kanaco
2025-11-17 22:59:54
2898文字
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【十二信】ぐるぐる

《十二信》

「あ?」
「ん?」

 十二と信一は同時に声を上げた。

廟街からも九龍城砦からもそこそこ距離がある、若者でにぎわう繁華街。道端でバッタリと出くわした十二と信一は、お互いを見つめて固まった。

十二は目の前の信一を真顔で見つめた。

何が気になるかと言えば、幼馴染の右腕にくっついている女が気になる。自分と同い年くらいに見えた。英字プリントの黒ロンTシャツに黒デニムのミニスカート。堂々たる足の露出や輝くゴールドのアクセサリー、メリハリのあるメイクから、活発そうな女だなと十二は思った。十二を見て「なにこいつ?」と不審な目を真っすぐに向けてくる辺り、随分と気が強そうだ。

信一は目の前の十二を真顔で見つめた。

何が気になるかと言えば、幼馴染の右腕に寄りそっている女が気になる。自分と同い年くらいに見えた。ピンクのカーデガンにふんわりとした花柄のスカート。肌の露出控えめであるし、メイクもナチュラルで落ち着いた様子から、おっとりしてそうな女だなと信一は思った。信一を見て「大丈夫?」と案じるような目で十二を伺っている辺り、随分と面倒見がよさそうだ。

(へぇ?)
と、二人は同時に思った。
(お前ってそういうのがタイプ?)

視線だけで会話をする、奇妙な間。無言が纏っているのは、気まずさより変なケンカ腰だ。軽い調子のいつもの挨拶をしあって別れるか、お互いにスルーに徹して別れるかすれば良かったものの、何故か自分も相手も『そうは問屋が卸さない』らしいのは伝わった。。

お前に彼女がいるなんて、俺、聞いてねぇけど?)

いや、報告義務はないさ。それはそうだ。
無いけど・・・それはそれとして。

(なんか、すげぇムカつく

ぐるぐる、ぐるぐる。
頭と気持ちが回ってる。

どうしてムカつくのかと問われれば、どうにも説明ができない。相手は別に悪いことをしているわけじゃないし、自分がやましい現場を見つけたわけでもない。だから、このわだかまる気持ちの理由なんて知らないけれど。

ぐるぐる、ぐるぐる。
落ち着かない。

しばしの沈黙の後、十二と信一は同時にプイっと顔をそむけた。


それから、十二は虎のような猫目をキュっと吊り上げると、クルッと踵を返して元来た道をUターンした。

同じように、信一は形の良い眉をヒョイと上げて鼻白むと、クルッと踵を返して元来た道をUターンした。

分からないけれど、
(何、アイツ!)
という気持ちだけは確かだ。


 そうして別れて五時間ほど経った後。
そろそろ日が暮れ始めた頃の、九龍城砦・信一の部屋。

(あ、いるんだ
(あ、くるんだ

とりあえず部屋を訪れた十二と、とりあえず部屋で待っていた信一は、本日二回目の顔合わせを行った。

開いたドアの内側と外側。挨拶せず、ニコリともせず、睨みつけるわけでもなく、またもや無言のまま、お互いなんとも腑に落ちない顔を示し合わせる。

十二と信一が、今日の夕刻に信一の部屋に集まる約束をしたのは一カ月より前だ。

二人の好きな音楽アーティストが新曲を出した。そういう時、二人は交互にCDを買うのがお決まりで、貸し借りをしたり、一緒に聞いたりするのだ。今回もそうしようと事前に話し合い、十二が買う番だったので、信一の部屋に持ち込み聞く予定だったのだ。

昼間、変な出会い方と変な別れ方をした自覚があったので、妙な気まずさがあり「今日ってどうするのだろう」とは思っていたのだが。

(いやだって別に、ケンカしたわけじゃねぇし)
(すごい前から約束してたし)
新曲だから、一緒に聞いて盛り上がりたかったし)

「買ってきた」と、十二はCDの入ったビニール袋をズイッと前に出した。
「ん」と、信一は頷いて開いたドアをもっと大きく引いて十二を中へと促した。

十二からCDを受け取って、信一はCDラジカセにセットをし始める。信一のベッドの上に何の遠慮もなく乗って胡坐をかいた十二は、それとない風で聞いてみる。

「今日さぁ、昼間何してたんだよ」
「何って、龍兄貴のお使いだけど」
「お使い?」
「あそこの近くに兄貴の知り合いの爺さんがいて、届けもの」
「・・・ふぅん?」
「一緒にいた女がいただろ?爺さんの孫だったんだけど家出娘で。九龍城砦に紛れ込んでてよぉ、それで引き渡しに」
「家出娘知り合い?」
「いや、全く。名前も知らね」
「・・・へぇ」
お前こそ何してたわけ?」
「別に。このCDを買いに行っただけ」
「・・・ふぅん?」
「なんか途中で道に迷ってる女に話しかけられて、大通りまで案内したけど。その後すぐに帰ったし」
「・・・へぇ」

(あ、っそう)と、二人は思った。
(ん?)と続けて思う。
(あれなんか、ちょっとスッとしたような?)

気持ちがおさまった?

信一がリモコンを手に持って、いつものようにベッドに乗っかった。二人分の重みにベッドが軋む音を出したが、おかまいなしに信一も胡坐をかく。

変なモヤモヤはおさまったものの、先ほどから顔を見合わせる度に仏頂面を見せ、無言でもあったものだから、なんとなくまたお互いにそっぽを向いた。顔が見えないように背中合わせに座った後、信一が腕を伸ばしてピッとボタンを押す。

ベースとドラムから始まる、スピーカーからのエネルギッシュな音。クセになるようなリズムに重低音が奏で、カリスマ性溢れるボーカルの声が信一の部屋でパワフルに響き渡る。十二と信一の体がだんだんと楽曲のリズムや歌声に乗ってきて、小さくも軽やかに動き始めた。

一回目のサビが終わった時、リズムだけでなく気分もノッて来て、どちらからともなく背中を後ろに倒した。

もたれかかる背中同士。

預けあう体重。楽しそうに弾む背中からは相手の熱が伝わる。今日初めて触れた体。体温を分け合って心地が良い。


引きずっていたモヤモヤは収まるどころかどこかに飛んでいって、むしろ何にモヤモヤしていたのかサッパリ分からない始末だった。

(俺何にあんなにイライラしてたんだっけ

そりゃ、アイツが俺の知らない女と歩いていたからで。

知らない女だったことが問題?
女と歩いていたことが問題?

そうじゃなくてええと?

(んんんんん?)

ぐるぐる、ぐるぐる。
ぐるぐる、ぐるぐる。

ふと考えてしまえば、大好きなアーティストの、楽しみにしていた新曲を聞いているというのに、困ったことに歌の続きが全く頭に入ってこない。十二と信一はぐるぐると頭と気持ちを回転させながら、同時に右に首を傾げる。

掴めそうで掴めない、ぐるぐるの正体。
しかし、やがて。

「まぁ、とりあえずはいいかぁ!」
声を揃えて叫ぶ。

(よく分かんねぇけど、気は晴れたし!)

そしてお互いの声にビックリして振り返り、顔を見合わせて「んん?」と不思議そうな顔をしたが

 次にはすっかり気持ちを切り替えて、歌詞カードを一緒にワクワクと覗き込むと、笑ってはしゃぎながら新曲にのめり込み始めたのだった。