asa_nohi
2025-11-20 14:28:49
5012文字
Public カルジュナ
 

夢のひとつ

カルデアにいる影法師を眺めながら話をする、座にいる2人の話。表記的にはどちらかと言えば+寄りだと思う。
お借りしているワードパレット『AQUARIUS』より、1.あっさり/教えてほしい/近い距離 を消費しつつ

奇妙なものだな、と隣の男が言う。空気に解けて消えるほど静かに、静かに発せられたものの、はっきりと心を持って響いたその声につられるようにそちらを振り向くも、声の主はこちらには一切目もくれず、目の前にある水鏡――つまり、数多現界している自分たちの影法師を覗くためのそれ――を、瞬きすらせずに見つめている。嫌悪も怒りも含んでいない、けれども、情愛の類が含まれているかと問われれば、首を縦には振りがたい視線を眺めながら、カルナは「ふむ」と小さく零しつつ、自身の目の前にある水鏡に視線を戻した。隣の座にいる男と同じ空間を眺めるためだ。以心伝心、などというものではないが、どの世界戦に現界している自分の影法師を眺めているかなど、問わなくても分かるほど思考が読みやすいのは、この瞬間にとってはありがたい。
見ているのはあの世界、カルデアと呼ばれる場所に喚ばれた自分たちだ。
それを眼前に展開するべく、本を捲るように、影法師たちが躍動する世界を辿る。そのたびに、ほわり、ほわりと水面に幾つも波紋が広がったが、やがて目的の世界戦に辿り着くと、波紋は一瞬にして凪いだように静かになり、自分たちの記憶と記録を持ちながら、全く異なる関係を構築する影法師たちの姿を映し出した。
その世界において、白と黒の二基の英霊――要するに、自身と、隣の座に登録されているアルジュナのことである――は、再会当初こそ「混ぜるな危険」と言われるほどの険悪ぶりを見せていたものの、今となってはそのような言われようはどこへやら、随分と仲睦まじい様子であった。
鍛錬を共にするのはもちろんのこと、食事時になれば、他の仲間や生前からの関りたちも交えて一緒にテーブルを囲み、非番ともなれば茶に誘ってみたり、何やら奇妙な機械を使っての遊戯に興じるときもある。そして当然ながら、戴く同一のマスターのためにと、背中合わせで共闘し、そこで気分が昂れば閨を共にすることもあるらしい……が、詳しいことは知らない。なぜなら以前一度、偶然にもその場面を映し出してしまったときに、隣から「やめろ! 無粋だろう!」と焦ったように釘を刺されたため、それ以来なんとなく、目についた時にはすぐに別の世界を眺めるようにしているからだ。なにも本当の自分たちではないのだから、そこまで気にする必要もあるまいと思うし、後々記録を読み解き知る羽目になろうとも思うのだが、ひとまずは「見るのをやめろ」という言葉に従うことにしているのだが、そんなことはともかくとして、この世界の自分ではない自分たちというものは、どうにも他の世界の影法師たちよりも近い距離にいるらしいことは確かであるようで、現に今も、アルジュナの用意した茶と茶菓子を前に、二人は穏やかに言葉を交わし、談笑しているらしかった。
生前には有り得ない距離感。それを「奇妙」と称したくなる気持ちは分からなくはない。
激動の日々の中にある、ほんのわずかな余暇をのんびりと過ごす影法師たちを前に、それでもカルナは「そういうものか」と答えた。
「出会いによって在り方に様々な変化が起こることはある。なにも妙なことではなかろう?」
続けて思ったことを言葉にすると、隣の座の白衣の英雄は、ちらりとカルナに視線を投げた後、「……訂正する。言葉が悪かった」とため息交じりに言い、続けた。
「見慣れない……うん、そうだな、見慣れんのだ。これまでの在り方を根本から覆し、兄ちゃ……ビーマ兄さまに対するのと同様にお前と言葉を交わし笑う自分が不思議でならん」
ころりと言葉を転がして、そうだ、これだと言わんばかりの顔でアルジュナが頷く。先程とは打って変わってはっきりとした声には、少々苦いような色が滲んでいるが、その音と言葉から推察するところによると、未だ更地にしきれない、ひとかたならぬ情を抱えた一つ隣の、半分血のつながった英雄にとっては、どうやらカルナという存在は、未だ穏やかな時間を共にする対象ではない。そういう認識であるらしい。
