【GLR: SHERLOCK】プロローグ

山岳写真家のジョン・ワトソンは、雪山からの滑落をきっかけにパルデア地方から故郷のガラル地方へ戻った。そして新たな生活を始めようとフラットを探し、ベイカー・ストリート221Bへ辿り着く。
そこで出会ったのは、探偵業を営む謎多き青年、シャーロック・ホームズ。
二人の出会いを描く「十三番目の依頼人」、そして大きな陰謀が顔を覗かせる「犯人は二匹」、さらにシャーロックの秘密が明かされる「ワイルドエリア・インシデント」、そして物語は最大の敵との対峙「伽藍の密室」へ──。
ポケモンとホームズの融合、華麗なる現代推理劇をご覧あれ。

【主な登場人物】
シャーロック・ホームズ
シュートシティ、ベイカー・ストリート221Bに暮らす探偵。
嘗ての名探偵と同じ名を名乗る謎多き人物。

ジョン・ワトソン
山岳写真家。諸事情からガラル地方へ戻り、221Bへ転がり込む。

【エピソード】
プロローグ
Ep. 01 十三番目の依頼人
Ep. 02 犯人は二匹
Ep. 03 ワイルドエリア・インシデント
Ep. 04 伽藍の密室
エピローグ



「どうぞ。最近同居人がバケッ茶に凝っていましてね」

 そう言って彼が視線で示したのは、イーブイよりかろうじて一回りほど大きいか、といった具合のリーフィアだった。単純に体が小さいというよりも幼いという印象を与えられる。

……どうも」

 ティーカップのハンドルを、注意を払いながら左手で取る。鼻腔に花の香りが広がり、私はほっと息をつく。

「やはり左利きでいらっしゃったんですね」
「やはり、とはどういう意味です?」

 思わず面食らった。間違いなく左利きだからだ——。黒縁メガネの奥で目を見開く。

「何、簡単な推理ですよ。あなたは右腕に腕時計をつけています。しかしボールホルダーは左側だ。利き腕に腕時計をつける人もいなくなありませんが、それは少数派です。加えて貴方の左手の中指にはペンだこがあります。筆圧が強いか、重量のある万年筆を使われるのではありませんか」

 彼の推理は全て当たっている。私は思わず生唾を飲み込んだ。
 貰い物の万年筆は最近ペン先の調子が悪い。筆圧を強くしなければ書けないし、あの万年筆は長時間書き物をするのには向いていない。
 パチパチと暖炉の中で火花が散る音が響く。マホガニー製のローテーブル、その上に乗せられた白いソーサーへ、私はゆっくりティーカップを乗せる。

「ふぃあ」

 小さなリーフィアが足元へ寄ってくる。緑の匂いが香った。若いリーフィアは少し青臭いと聞いたことがあったが、この子からはキャベツのような匂いがした。

「葉野菜の匂いがするでしょう」 彼はふふ、と微笑む。「僕も最初は驚きましたよ。ここまで野菜臭がするのかと」
……あの、それで。ミスター」 私は言いづらさを覚えながら、「家賃はいくらです?」
「ああ。失念していました。そうですね……一月、二百ユーロでどうです?」

 いくらなんでも安すぎやしないか、と訝しむ私の視線に気づいたか、彼は「いえね」と前置きをして続けた。

「パルデア地方へ行っていましたね?」

「なぜわかるんです」 私は再び目を見開く。
「簡単な推理です。ボールですよ。モンスターボール」
……ボール?」 それで何がわかるというのだろうか。私にはてんで想像ができなかった。
「モンスターボールの基準、規格は世界で同じですが、地方ごとに微妙な違いがあります。例えばパルデア地方なら、全土を通して非常に天候が変わりやすい。そのため、防塵加工がガラルで流通しているものよりも強めに施されています。だから表面がやたらツルツルして見えるんですよ。それに、あの地方にはグレープアカデミーがあるでしょう」
「ええ、そうですね」
「アカデミーには宝探しというイベントがありますが、ご存じですか? 在学している生徒たちがパルデア全土で行う課外学習ですが——
「もちろん。何度も生徒に会いました」
「ならばお察しでしょう。アカデミーは全ての人に広く学びの門を開いていますが、在籍する学生の平均年齢は十歳から十二歳といったところです。つまり、」
「子供の手に合うように、ボールのサイズが一回り小さくしてある……?」

 それは諸事情あって、パルデアで全てのモンスターボールを交換してもらった時に感じた印象だった。

「正解です」

 大家——ホームズはそう言って指を鳴らした。

「家賃を二百ユーロで、と言ったのは、あなたにある仕事を手伝って欲しいからです」
……仕事、ですか?」

 私は少し誤魔化すようにティーカップを口元へ持っていく。

「写真家にできることなど、たかが知れていると思いますが。……私でよければ、伺いましょう」

 正直言って、家賃二百ユーロはシュートシティでは破格である。通院費を考えると、ここで決めてしまいたかった。
 ホームズは薄い唇をゆったり引いて、

「ああ、すまない。敬語でなくて構いません。僕もそうする」

 手をひらひら振りながらそう言った。

「僕の本業は探偵なんだが——、最近立て続けに全く同じ依頼が十二件も入ってね。君、僕の助手になってくれないか?」

 あまりに唐突な提案に私はぽかんと口を開けていた。さながらヤドンのような間抜けヅラであっただろう。

……、いや。なぜ私に? 適任なら他に」
「お察しかもしれないが」 ホームズは悪戯っぽく笑って続ける。「この221Bは古いフラットだ。おかげで三階にはゴーストタイプのポケモンが居着いている」
……成程」 確かにそれは入居者が来ないわけだ、私は納得した。
「それに、ポケモンバトルの腕が立ち、今は暇にしていて、どうしても安い家に住みたい。この三拍子が揃っているのは君しかいない」
……いや、バトルは、」
「雪山に登るのは、バトルの腕が立たないと危険すぎる。大抵険しい環境は強いポケモンを育む。君が今まで目立った負傷をせず五体満足でいられていること、そして何より、フルセットの手持ちがいた。これが強さの証明だと思うがね」

 私は何も言えないまま、ホームズの顔を凝視する。

「君のスマホロトムのカバーはかなり日焼けしているし、風雪に晒されたのがよくわかるよ」

 彼は三度微笑む。そしてこちらへ差し出された長い指の右手を、私は恐る恐る握り返した。
 なぜそうしようと思ったのかは、言うまでもないだろう。

 ——彼の手を取れば、きっと人生が変わる。そんな気がしたからだ。