しろくまたたくはくしゅんさん
2025-11-18 00:17:20
4445文字
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【刹マリ】The Flower (Ⅰ)【R18予定】

劇場版後の話
公式設定ではない捏造多数
約4000字
話全体でR18の予定がありますのでご注意ください

The Flower (Ⅰ)


 そして、英雄は帰還した。



「君が、正しかった」
「あなたも……間違っていなかった……

 二人の手は合わさり、体温が溶け合い思考が交ざり合う。五十年の時を経て理解し合えた歓びを分かち合う。再会と共にもたらされた安寧にも似た相互理解に、二人は互いの背中に腕を回した。
「刹那……
「マリナ」
 抱擁の間、言葉は無かった。だが言葉は無くとも二人は体温と匂いと、少しの身じろぎで語り合った。久しぶり、元気だったか、生きていてくれてありがとう、待っていてくれてありがとう、ありがとう、ありがとう────
「──泣いて、いるのか」
 沈黙を破ったのは刹那だ。マリナの瞼の端に溜まる雫を、彼女は誤魔化さずに拭う。
「だって、とっても嬉しいもの。こうしてまた出会えたことに、感謝しなくては」
「神にか?」
「いいえ。人々や、いくつもの命との縁に」
 マリナは胸の鼓動を感じ取るように手のひらを当てる。隠居し穏やかな暮らしを得た彼女にとって、残りの短い人生のやり残しのひとつが刹那との再会であったのだ。今日まで生かされた命。動いてきた心臓と、まだまだしっかりしている頭脳があればこその感動の再会である。
「目は、もう見えないのか」
「ええ、ほとんど。明暗は少しは分かるけれど、そうね。ここからあなたの影がぼんやりと映るくらいかしら」
 それはほとんど失明に近かった。刹那はじっと彼女の姿を見た後、「外に出て、歩いてみないか」と提案した。マリナはもちろんと頷いて、「とてもいい天気だものね」と続ける。
「わかるのか?」
「わかるわよ。手のひらを窓から差し出すと温かいし、乾いた土の匂いと花の香りがする日は、決まってよく晴れているの」
 そういうマリナは、自宅の勝手知ったること、すぐにストールを用意し玄関まで壁を伝って歩いて行ってしまう。刹那はその背中を追いかけ、エスコートできたのは彼女が玄関から出て二、三歩進んだところである。
「ふふ。刹那はずいぶん優しくなったのね。──いえ、優しいのは昔から。不器用だっただけ」
「そうだったか?」
「ええ。今は動きが穏やかで、敵意が無い」
 それがつまるところ、マリナから今の刹那への評価であった。対未観測生物交渉としての役割を担ってきた彼への────刹那は腰が曲がり低くなったマリナの旋毛を見ながら、不敵に笑う。
「君はどこか圧し強くなったな。物言いに容赦がなくなっている」
 マリナが肩を揺らし笑った。本当におかしいときにする笑いだった。マリナは強くなった。刹那が繋げてくれた未来を自分の手で紡いでいくと決めた時から、胸を張り前を向き続けた。「目を悪くしたのは、未来の輝きを真っ直ぐ見続けたからに違いないわ」とは長年の友であるシーリンの弁だ。だが、彼女は目を悪くしようと未来から目を離すわけにはいかなかった。そこに刹那の背中があったのだから。追い続けて疲れた時は空の花を眺めた。それを見ると、不思議と心の奥から滾々と力が湧き出てくるのだ。
「こんなに笑ったのは久しぶり────あら?」
 たくさん笑った肺で吸い込んだ空気に、花の香りが混じる。たくさんの花が咲いている気配に、マリナは歩みを止めた。
「ここに、家なんてあったかしら?」
 大きな湖へと続く道に、たちふさがるように大きな壁がある。だが、太陽のように降り注ぐ香りを感じとり、その壁にも数多の花が植わっているのだと彼女は理解した。
「触れてみると良い」
 エスコートしていた腕がゆっくりと下げられ、皺だらけの手に刹那の手が重なる。障害物に向かって伸ばされ、指先が触れる。柔らかな、絹のような花弁。風になびく緩やかな葉や茎。余すことなく生えている花の奥底、冷やりとする金属があった。
「これは、……
 なにかしら、という言葉も飲み込み、指先で滑らかな面をなぞる。そして、一点に留まると少しだけ熱を帯びた。瞳で限られた情報としての影を見つめながら、一つの結論を導き出す。
「これは、貴方の宇宙船 モビルスーツね?ガンダム、と言ったかしら」
「ああ」
 ダブルオークアンタ。そう名付けられた対話のための機体は、幾度もの対話と融合を繰り返し以前の姿から遠くなってしまったが──刹那と、そしてティエリアと共に五十年間外宇宙を旅してきた歴史ある機体であった。マリナが触れてそれと分かったのは、ELSという特殊な金属生命体のおかげだ。触れるとやや温度を持つ。これは群を個としているELS独特のコミュニケーションあるいは情報伝達能力の副作用であり、通常の金属と見分ける方法の一つでもある。
「ここに降りてきた時、ELSはここの花畑を見て美しいと感じたようだ」
「まあ!それで咲いてくれたの?」
 機体の表面に咲き誇る花々は、このあたりの地面に咲いている花々を模したELSであった。だが、そこでマリナは首をかしげる。
「いいえ待って、刹那。ELSには匂いが無いはずよ──ええと、正しくは、匂いを再現はできないはずよ」
