冬暁
2025-11-18 00:25:07
1402文字
Public 鳴保
 

夜明けのコーヒーを楽しんで。

怪獣に叩き起こされたある朝の二人。

 電線の上で囀る雀たち。カーテン越しに差し込む朝日。宙を舞う埃が反射しながら落ちていく。微かな衣擦れの音と共に、シーツがたわんだ。穏やかな寝息が重なり、柔らかな温もりが溶け合う。
 Beep‼︎ Beep‼︎
 朝の静寂を打ち砕くアラート音に、葡萄染えびぞめ色の瞳が見開かれた。手近にあったスマホを手に取り、流れるように応答する。
「こちら保科、どこに現れた?」
 シーツを蹴り飛ばすように体を起こす。怪獣発生時にのみ鳴るアラートに、意識はすでに明瞭だった。
『保科副隊長……?』
 困惑したような男性の声に、床につけた足が止まる。
「小此木ちゃんやない……?」
『第1部隊所属オペレーターの来栖です。こちら、鳴海隊長のお電話ですよね?』
「へ……
 その言葉に石のように固まった手からするりとスマホが抜き取られた。
「ボクだ。自宅の方にいる。このまま出撃するからヘリを手配しろ」
 ペタリ、と素足が床に下りる。ベッドサイドの時計に目を向けた後、そばに置かれたインカムを手に取って離れていく。
 遠くで水音が聞こえてきたところで頭を抱えた。
「あぁ〜〜ッ、やってもうた」
 サイドテーブルに乗った自分のスマホには特に反応がない。紛れもなく第1の管轄、鳴海にのみ発せされた命令だった。
「今までは僕だけやったから……!」
 わざわざ自分のスマホかなんて確認する必要もなく、条件反射のように取ってしまった。鳴海と共に過ごすということは、これからもこういうことがある。
「気をつけなあかんわ……
 羞恥に転げ回りつつ、どうにか体を起こしてリビングに向かう。
 ちょうど身支度を済ませた鳴海が戻ってきたところだった。
「間違って出てもうてすみません」
「アレはびっくりしたなァ? まさかボクを差し置いて出るとは」
 パントリーからゼリー飲料を取り出した鳴海は、チラリと保科を見るとニタリと笑う。
「来栖もまさかお前が出るなんて思ってもいなかっただろう」
「ホンマ申し訳ないです」
 しょんもりと項垂れる保科を横目に、パキとキャップを開けてゼリーを吸った。
「まぁ、仕方ないだろ。ボクは特に気にしてない。こんなの、これからいくらでもあるんだ。気にしてたらキリがない」
「そうですけど……
「何かしら対策を考えるしかないな」
 ガコン、と潰れた容器を捨てる。
「保科」
「な、る……ッむ」
 薄い頬を片手で掴んで、尖った唇に噛みつく。啄んで、食んで、最後にちろりと舐めて離す。
「どうしてもって言うなら、お詫びならお前でいいぞ」
「それは……、ちょっと勘弁してくれへん? 動けんくなるわ」
「お前が動けなくなってもボクがいるから大丈夫だ」
「それこそ恥ずかしくて無理や!!」
「なら仕方ない」
 ため息を一つ吐くと、鳴海は丸い額を弾いた。じん、と赤く染まったそこを保科が押さえる。
「これで許してやる」
「鳴海さんにしては優しいやん」
「あ゛?」
「うそうそ! ありがとうございます」
 そこで鳴海はインカムを押さえた。短い応えは迎えが来た証だ。
「そろそろ着くらしい。行ってくる」
「行ってらっしゃい。気ぃつけてな」
 保科の言葉に僅かに真紅の瞳が丸くなる。それは瞬きの間にゆるく解けた。
「誰に言ってる。こんなの朝飯前だ」
 自信で満ち溢れた笑みと共に鳴海は踵を返す。
「コーヒーでも飲んで待ってろ」


Posted by 冬暁/薄明