生前にありとあらゆる場面で火花を散らし、命のやり取りさえした間柄だ。そう思うの致し方ないことではあろう。カルナは「そうか」と一言答えて頷き、水鏡を見つめた。向こうでは相変わらず、自分たちの影法師がのんびりと言葉を交わしている。
「ここのオレたちだけだろうからな。こうも穏当なのは」
生前には終ぞ向けられることのなかった、口元を隠し品の良い仕草で笑う、水鏡の向こうのアルジュナを見つめて言う。「どこもかしこもこうであってたまるか」と、隣から呆れた声がため息をついた。
「貴様と私は、好敵手であり、出会えばどちらがより優れているか競い合うようにできているだろう。手を取る可能性は…………過去にもいくつか事例が無くはないからゼロとは言わんが、ここまで親密になど、普通なりはせんぞ」
「そういうものか?」
真顔で何事か語る自身の分体を眺めて答える。じろり、と不機嫌そうな気配がした。ちらりと目だけそちらへ向けると、想像通り、不服そうな黒瑠璃と視線がかち合ったので、カルナは「まあ、お前の言わんとすることも分からんでもないがな」と、視線をよそに投げつつその場を取り繕ってから、
「だが、座にいるオレたちの規定が変わらずとも、あれらの認識が覆ることはままある。お前が信じられんという、親密な間柄になる世界線が存在したとしても、疑問に思う余地はなかろう……そもそも、現に目の前にあるしな」
と、付け加えて言ってやった。はあぁ……と、アルジュナがこれ見よがしにため息を吐いた。
「貴様の言い分はそれと受けとるが、なぜそうも、あれらの関係をあっさりと受け入れられるのかが分からん……
「なぜ、か……そうだな。あれらはオレたちが数多見る夢のひとつでしかないから、だろうか。実際には起こりえない姿を見せていたとて、いずれは全て泡沫に消える。ほかの英霊たちにとっては、この物語など次へと語るに及ばん。委細を知るのは、マスターと座にいるオレたち以外にはおるまいよ」
……つまり何が言いたい?」
「いずれ消えゆく話の紡ぐ当事者のオレたちの姿が、いかに知られた現実とかけ離れていようとも構わん、ということだ。夢の中でどのような関係になろうとも、意図せねば別の影にそれが引き継がれることもないし、そもそもオレたちの規定には一切の影響がないからな。どう在るも、そこにいるオレたちの自由だ」
「あれらの構築するものは全て、夢故に許される、と」
「そうなるな。……逆に訊くが、アルジュナ。お前は夢であれど、規定に則らぬオレたちの姿は許せんか」
「許せぬとは言っていない。お前のように簡単に割り切れぬだけだ」
「ほう? あれはオレたち自身ではないと分かっていても、あれを受け入れるのは困難なのか」
「当たり前だ」
「なぜだ?」
「なぜって、だってあのような姿は……
「ぬ?」
ぽつぽつと問答を続けている最中も、カルデアの二人は楽し気に時間を過ごしている。座の自分たちと同じように、けれども、こちらとは決定的に違う温度感で言葉を交わす二人を前に、隣の白い英雄は手袋に覆われた手に視線を投げつつ、何事か言いかけて、ハッとしたように口をつぐんだ。
言ってはいけないことを言おうとしたのか。はたまた、彼にとって知られたくないことを、向こう側に絆されてうっかりと口にしそうになったのか。
そのいずれであるかは分からないが、教えてほしい、と頼んだところで素直に口を割るような男ではないことはよくよく分かっている。追求するだけ無駄だろう。
(向こうの二人のように、思うさま言葉をぶつけあうことが可能であるか、あるいは、愛用の武器だの宝具だのを展開しての勝負が可能ならば、如何様な手段ででも口を割らせていたところだったのだが……)
なんとか語らせるべく策を巡らせようとしたそのとき、運よく顔を合わせることができた影法師たちの姿と、かつては可能だった、雌雄を決するための手段が頭に過った。その途端、じりじりと身体を内側から炙るような、焦燥感にも似たものを感じたが、この場に召し上げられた自分たちには影法師たちのように手合わせをする自由はないため、押しとどめておくより他がないことに思い至った。