 この五十年。のちに、変革の五十年と呼ばれる時代には、様々なことが発展した。その中でも人類有史以来最も発展したとされるのは生物学である。イノベイターの存在の確認と、ELSの発見、融合、そして研究────中にはおぞましい研究内容も存在したが、ほとんどが初期に淘汰され、融合者を筆頭にELSへの実験や研究は倫理的に進められた。その中で分かってきたのは、ELSは五感のうち嗅覚だけは再現できず、食べ物や香水などの匂いに同調できなかったのだ。
「ああ。君の言う通り、ELSは匂いを再現できなかった ・・・・・・
 マリナはその言葉にはっとした。もしELSが花々を模したのであれば、花びらに触れた時副作用があったはずだ。だが、それが無かったということは────
「もしかして刹那……貴方、いえ、貴方たちに、新しいお友達ができたのね?」
 彼女の言葉に、刹那は口元を緩めた。何度も手に触れたことで、マリナはとっくに刹那がELSと融合したことを悟っていた。だがその異質や異変は問わず、刹那を刹那として、一人の人間として接してくれていることに、彼女の相変わらずさを感じたのだ。
 刹那の口元が動く。人間からすれば難解な言語であった。いや、呼吸法と説明したほうが理解しやすいかもしれない。機体の後ろから伸びる虹色の羽がそっと動いた。
「マリナ。手を差し出してやってくれないか」
 刹那の言葉に彼女は頷いた。そして、手のひらを上にしてじっと待つ。まるで風に揺れる虹のリボンのようなそれは、マリナの前に漂うと、ゆっくり、そっと、その指先に触れた。そして、すぐに離れていったが刹那の呼吸のような言葉の後、もう一度マリナの手に触れる。
「これは、握手ね?」
「ああ。そうだ」
 確信すると、マリナは優しくも儚い、花びらのような手ざわりのそれを両手で包んだ。彼女の掌の内側でもぞもぞと動いた後、虹色の先端がゆっくりとまた離れていった。その名残に花の匂いを感じ取ると、老婆はただただ何度も頷く。
「ELSの故郷を尋ねた後──五十年間、俺とティエリアは外宇宙を見て回った。その中で、ELSのように理解し合い、共に来ることを選んでくれた仲間たちがここに居る」
「名実共に、宇宙船なのね。他にはどんなお友達がいるのかしら?」
 マリナの声が弾む。だが、その数秒後にガンダムは気配を消した。粒子化し空気に溶けるように姿を隠したのだ。
「刹那……?」
「すまない。あんた以外にはまだ隠しておきたいんだ」
 する、と刹那の衣服が解けていくのを、マリナは肌で感じた。彼の溶けた表面は別の服に編み込まれ、アザディスタンの一般的な衣装に変わったところで向こうから砂利の音が響く。
「いたーっ!マリナ様ぁーっ!」
「ちょっと待ってよぉ!あれ、ここ、昨日まで咲いて無かったのに。──だあれ、あの人?」
「わからない。でもきっと、マリナさまの知りあい」
 小さな人影が三つ。向こうの道から駆けてくると二人の前で止まる。
「「「こんにちは、マリナ様!」」」
「こんにちは。刹那、この子たちはこの村に住む子どもたちよ」
「ああ。こんにちは」
 子どもたちは大きな声であいさつを返した。それから、三人のうち唯一の男の子があたりを見渡す。その様子を見た、男の子より少し背の高い女の子が彼を小突く。
「ほら、やっぱり見間違いなんじゃない」
「いーや、見間違いじゃないね!真っ直ぐ落ちてくるのを見たんだ。あっ、もしかしてハイブリッドのお兄さんが空から落ちてきたとか!?」
 ELSと融合した人間は体の頑丈さが認められているがさすがに限度というものがある。例えば脳はELSと混ざることができず、衝撃が発生すると脳震盪や最悪脳だけが潰れる──ということも有りうる。女児二人がじーっと男児を見つめ、はあ、とため息を吐いた。先述を前提とするのであれば、あまりにも馬鹿げた発想であったからだ。
「なんだよお。答えはこの兄ちゃんに聞けばいいじゃんか」
「そうね。ってことで、お兄さん──セツナさん。ここにモビルスーツが落ちてきたらしいんだけれど、見ましたか?」
 少女からの問いに、刹那は肩をすくめ首を振る。沈黙は金なり。言葉にしなければ嘘も真実も無い。
「だってさ!」
「ええぇ、でも」
「おにいちゃん、あきらめなよ」
 少年の妹、三人の中で一番幼い女の子になだめられると、彼はしぶしぶと背を向けて道を戻っていった。
「マリナ様、またね!私たちまだ仕事があって……お兄さんも突然、ごめんなさい」
「いや。気にしていない」
「ばいばい。またね。ぎゅーするね」
 幼い女児がマリナの足元にきて腰に抱き着く。彼女はにこりとほほ笑んで、小さな背中を抱きしめ返す。
「はい。ぎゅーっ、!」
「あっ、私も、!ぎゅー!」
 背の大きい女児もその中に加わると、刹那はその親愛の尊さに目を細める。ふと、男児の視線に気が付きそちらに視線を映すと、彼は恥ずかしそうにそっぽを向いた。甘えるように抱き着くのが恥ずかしい年頃なのだろう。
 少女たちの背が遠のいていく。小さな女の子は何度も振り返り、刹那のほうを見ていた。おそらくイノベイターの素質があるのだろう。そうと判断するにはもう少し年齢を重ねないといけないが。
 二人が残されると、刹那が彼女に尋ねる。
「俺も、君を抱きしめたい」
「ふふ。ええ、どうぞ」
 ゆっくりと広げられる腕に、そっと体が沿う。先ほどとは違い、花の匂いが通らないほど刹那はマリナをきつく抱きしめる。
「生きている…………
「そう。そうよ────やだ私ったら。言うのを忘れていたわ」
 刹那の腕の中。彼の一番帰りたかった場所が告げる。
「おかえりなさい、刹那」
「ただいま──マリナ」
 こうして、英雄は帰還した。