camellia57
2025-11-20 08:04:15
3734文字
Public
 

18時、銀座にて

川瀬エンド数年後の勤務医川瀬と編集者玉森くんが待ち合わせする話。川瀬視点。
モブが出てきて散ります

「何事もなければ明日はいつもより早く帰れそう」と腕の中の玉森くんに言うと、期待を込めた目で俺を見つめてきた。何か思いついたみたいな顔をしている。面倒事じゃなければいいんだけど。
 こちらから「どうしたの?」と聞けば「幸いなことに私も明日は早上がりできそうなのだ!」と返ってくる。「ヨカッタネ」と返事をしたらそれが不服だったのか口を尖らせた。本当に見ていて飽きない。
「そうではなくてだな……。その……帰りにどこかに寄らないか? ぎ、銀座とか……
 俺が素っ気ないせいか玉森くんは期待だけじゃなくて不安が混ざり合った目になった。
 断る理由もないけど人の多い場所は好きではない。しかも銀座。百貨店が立て続けに開店して賑わっている場所に玉森くんと行くなんて。首輪でも着けておかないと目が離せない。
「なんで銀座? 玉森くんも人混みは得意じゃないでしょ。買いたいものでもあるの?」
 当たり前の疑問を口にすると視線を彷徨わせる。俺が納得する理由を探してる様子だ。
「ね、ネクタイ、新しいネクタイが欲しくて、だな。それに同僚達の間で今話題になっているデパートもこの目で見たいのだ! 中央のホールは一階から八階まで吹き抜けでそれは見事なものらしいぞ! な、川瀬も興味あるだろう? 土足のまま入れるそうだし、な?」
 いつになく必死な様子の玉森君。すべてが嘘ではないだろうけど、本音はそれではないんだろう。今追及したって素直に答えてくれないだろうから、騙されてあげるよ。
「そうだね。じゃあ明日そのホールに居てくれる? 玉森くんの方が先に着いてると思うから、俺のこと待ってて。あ、ちゃんと周りを見て、知らない人にぶつからないようにね」
 喫茶店にでも入ってもらった方がいいけど、玉森くんが慣れない銀座で迷子にでもなられたら困る。ホールの中にいるとわかっていれば見つけ出すのは難しくない。
「い、いいのか?」
 この程度で俺が承諾するとは思っていなかったのか拍子抜けした様子の玉森くん。
「変な柄のネクタイを買ってきても困るしね。付き合うよ」
 口にすれば少し楽しみになってきた。まだ湿った黒髪を撫でると玉森くんが頬を赤く染める。
「明日だぞ。待ってるからな」
 布団を引き上げて半分顔を隠した玉森くんが上目遣いで念押しする。
 これが計算でないのだからなんてたちが悪いんだろう。
 返事のかわりに前髪を摘んで額に口づけすると、耳まで真っ赤にして「も、もう寝る!」と俺に背を向けてしまった。
 今更おでこにキスしたくらいでなにがそんなに恥ずかしいんだろう。
 そういうところも可愛いと思ってしまうのだから好きになった方が負けなんだ。


 翌朝、玉森くんに念押しされた。余程行きたい理由があるらしい。
 休日に出掛けるほうが余裕があると思うんだけど、どうしても今日がいいのかな。
「あんまり待たせないように頑張るよ」とだけ言って家を出た。


 予定より早く上がることができて向かった待ち合わせ場所。新しい百貨店の中央大ホールの階段傍の壁に眼鏡を掛けた玉森くんが居た。けれど近づこうとして、知らない男がその隣に立っていることに気がついて足を止めた。
 そいつは玉森くんに笑いながら話しかけている。玉森くんの顔にそれほど警戒心がないところを見ると仕事関係の知り合いなんだろう。玉森くんよりも幾分か背が高いから見上げる形になる。それを見て苛立つ気持ちが沸いてくる。玉森くんにじゃない。隣の奴にだ。
「玉森さんは悪くないんですよぅ……
 いつの間に現れたのか俺の右肩に蛙男がしがみついている。
 周りには見えていないこいつに話しかけるわけにはいかないので黙って続きを促す。
「あの方は後輩さんなんですが、早上がりの玉森さんに相談があるから聞いてほしいって言ってきたんです。待ち合わせがあるって言っても相手が来るまででいいからって着いてきてしまって……
 そんな相談あるわけない。ただの口実だろう。
「玉森さんはきちんと断ったんですよぉ……
 経緯は把握した。あとは今の状況だ。会話が聞こえる距離まで近づいて人影に隠れた。
 顔は見えないが声色だけで玉森くんの考えてることは大体わかる。


