなく。
「なんか
……
闇の王って言うからもっとこう、冷たいイメージやったんですけど、そんな感じやないんですね」
世界の半分をくれたりするわけではなさそうだし、高笑いをしながら人類を滅ぼしたりはしなさそうだ。どちらかと言えば、そういう魔王を気に食わないから、と喧嘩を売りにいきそうなタイプに見える。
「己の道を行くと言うことは、欲深いことだ。強欲と言ってもいいだろう」
だから、と紅い目が細まった。
「欲は闇を満たしてくれる。いかにまばゆい理由を持ち込もうと、他人を慮ろうと、欲することは、ただの欲望に過ぎぬ。それはすなわち、闇なのだ」
諭すように。脅すように。紐解くように。王の言葉は重くのしかかり、自分の中に沈んでいく。
前言撤回。このひとはやはり闇の王なのだ。
「だからこそ、私は、君たち人間を好んでいる。腹を満たせば良い獣とも魔物とも違い、あらゆることに強欲になれる。実に好ましい」
弱い人間が、悩み、迷い、そうして強欲なほどに願いを抱くのを待っている。育った果実をもぎ取るかのように、強欲を口にする日を待ち望んでいる。
妖しいほどの美しさは、単純な人間を騙すためのもの。純粋な好奇心と強欲さの裏返しの強さが、ひとを惹きつける。なんて恐ろしい、闇の王。
だが、同時に羨ましくもある。その強さが。自分自身を支える、思いの強さが。
「本当は、自分のことも面白がって誘ったんやないですか?」
こちらの皮肉に、彼は「いいや」としっかり否定をした。
「私は、君の望みを叶える選択肢を与えた。それ以上でも、それ以下でもない」
王を自称するだけあって、身のこなしが優雅なひとだ。ひとではないか。少々芝居がかって見えるのも確かで、ミュージカル俳優だと言われたら、信じてしまいそうだ。
「選んだのは、君だ」
もう一度。闇の指先が心の臓を突く。
己の、深く、知らない、柔らかい箇所を、抉るように。
「君が選んだのだ、御堂綱紀」
スローモーションのように、王の尊顔が近付く。
「答えがあるとするならば、それはここにしかない」
く、とわずかに指の力が強まった。ジャケットの上、さしたる重さでもないそれが、ずしりと重く、針の様に鋭い。
まるで闇の底で、心の臓を握られたような冷たさ。足元が崩れ、ひとすじの光も届かぬ深淵に、突き落とされるよう。
「その答えが如何様であろうとも、誰も変えることのできぬ真実よ」
それでいて、他責など許さぬという強い光。闇でありながら、強く、灼けるような。
あまりにも眩しい。闇だと言いながら、その衣装のように鮮やかなほどの白で、淀んだ腹の底を暴き出さんとする。
けれどな。
「
……
八条の姫さんの言うことも、間違ってへんと思います」
かろうじて絞り出した言葉に、心底嫌そうな顔を向けられて、ちょっとだけほっとしたんは、内緒や。
「闇の王さんは、ええおひとやね」
言葉はきついけど、このひとなりの励ましみたいなもの。背中を思いっきり叩いてくる、そういうタイプのおひと。王は、迷った民を放っておいてはくれんのや。
『闇の力などお使いにならずとも、十分魅力的な方やと思いますよ』
あれは嫌味も混じっていたんやろうけど、実際この闇の王さんは、戦士団がついてくるだけはある。王だと名乗って受け入れられるのも、納得や。
なので、いちおう褒めてはおるんよ? 八条の姫さんの名前を出したのは嫌味やけどね。
「思い出させないでもらいたい」
「褒めとるんですよ」
「そういう問題ではない」
随分と不機嫌な態度がおかしくて、くすりと笑う。とっつきやすさは、こういうところかもしれへんね。
「気が済んだのなら、先に進むぞ」
ふい、と白に身を包んだ闇の王が離れていく。その背中を追って、三歩。足を止めた。
振り返る。歩いてきた道筋は見えない。いつも導いてくれた翠の光は、遥か先を指し示しているだけ。
いまはまだ、戻るべきではない扉の向こう。故郷と呼んでいいはずの場所。
(
……
父さんはまだしも、お母様と倫子は、たぶん怒るやろなぁ
……
)
挨拶の一つも言わずに飛び出してきたことは、冷静に振り返ってみるととんでもないことだと気付く。御役目を放り出したこともそうだが、何よりも
……
家族に何も言わなかったことが。
(ああ、そうや
……
何も、言うてこんかった)
飛び出したことに悔いはない。前に進むことも、怖くはあるが、好奇心が勝る。新しい世界はワクワクする。それは全部嘘やない。
(これは、心残りや)
自分を待っているひとがいる。帰る場所がある。わかっていたのに、見ない振りをした。だから、それを振り払うように、深く息を吸う。
「いってきます」
そう告げて、頭を下げる。もう振り返ることはない。
翠の波動を辿って、きっと最後に帰るのはあの場所であると、そう信じている。
だから、家に帰ったら、ちゃんと怒られるから、いまは、行かせてください。
それが、自分なりの「御堂綱紀」の生き方やと思うから。
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