片桐
2025-11-17 21:27:38
2746文字
Public
 

【あんスタ・紅敬】悪い子はどっち?

ES2年目。2025年ハロウィンイベントのネタバレあり。

 四事務所合同のアイドルたちによるハロウィンイベントのテーマが発表されてから数日、チーム分けが決定されたとの連絡があった。
 今年はEdenがメインの進行役で、天使チームと堕天使チームに分かれた演技対決ということだったが。
 人の出払った鬼龍の寮室で、印刷された企画書とチーム別の名簿を手に蓮巳は唸っている。
「チームが分かれたな」
「まあ、チーム単位で何かするわけじゃなさそうだけどな。内容は個人で考えるやつだし」
 放送されるものなので一応事前のチェックは入るが、それぞれがチームに合わせた演技を考えるものだ。
 鬼龍は午前中に事務所に寄る用事があり、その時に一緒にいた神崎と共に、プロデューサーから話を聞いたらしい。蓮巳は朝早くから仕事で出かけていたから、つい先程聞いたのだ。
「にしても、どういう基準の選考なんだろうな。俺たちのイメージ、逆じゃねぇ? いや、こういうのはイメージ通りじゃ面白くねぇのか」
 人を見て振り分けているのか、あるいはくじのような運要素なのかは分からない。チームの人数のバランス以外は選考に配慮していないのかもしれないが。演じるのは全員アイドル――元、とつく者も含まれるが――なのだから与えられた仕事をこなすだけだろう。
「何を言う。俺だって悪い演技くらいできるぞ」
 蓮巳は不満を込めて鬼龍を睨むと、床に座っていた鬼龍の方へ距離を詰めた。身を乗り出して顔を近づけ、それから。
……貴様を堕天させてやろうか」
 囁くような甘さを帯びた声。するりと頬を撫でる指先。誘惑するような仕草。鬼龍はぱちりと目を瞬かせる。そして。
…………ふっ」
 ついに、堪えきれなくなったようで肩を震わせ始めた。
「おい何故笑う、俺は真剣に」
「いや、それ絶対旦那のキャラじゃねぇだろ。神崎のがよっぽど上手くやってたぞ」
「む……
 ここ最近の神崎の成長は目覚ましいものがあるが、それにしたって。自分だってドラマや舞台に出演することも増えて、演技力は上達しているはずなのに。それに先日は大人っぽい色気のある曲をちゃんと歌い上げていただろうが。
「簡単に堕とされそうな旦那が、人を誘惑するとか無理だろ。俺みてぇな悪いやつにあっさり捕まるしよ」
 蓮巳としては自分で選んだ相手だし、捕まったつもりはない。それに過去のことを言っているのだろうが鬼龍が悪いやつだとも思わないので、そういう言い方をされるのは不本意なのだが。
 鬼龍の腕が蓮巳の腰を抱き寄せて、耳元に唇を寄せてくる。
「それとも。……俺が、悪いコト、教えてやろうか」
 吐息を感じるほどの距離で囁かれ、心臓が跳ねる。顔に熱が上がるのがわかった。
「んー? どうした?」
「き、さま」
 仕方ないじゃないか。好きな相手にこんなことされたらドキッとするだろう。急に色っぽい声を出すな、くそ。
 と、さっき自分がしたことは知らないフリをして、口に出す代わりにため息をつく。鬼龍が二人きりの時だけ、……恋人である自分にだけ見せる部分。普段あまり声が大きい方ではないけれど、優しく響く落ち着いた低音に、熱が籠もる瞬間。その声に弱いのはもうとっくに知られているようで、それを都合良く使ってきたり、こうしてからかってきたりする。その度に、好きだと思ってしまうのは悔しいけれど。
 鬼龍の手は蓮巳の腰を撫でてくる。くすぐったいような、そわっとするような感じ。
「おい、いつまで触っている」
「顔真っ赤だぜ旦那。なんかチョロすぎてたまに心配になんだよな……
 他のやつにもあっさり堕とされんじゃねぇの、と顔に書いてある。そんなわけないだろう。
「それはおまえ限定だ馬鹿者っ」
「いてぇ」
 撫でてくる手を軽くはたいてやれば、鬼龍は声を上げて手を離した。全然痛くもないくせに。
「人が真面目にやっているのにまったく……今からたっぷり説教してやろうか」
「そうそう、それくらい偉そうで口うるさい方が旦那らしいって」
 楽しそうに笑う鬼龍の言葉に、なんだか納得がいかない。
「貴様人のことをなんだと」
「えっ? そんな所も可愛い恋人だろ」
……なんなんだ、もう」
 そんな言葉で誤魔化されると思っているのか。とは、反論できなかった。ほんの少しでも、嬉しいと思ってしまったあたり、鬼龍の言う通りチョロいのかもしれない。
「だから俺以外を誘惑しようとすんなよ」
「仕事の一貫だろうが。だが、俺のイメージではないというなら方向性を改める必要があるのは確かだ」
 真剣にやって本番で笑われてはなんだかショックだし。いや、プロデューサーは笑ったりしないだろうか。ぽかんとしているか、気を使った反応をされるのもなんだか悲しいし。本番の演技は後でもう少し考えるとして。
「というか貴様はどうなんだ。天使側だろう」
「俺か? なんとなくは出来てるぜ。良い子の優等生のフリくらい慣れたもんだよ、誰かさんのおかげでな」
「なんか引っかかる言い方だな」
「俺は元々ろくでもない不良だって知ってんだろ。天使なんてガラじゃねぇけどよ」
 それを言い出したら天使とか堕天使とか、似合う方が少ないんじゃないか? そういう趣旨ではないだろう今回は。あくまで与えられた役割になりきって演技をするものなのだから。
「まあ……ふふ、貴様は少し位なら、悪いほうが似合うのかもしれないがな」
 鬼龍と付き合うようになってから覚えた、ほんの少しの悪いコト。それは多分、もう両手の指では足りないくらいある。……誰もいない時にこの寮室にこっそり泊まったりとか、深夜に一緒にカップ麺を食べたりとか、そういう。多分、一人だったらしなかったこと。
「今でも真面目ないい子ちゃんは肩が凝って仕方ねぇや。それでも、おまえらと肩並べていられるなら悪くねぇなと思えるくらいにはなったけどよ」
 一緒にいる時間が長くなるにつれて、少しずつ近づいていく。似ていく部分が増える。
 天使の白と堕天使の黒と。互いの色を取り込めば、混ざりあって同じ色に近づいていく。純粋な混ざり気のない色だった頃には、もう戻れないとしても。
 でも、それも悪くないと思えるくらいに、甘美な誘惑の先を知ってしまったから。
「あぁ、堕ちる瞬間というのも、そういうものなのかもしれないな」
 おまえが悪い男と言うならばそれでもいい。俺はおまえが思うほど、昔から純粋でもないのだけれど。
 鬼龍の頬に触れ、乾いた唇を指先でなぞる。ちゃんと手入れをしろと、あとで言ってやらなければ。でも、今は。
 抗いがたい誘惑に身を委ねて、その唇を塞いでやる。
 煽ってきたのはそっちだからな、責任を取って、一緒に悪い子になってもらうとしよう。