手を伸ばせば届くほどの場所にいるというのに、一戦交える許可が下りない。口惜しい……本当に口惜しいことだ……異例づくめの世界線にいる自分たちの、温く柔らかな温度感と、力比べがいつでもできる自由が羨ましい。
むぅ、と不満に口を尖らせる子供のような声を出してはみるものの、やはり夢は夢か、と。いくら願ったとて、隣に召し上げられた弟と、心満ちるまで手合わせする時間も、談笑する時間も、現実には――と言っても、原本である自分たちは一度生を終えているため、そんなものはないに等しいが――与えられやしないのだ。泡沫が見せる、願いの結晶のような世界の自分たちの行動に妥協するしかない。
そんなことを思い、ぐぬ、とカルナが喉の奥で唸り声をあげた、ちょうどその時だった。じぃっと自身の手を眺めたまま、何かを考えこんでいる様子だったアルジュナが「……だが、まぁ、」と、吐き出す息にのせて静かに言葉を発した。
「割り切るのは難しいが、それでも、見ることの許されなかった夢を見て、それを追体験する機会が与えられているのだとして……そしてそれが、ここに召し上げられた私の特権なのだとするのならば、この柔らかな温度も存外に悪いものではない、かもしれん」
……ぬ?」
多分、独り言のつもりだったのだろうと思う。静かな、静かな思考の吐露が空間に響いた。
何を言うつもりなのかと黙って続きを待った耳に飛び込んだ、その思わぬ発言に、カルナは思わず目を瞬かせた。
見ることの許されなかった夢、と言ったか。何が。カルデアに喚ばれた自分たちが形作る関係性が? 穏やかに手を取り、談笑するこの時間が? それをこの男が望んでいた、と?
思いもよらない発言に頭に大量の疑問符が浮かぶ。自身を嫌悪し、敵視しているだけと思っていた相手が、まさか穏当な関係を求めていたとは、欠片も考えていなかった。偏った思考に陥っていた理由は、生前の記憶故か、世界が広く知っている姿をこれと定めた座の定義づけによるものか、あるいはその両方が作用したせいか。その詳しいところは判別がつかないが、いずれにしても、当のアルジュナが何を思い駆け抜けてきたのか。それを一切知らないことに、カルナはふと思い至った。
今となっては知る由もない、教えてもらう機会もなければ、話してもらうこともない、かつての片鱗。特段強く知りたいと思ったこともなかったが、酸いも甘いも知り尽くしていると思い込んでいた彼のなかに、まだ未知の領域が残されている。そう気が付いてしまえば、手を伸ばしたくなってしまう。
全てを暴こうとすればとんでもない抵抗に遭うのは分かりきっているものの、この夢を辿ることで、真っ黒な領域を照らす灯火を得られるのであれば、それほど満足できることもない。
……お前を知るいい機会、というわけか」
そう思ったカルナがぽつりと呟けば、発言の意図を察したらしい隣から、じとりとした視線が向けられた。
「貴様が私に踏み込んでくることを容認した覚えはないが?」
「お前の許可など不要だ。なにせ、同じ夢を見ているオレたちの記録を眺めるだけだからな。それを辿る折、ふとした拍子にお前の本質を覗き見ることぐらいあろう」
「貴様のそれは暴くのと同義だろう! 誰しも人に知られたくないことがあると言っているんだ、私は!」
カルナの暢気な言い分にアルジュナが嚙みついてくるが、彼の抗議などもうどうでもよかった。
目の前にあるのは、たかが数多の夢のひとつ。されど、これまで見てきたどんなものよりも重要な夢のひとつで、たった今、ほかのどの影法師の記録よりも丁重に扱い、注視しなければならないものとなった。もう一人の当事者が何と言おうが、行く末を見届けないわけにはいかないのだ。
「カルデアのマスターとの出会いに感謝せねばならんな」
そんな勝手な言い分を転がしながら、アルジュナからしても決して頭ごなしに否定できない感想を述べたカルナは、今にも愛弓を呼び出しそうな相方に向け、口の端を釣り上げてみせた。