買い出しを終え今から帰る、とメッセージを送信しようとした時。弱い力で服の裾を引っ張られた。触れられるまで全く気が付かなかった気配に、アムロの背にひやりと冷たい感覚が走りかけたが、そもそも悪意をもって近づいたのなら自分のNT能力で気がついただろう。落ち着いて背後に目を向けると、アムロの膝に届くかどうか位の幼い子供が居た。一瞬迷子か、と声を出しかけてサイズの合っていない汚れた服に、あざの浮かんだ顔、そして細すぎる体に気がついた。恐らく、浮浪児だ。
「……」
子供は無言でアムロの服を掴んだままただ見つめてくる。人目を避ける生活をしているアムロ達は、連邦の管理が行き届いていないようなコロニーに滞在していることが多い。それでもシャアの手腕によって比較的安定した暮らしをおくっていた。なので、こういった戦争の被害者と遭遇することもあまり無かったのだ。依然として何も喋らない子供の様子に違和感を感じ、思い当たった可能性に心がずしりと重くなった。
「……もしかして、喋れないのか」
こくりと頷いた子供は、追い払わないアムロを安全な大人だと判断したのか、アムロの抱えた食料品に指をさしてきた。この子はずっとこうして生き延びてきたのだろう。言葉を発せなくなるほどの辛い経験があっても、なお必死に生きようとしている子供に必要なのはその場しのぎの対処法ではない。けれど。何もせず切り捨てることもできなかった。
「一気に食べてお腹を壊さないように。それと他人に取られないよう隠すんだ、いいね?」
丸ごと袋を差し出された子供は目を丸くして驚いていたが、すぐひったくるようにして袋を抱えるとあっという間に駆け出して見えなくなった。どうか生き延びてほしい、なんて無責任なことを願う自分が心底嫌になる。戦争の割りを食らうのはいつだって弱者だ。子供たちに必要なのは、戦争のない世の中であり健やかに育つための環境であって、こんな行いはアムロの自己満足に過ぎない。だが、表舞台から逃げたアムロに、この現状を非難する資格は既になかった。
「ただいま」
「おかえり……アムロ?」
帰ってきた時の二人で決めた合図をノックで伝えると、扉の前で待っていたであろうシャアがすぐに出迎えてくれた。突然越してきた見慣れない成人男性が二人、それも片方が容姿端麗となれば嫌でも狭いコロニー内では目を引くだろうと外に出る役割はもっぱらアムロが多かった。それをシャアは嫌がるきらいがあって定期連絡や位置情報の共有を条件に落ち着いたのだ。自分は何処にも行くつもりは無いし、心配しすぎだと呆れる部分もあったのだが。今はシャアから向けられる執着心に酷く安心している自分が居た。
「……アムロ、君が帰ってきてくれて嬉しいよ」
「だから、いつも大袈裟過ぎだって……」
買い出しに行ったはずなのに手ぶらで帰ってきた自分はどんな顔をしていたのだろう。異変に気がついたシャアはすぐにアムロのことを抱きしめてきた。いつもは余計なことばかり言ってた俺を怒らせる癖に。こんな時だけアムロが必要としているものに気がつくのだ。この人のそんな優しさにどうしようもなく自分は惹かれている。
「全く素直じゃないな」
「……うるさい」
「ふふ、いつもの調子が出てきたじゃないか」
シャアがアムロの説得に応じて世俗を離れることを了承したのは、お互いにMSを乗り回すことに耐えられる身体では無くなったからだった。戦うことが出来なくなり絶望するシャアの手を引いて、それでも生きていてほしいと乞うたのはアムロだ。これは共に戦ってきた仲間達への明確な裏切りだった。けれど。
「……ごめん、慰めてくれたのに悪かった」
「こんな言葉一つで君を癒せるのなら、いくらでも」
共に時代を生きた人と、死なずとも分かり合える可能性があるのなら諦めきれなかった。それがアムロのエゴだ。そしてシャアは事実アムロの突拍子もない提案を受け入れた。自分を必要としてくれている人が、帰る場所がある。そのことに喜びを覚えてしまう。きっとこの先何度もこの選択の責任をアムロを突きつけられるのだ。それでも。この温もりを手放すことはもうできなかった。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.