リィンの姿が見えなかったので気配を辿ってカレイジャス内を歩いていると、鍛錬室の前辺りでぼんやりと天井を見上げているのを見つけた。
髪色の影響もあるのだろうが、そうやって虚空を見つめている姿を見ると「儚い」という感想が浮かぶ。
ともすれば消えてしまいそうで、崩れ落ちてしまいそうで、目が離せないような、駆け寄りたくなるような儚さがある。
クロウの知っている学院生だった頃は若葉が萌えるような眩さがあったのに、今はどこか陰を纏って、けれどそれがどうしようもなく美しく見える。
カレイジャスに乗った後、パトリックにリィンが本校二年の時の話を聞く機会があった。
内戦前に増して凛とした空気を纏っていながらも相反する儚さがあって目を惹きつけられるようだった、とパトリックは苦しげに眉を寄せて言った。
要請でほとんど登校していなかったが、そういう状態だったから見かければ声を掛けた。
声を掛けられて向けてくる笑顔は前と変わらないように思えるが、ふと会話が途切れると表情に陰が差す。
それに耐えかねて「何かあるなら相談してくれ」と言ったら、心の中に決して何にも埋める事の叶わない大きな穴があるのだと言われた。
その中は虚無で、痛みだけを生み出す。
『あいつの胸に空いたのと同じ穴が、俺の心にも空いたんだ』と語ったリィンの表情はその内容と裏腹に何故か愛おしげだったという。
「…だから今ここに先輩がいてくれてよかったと僕は思ってるんです。いつその穴にリィンが食いつくされるんじゃないかと心配してましたし…何よりオライオンも逝ったと聞いた時は本当にあいつが壊れたんじゃないかと思ったくらいで」
実際その直後にリィンが暴走し、かなりの間自失状態だったのでパトリックの心配は杞憂とはいえない。
クロウはパトリックの言葉に困ったように眉を顰めた。
「…つってもな。オレだってずっと居られるわけじゃねぇぞ」
「だとしてもです。こんな状況ですから…先輩がいてくれることは、リィンにとって大きいと思いますよ」
クロウはまじまじとパトリックを見つめた。
「っは~、あのパトリック坊ちゃんがこんなこと言うようになるたぁなぁ」
「坊ちゃんはやめてくださいっ。だから、リィンの事、頼みましたよ」
「…別に最初からそのつもりだけどよ、お前に言われると腹立つなぁ」
「え」
「なんかアイツがお前のモノみたいで」
その後パトリックが隠すことなく見せた「あーこいつら似た者同士だ」という半ば呆れた顔を無視してクロウは会話を断ち切った。
我ながら子供っぽい事を言ったと後悔して気まずかったのだ。
とにかく、パトリックの話が本当なのであれば、あのリィンの儚さの原因の大半は他ならぬクロウだということになる。
今更!?というⅦ組一同のツッコミが聞こえた気もするが、この場には自分とリィン以外いないのだから幻聴だ。
クロウは深く息を吸って、吐くとリィンの元へ歩み寄った。
「よ」
声を掛けるとゆったりと頭を動かしてリィンが微笑んでこちらを見た。
「何考えてた?」
そう聞くと、リィンは少し首を傾げて視線を彷徨わせた。
「うーん…特に何を考えてたってこともないかな。ぼーっとしてたっていうか…なんとなく色々思い返してたって感じだな」
曖昧に笑う表情を見ていても、幸せな記憶を辿っていたとは思えなかった。
確かにともすれば崩れ去るのではないかという危うさが今のリィンにはある。
クロウは少し考えてから、あえてにやりと笑みを返した。
「特に何もしてねぇなら散歩にでもいかねぇか?」
「ちょっ…!これはちょっと無理があるだろ…!」
こっそりとカレイジャスから転位で飛び出したオルディーネ、そのコクピットに折り重なるようにして二人の姿があった。
通常通り座席に座ったクロウの膝に向かい合わせになってリィンが乗っている…正確には乗せられたのだ。
「狭いし…!なんか恥ずかしいし…!」
「まぁまぁいいじゃねぇか。ヴァリマールも少し休ませてやった方がいいだろうし、この方が距離近くて話しやすいし。なぁオルディーネ」
『…そうだな』
クロウの相棒はやや曖昧な、不思議なことに苦笑ともとれるような声音を返してきた。
申し訳なさそうにリィンが空を振り返るとオルディーネがリィンに意識を向けた気配があった。
『ヴァリマールについては、同じ騎神として何か良き方法がわかればよかったのだが済まぬな』
その言葉にリィンは静かに微笑んで首を振った。
「いや、いいんだ。あれは…俺の未熟が招いたことだから」
『ふむ』
向かい合ったクロウの視線を避けるようにリィンは俯く。
オルディーネから何か伺うような気配が向けられたのでクロウは促すように小さく頷いた。
少し考えるような間があって、チカリとコクピット内のどこかが瞬いた。
『…起動者と騎神は一心同体。何が起きたとしてもどちらか片方だけに責任があるということはあるまい。共に戦い、共に足りぬところがあったからそうなった。我が同じ状態になったならそう思う。ヴァリマールもそうであろう、我らよりそなたらの絆が浅いということはないだろうからな。一度ならず我らを破ったそなたらなのだから』