――くん、それで私に相談と言うのは……
「あ、あの、僕、今、縁談があって。親の知り合いとのお見合い、なんですけど」
「ほう」
「よく知らない相手だし断りたいんですけど、」
「会ってみればいいのではないか?」
「水森さんはそう思いますか? その、水森さんも独身ですよね? お見合いの話とか来てないんですか?」
 玉森くんの両親はもういない。無遠慮に踏み込むその男を玉森くんはさらりと躱した。
「ないな。もし来ることがあっても受けない。君もどうしても嫌ならばそう言えばいいのでは?」
「それとなくは言いましたよ? でも一度会ってからでもいいだろうって……。だから、水森さん、僕に付き合ってもらえませんか?」
 付き合う?
 思わず飛び出しそうになって、既の所で留まった。
「は?」
 玉森くんの声が硬い。
「こ、こんなこと、頼むの、申し訳ないってわかってるんですけど……。水森さん、かつら被ったら女の子に見えると思うんです。僕が用意するので、それで……
 …………
 このカスはなんなんだ。こいつが目の前にいたらきっと殴っていた。
 顔が険しくなるのが自分でもわかる。手を強く握りすぎて手のひらに爪が食い込む。
 相手が言い終える前に玉森くんがきっぱりと「断る」と言った。
 それでもしつこく頼みこんでくる。
「どうしても、だめですか……女性の格好がだめならそのままでも……水森さん、かわいいから……
 このクズは殴るだけでは足りないかもしれない。
「だめだ。できない」
「で、でも、今恋人はいないですよね? ぼ、僕、前から水森さんのことが……!」
 鈍感な玉森くんでも流石になにを言おうとしているのか察して、クズ男からの告白を遮る。
「私がその言葉を欲しいと思うのは一人だけだ。悪いがそれは君じゃない」
 その言葉を聞いて、俺の心が激しく揺れる。今すぐ玉森くんの顔が見たい。
「好きな方が……いるんですか……?」
……この先もずっと、手を取って、隣を歩きたい相手がいる。そいつを尊敬している。私は、あいつのことを誰よりも綺麗だと思う。すべてが」
 好きだとか恋人だとかは言えないのに、どうしてこんな言葉が平気なのかがわからない。しかもこんな赤の他人に。俺のことを想像して、そんな声で。滅多に聞けない告白をされて、我慢できるはずもなくて二人の前に飛び出した。
 案の定、玉森くんは驚愕で目を白黒させて、隣のゴミは今にも塵になってしまいそうな様子だ。そのまま箒とちり取りで片付けられてくれないかな。

「玉森くん、行くよ」
「か、か、かわせ!? い、いつから……!? どこから、聞いて……!?」
 慌てる玉森くんを無視して馬の骨に形だけの会釈をした。
「ねぇ、もう帰るけど……、いいよね?」
 有無を言わせぬ俺の様子に頷くしかない玉森くん。
 そのまま呆然とする玉森くんの腕を引いてタクシーを拾う。

 池田邸まで帰り着いて居間のソファに座る。
 隣をぽんぽんと叩けば玉森くんは大人しくそこに腰掛けた。
 ここで抵抗されたらベッドまで運んでいたところだ。
「あ、あのだな、あれは……
 俺が問い質すより先に玉森くんが弁解しようと口を開く。
「あんな間男のなりそこないのことはどうでもいいよ。蛙男にあらましは聞いた。そんなことよりさ、理由を教えてもらおうかな。どうして、突然銀座に買い物に行きたいなんて言ったの? 何がしたかったの?」
 目を逸らさないで欲しくて頬を両手で包む。おずおずと告げた内容は想定外のものだった。
「ま、待ち合わせが……したかったのだ……
「は?」
 待ち合わせ?
「い、一緒に暮らすようになってからは、したこと、なかっただろう……。お前のことを考えて、お前を待ちたくなったのだ……
「それって、家じゃだめだったの?」
 家で俺の帰りを待つのとなにが違うんだろう?
 少し呆れた目をする玉森くん。
「浪漫がわからんやつめ。……私の姿を探して、目が合ったときの川瀬の顔が見たいと言ったら……どうだ?」
 待ち合わせ場所に立つ玉森くんが、約束通りやってきた俺を見つけて、嬉しそうに笑う顔を想像する。……あぁ、それは、
「わかる気が、する」
「そうだろう? だから、それが理由だ」
「それじゃあ、やり直さないとね。今度の休みの日に出掛けようか。別々に家を出て、待ち合わせしよう」
 前の俺だったらそんな無駄なことしなかっただろう。
 けれど、玉森くんに感化されてしまったようだ。

 そうだ、また余計な邪魔が入らないように玉森くんの細い指に印を刻んでおかないと。
 玉森くんの薬指を撫でて「ここに嵌めるものも買わないとね」と言えば真っ赤な顔をして口をぱくぱくさせる。

 銀色のそれを贈ったらどんな顔をするのかな。
 綺麗な君に似合うとびきり綺麗な指輪を。