【誰も知らない前日談】

『ORCA』『ベッドルーム・ナイトループ』
現行未通過×

ハロンが取り戻すまで

「やってしまいましたねぇ」


 目を丸々とさせる少年を前に、男の姿をした生物は一つ頷いた。ここは幻夢に近い場所に位置する、時間のない研究所の一室。男が一つ頭を掻けば、少年が怯えたように後退りした。


「ああ、すみません。混乱していますよね。
 私は……そうですね、貴方からすれば未来人と言うのが正しいのでしょう」

「未来人」

「はい。この度は私たちの実験に巻き込んでしまい、申し訳ありません」


 未だ状況を理解しきれない少年だが、とりあえずは納得したらしい。暴れることも怯えることもなく、一先ず落ち着くことはできたようだ。対応力のある子供だと、男が感心したように笑う。


「あの…… 実験、って、なんですか?」

「人類の魂、あるいは根源的自我から発生する幸福への欲求を元にした感情転移の研究ですよ」

……? …………??」

「簡単に言えば、『夢で夢を叶える』実験です」


 そう告げて、男は少年の傍にしゃがむ。少し身を固めた少年だが、敵意がないと理解しておずおずと男を見上げる。穏やかな微笑みを浮かべた男が、幼い少年にも分かるよう噛み砕いて説明を始めた。

 夢で夢を叶える実験。
 その発端は、人類の幸福を促すための研究である。未来人である自分は、人類に好意的だ。故にその成長を観察したいと思っていた。とある神様に力を貸してもらいながら、自分は『願いを叶える夢の世界』を擬似的に創り出した。とある旧き神に協力を得て作った異空間。いつかは此処に人を招き、夢を叶える夢を体験してもらう予定であった。


「けれどキミはその実験前に巻き込まれ、落っこちてしまったみたいなんですよ」


 男が手を開けば、そこには一本の鍵がある。持ち手が王冠になっており、先端は非常に複雑怪奇な形をしていた。それを指先でくるくると弄びながら、男は話を続ける。


「どうにも私たちは、未だ人類の感情を把握しきれていないようでして。キミの欲求に触れて、それを変動させてしまったようなんです」

……欲求」


 ここで漸く、少年の瞳に光が宿った。人間として当然持ち得る、幸福への渇望。男はそれに美しさを見出し、笑みを深めた。


 この未来人は、あらゆる世界線や時間軸を観測する偉大なる種族である。当然、少年が『前回』どのような結末を迎えたのかも知っている。あの星の人類は既に滅んだも同然、少年も少年の想う人々も全てが死に絶えた。哀しい結末だったが、この種族にとって危険を冒してまで救う義理のない世界である。

 だがこの種族にとって、その滅亡の記録も大切なものだ。丁寧に保護された記録、それを共有することも容易い。そうとも。まずは彼に自覚してもらわねば、この話は進まないのだ。


 おもむろに、少年の額へ男の指が触れた。接した点を通じて、少年に記録が流れ込んでいく。少年が少年に成るより前の世、無惨に終わった物語。


「ッ、ひ……


 引き攣った声を漏らした少年は、けれど動くこともできず震えている。姉の喪失、後ろめたい過去、仲間への罪悪、死という恐怖、かつての全てが少年を蝕んだ。

 ただ海の王ORCAのように、彼彼女らのように成りたかった。波打ち際で走るだけの自分を変えたくて、偽りの正義神狩りに革命を起こしたくて、強くなったつもりだった。
 結果、自分は何もできなかった。何者にも成れず、誰も救えず、走馬灯すら満足に形作る事が困難だった。

 無力な自分が、無様な自分を侵していく。彼彼女らを救えなかった罪が背を刺し、内側から腐っていく。男が指を離してもなお、少年は震えていた。


「巻き込んでしまったお詫びとして、キミの願いを夢で叶えましょう」


 さぁ、キミの願い幸福は何だい?
 言葉にせずとも、男のその意図を少年は汲む。狂気と願望に塗れた少年は、涙を流しながら自分を嗤った。手を伸ばし、異端に縋り、哀しくて憐れな願い事を口にする。


「────今度こそ・・・・、皆と笑って過ごしたい……!!」




【誰も知らない前日談】




 そして、都合の良い夜ナイトループが始まった。