「あ……」
オルディーネの言葉に励まされてリィンが顔を上げた。
自然と視線がクロウと交わったので、クロウは笑って頷いてやった。
リィンの顔に微笑みと涙が浮かぶ。
「うん…そうだな。きっとヴァリマールもそう言うと思う……ありがとう」
リィンはようやく肩の力が抜けたというようにクロウにもたれて顔を肩に埋めた。
クロウもその背中をあやすように優しく撫でてやる。
『…我は周囲の警戒に努めよう。中の事は見ぬようにするから好きに過ごすがいい』
「ええ…」
妙な気を回されてリィンは眉を下げたが、クロウはにやりと笑ってリィンの頭を撫でた。
「だそうだぜ?つーわけで遠慮なく甘えていいぜ」
ぱっと腕を広げて受け入れる体勢を示すと思い切りジト目で睨まれた。
「…普段一線引いて距離おいてるくせに」
「そりゃ…まぁ…だってなぁ?」
この戦いがどう落着しようとクロウは必ず消えるのだ。
リィンがどうなるかはわからないとしても、これ以上の傷を刻む気はなかった。
ただ…だとしても…。
クロウは紅く染まってしまったリィンの瞳を真っすぐ見つめた。
「オレはいずれ必ず消えちまうよ?だがオレはお前の眷属で、そうじゃなくてもオレの命…魂は、オレをこの世に繋ぎとめたお前の為に全部使うって決めてる。だから…」
クロウは銀色に変わったリィンの髪から白い頬をそっと撫でた。
「全部オレがなんとかしてやる。余計なことは考えなくていいから、お前の望むように突っ走れ。背中も横も、オレが全部支えてやるから何も心配しないで、前だけ見て好きな方へ進んじまえ」
「…っ、クロ、ウ」
意志を籠めて潤んで揺らいだリィンの瞳をしっかりと見つめる。
頷いて返すと共に閉じられたリィンの瞼から涙が零れ落ちる。
それはなんだか儚くないな、とクロウは思いながらそれを指先で拭った。
「うん…うん、ありがとう、クロウ」
リィンはクロウの背中に手を回して擦り寄るように抱きついた。
甘えるようにぎゅうっとくっついてくるリィンをしっかりと抱き締め返す。
「…もうしばらく、このままでいてもいいか?」
「おーよ」
なんならここしばらく深く眠れていないようだし、眠ってしまっても構わないと思って背中をあやすように撫でる。
そうしてモニターに映る青空を見つめていたクロウの心にふっと宿った決意があった。
「…なぁリィン」
「……ん?」
内緒話をするように低く囁くとお互いの声が密着した体に響き合った。
それを感じながらクロウはリィンの耳元に唇を寄せた。
「全部…戦いが終わった後だけどよ……」
「あ、戻ってきた!」
格納庫に戻ってオルディーネから降りると旧Ⅶ組の仲間達が駆け寄ってきた。
「もー!いないからどこ行っちゃったのかと思ったよ!」
大人になってもどこか可愛らしい怒り顔でエリオットが言う。
とはいえ、音楽が絡むとこんな顔では怒らないが。
「オルディーネだけいなくて二人とも姿が見えなかったからクロウに攫われたのかと思った」
フィーが揶揄い含みの笑みをリィンに向けた。
まぁ散歩に行くと言った後割と強引にオルディーネに乗せたので攫ったようなものだが。
「…でも…リィンさん、なんだかすっきりした顔をしてますね」
エマに言われてリィンは自分の顔に触れてから、ふっと笑った。
「…うん。気分転換してすっきりしたかな。もう少ししたら次の作戦のブリーフィングをしよう」
リィンの表情に力が戻っているのを見て仲間達も強く頷いて返す。
それを見ながらクロウは先ほどの会話を思い返していた。
「全部戦いが終わった後だけどよ、オレはどうせ消えちまう身だし…最後までお前に付き合ってやるよ」
「……え」
リィンは咄嗟に他に誰もいるはずのないコクピット内で辺りを伺うように視線を巡らせた。
「考えてること、あんだろ?誰にも言わねぇよ。さっきも言ったがお前の望む通りにやれ。…最後まで、隣にいるから」
「あ……」
リィンは確かめるように自分の心臓の辺りに触れた。
そこにあるものは彼への愛の証であり、呪いの源でもある。
「…本当に、いいのか?」
「オレには『足』もあるしな。お前もいいだろ?」
上を見上げて問うとチカチカと光が瞬いた。
『もちろん。起動者と騎神は一心同体と言ったろう』
「…二人とも…」
「ま、ミリアムもそのつもりだと思うぜ。会話ができねぇからアレだが…最後まで隣にいる。だから思い切りぶっぱなしてやれ」
クロウの肩に乗せられていたリィンの手にきゅっと力が籠った。
瞳が強く輝いて真っすぐクロウを見つめ、そして力強く頷いた。
「…うん。ありがとう、クロウ、それにオルディーネも」
…あぁ、儚く陰が差す姿もどうしようもなく美しいけれど。
やっぱりこの、自ら輝いた月のような、静かで強い輝きがこいつにはよく似合うな。
そう思ってクロウはリィンをもう一度強く抱きしめた。
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