日が暮れる頃になると、メデイモスは窓際のカーテンも窓もわざと大きく開けておくことにしている。たとえそれが雨の日であろうとも例外なく、ただの一日もかかしたことはない。砂漠の夜は日中と違いかなり冷え込むが、王宮内には神権が行き渡っていて、暑さとも寒さとも無縁だった。窓を開け放っていても、それほど寒さは感じない。
今夜は、星のまたたく美しい夜だった。色鮮やかなガラスランプの灯りを普段よりも絞ると、さて、と部屋のすみに置いていたシタールを持ち、窓の傍の絨毯に腰を下ろして調律を始める。弾きなれたそれを軽く整えると、 夜のラーガをつまびくことにした。夕食後は祈りの時間だ。込める 感情は寂静が相応しい。
星明りの射しこむ窓辺で、ゆったりとした即興演奏に勤しんでいると、予想通り窓の外から物音がした。
メデイモスの私室は王宮の一番高い場所にある。ここは建物の四階だ。外から物音がするのは賊を警戒する必要があるが、今聞こえてきているのは、随分と聞きなれた足音で、警戒する意味はない。
演奏を止めずに少しずつ旋律を細かく早くしていくと、「やあ」と窓の縁に誰かが足を下ろした。声の主はわかっている。
振り返らずに「今夜は随分と遅かったな」と口にしながら演奏のテンポを落とすと、窓から侵入してきた白髪の青年は体についた砂をその場ではらい、「色々あってね」と苦笑する。顔を顰めたメデイモスの前で青年は頭と口を覆っていたフードをすっかり下ろすと、頭を窓から出し、わしゃわしゃと乱雑に髪をふって砂を落とす。
「どこで『遊んで』きたのかは知らんが」
メデイモスは小さくため息をついて演奏を止めると、楽器を傍らに置いて絨毯の上から立ち上がり、へらへらした日焼け顔でこちらを見ている青年を見返した。
窓を開けておいたのは、この礼儀知らずの幼馴染――ファイノンが時々、夜になると私室を来訪するのを知っていたからだ。
「俺の部屋に来る前に風呂に入ってこい。……今すぐに行け」
それ以上砂をまき散らすな、と睨みつけて風呂場の方を指すと、「あとでちゃんと掃除するから」と妙に機嫌の良い顔で笑う。
「風呂はどうせ君の部屋で借りられるからいいかなと思って。ほら、この間着替えを置き忘れ帰っただろ? まさか捨てたとか言わないよな」
「使用人が『ペットの服より粗末だ』と喚いていたが、回収しておいた」
メデイモスは横を通り抜けるふりをしてそっと近づいてきた男の頬を掌で押し返し、「風呂の後だ」と膝で腹を蹴る。
「あいたっ。ひどいな。そこまでじゃないだろ?」
「色の問題だろう。黄色はさておき紫はお前に合わん」
先日、「寝る前に帰るよ」と言っていたファイノンが部屋で寝落ちした際に来ていた服は、サフランと紫色をした奇抜な組み合わせで、せめてどちらか一色であれば……とメデイモスは思った。二日も同じ服を着るな、とその日に着せた白を基調とした服を今夜は着ている。素材は悪くないのだが、と何故かこちらを伺って一向に風呂場に行こうとしない男を見つめつつ、「なんだ?」と首を傾げる。
「もしかしてもう風呂は済ませてる?」
ファイノンはメデイモスの首から垂れる豪奢な薄布をそっと持ち上げ、「でも寝間着じゃないだろ、これ」、と小さな声で口にした。
「ハ、」
期待する様な瞳でこちらを見つめているファイノンの手をはたくと、「だから風呂に入ってから来いと言った」と彼を風呂場へ押し込んだ。
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