みずあめ
2025-11-18 16:54:12
2240文字
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ゆづあい

ワンライお題「お絵描き」

二人揃って休みの日、俺たちは朝から家を出てとある美術館に向かっていた。逢さんはもともと芸術に明るい人だし、俺もそんな逢さんと付き合うようになってから少しずつ知識をつけていた。同じものを見て美しいと思うことができたらいいななんていう下心が少しあるけれど、それだけじゃなく自分なりに好きなものが増えてきたところだ。
到着した美術館は企画展が話題になっていてチケット売り場には列ができ、事前に買ってあった入場券で中に入るとそこも常より人が多かった。一瞬顔を見合わせ、小さく頷いた逢さんが一番最初に展示されている絵に目を向ける。俺は絵の周りの人の集団の一歩後ろから全体を見るように絵を見た。空いてる美術館なら俺も近づいてその絵の細かいところまで見たりしてみるのだけれど、こうして混んでいる時は人を掻き分けて前に行くことはしなかった。触れるような近くでなくても、感じるものはある。周りの人にぶつからないように気をつけながらゆっくり進み、展示されている絵を次々と見て行った。
展示室一つを全て見終えて振り返れば逢さんはまだ半分を少し過ぎたあたりにいた。ああ、楽しんでいるようでよかった。心の中で笑みを浮かべ、先に次の展示室へ進む。
一緒に美術館に来るようになってから決めたルールのひとつ、無理に相手に合わせず、自分の好きなように楽しむこと。隣にずっといなくていいから自分の見たいものを見ろ、と。はじめ、美術館に慣れていなかった俺は逢さんの隣をついていくことしかできなかったけれど、そう言われてから絵そのものに意識を向けられるようになって、今では自分の好きなように館内を回って好きな絵を探せるようになっていた。
最後の展示室でゆっくり時間を使い、グッズ売り場でポストカードを選んでいると、展示室から出てきた逢さんが俺を見つけて声をかけてくれた。会計を済ませて逢さんのところに行き笑みを見せる。
「楽しかったですね」
「ああ、よかったな。どこか入ろう。腹が減っただろう」
「えへへ、はい、ちょっとだけ」
隣に並んで美術館を出て、通りがかったカフェに入る。俺はしっかりめの食事を、逢さんは軽食を頼んだ。俺より先に食べ終えてコーヒーを飲む逢さんはいつもより柔らかい雰囲気だった。美術館、楽しめたみたいでよかったな。思わずじっと見つめてしまえば逢さんが気が付いて「ん?」と首を傾げた。
「逢さん、今日は楽しそうですね。好きな絵はありましたか?」
「あぁ、いや、確かに良い企画展だったし気に入った絵もいくつかあった。だけど楽しそうに見えるのなら、それはたぶんおまえといるからだな」
……
「良い顔だ。俺に芸術の才能があったらおまえばかり描いていただろうな」
俺を見つめる瞳も、甘やかな笑みも、言葉がなくても幸せだと言っているのがわかるようなもので、俺は恥ずかしさに目を逸らすよりもただそんな逢さんを見逃したくなくて目を細めて彼を見つめ返した。逢さんが描く俺なら、きっと本物の俺より良く見えるだろう。そんな顔で見つめられて描かれて、良くならないはずがない。
「由鶴は、好きな絵はあったか?」
……はい。えっと、……名前、ド忘れしました。もう、逢さんのせいだ……
「ふふ。どんな絵だったか教えてもらっても?」
「奥が暗くて、こどもがいて、……ええと」
とても印象的で、画家の名前だけじゃなく絵画の名前だって覚えていようと胸に留めたのに。言葉でうまく説明できなくて、俺は紙ナプキンにボールペンでこんなふうだったという記憶を辿ってそれを描いた。自分の絵があまり上手じゃなくても構図を表現するくらいには十分だろう。
「こんな感じの絵で、……逢さん?」
「ああ、……ふ、……悪い、決して笑っているわけではなくて」
……
「待て。これはもらっておく」
……
「好きなんだよ、おまえの描く絵。可愛いなと思っただけでバカにしてるわけじゃない。それと、たぶんお前が言っているのはこの絵だろう」
片手で口元を隠して、その下できっと可愛らしく笑いながら、逢さんはスマホの画面を俺に見せた。確かにそれは俺が好きだと思った絵で間違いないのだけれど。
……絵画教室でも行こうかな……
「ふふ。それも楽しいとは思うが、俺は今のままで十分だと思う。それに基礎的なことなら俺も教えてやれるし、それこそアポリアには本物の美術教師がいるだろう。でも本当に、そのままで好きだよ。由鶴らしくて良い」
……褒めてますか?」
「とても」
……逢さんも、描いてください」
……何を?」
「なんでも。俺だって逢さんの絵、好きだから」
……
紙ナプキンに、逢さんがボールペンを走らせる。そう時間がかからずに渡されたのは可愛らしい絵柄の人の絵と、ハンバーグだった。こういう絵もそつなく描けるんだなぁと感心しながらこの人は?と問うと、当然のように「由鶴」と帰ってきてパッと顔を上げる。
「さっき、大きいハンバーグを嬉しそうに見てた由鶴」
……忘れてください……
「ふ、忘れるわけないだろう」
恥ずかしさに俯いたところで、タイミングを見計らったように食後に頼んだパフェが届く。ふっと吹き出した逢さんを思わず睨むように見てしまったけれど逢さんは余計に笑うだけだった。
はぁとため息を吐いて、パフェを見つめる。食べ物に罪はない。いただきます。向かいの席でくすくす笑いながら、逢さんは大きなパフェと、幸せそうに笑う俺を描いていた。