弓VS騎

アルジュナVSアキレウス

推し鯖で聖杯戦争をやるのがTLで流行っていたので便乗したもの(その2)
書きたいところだけ書いたので唐突に始まって唐突に終わる。

 轟音をほとばしらせながら、炎が闇夜を切り裂いていく。瞬く流星を射落とさんと、風を切って唸り声を上げながら迫っていく。
 魔力を纏って放たれる矢は、現代の兵器に例えるならばおそらくミサイルにも匹敵する威力だった。正面からまともに食らえば、人間はもちろん、並のサーヴァントですら跡形も残らず消し飛ぶだろう。そんな威力を持った攻撃が、ほとんど追尾弾のような精密さで白緑色の流星を的確に狙い続けていた。
――しゃらくせェッ!」
己を射貫かんと次々と放たれてくる矢を、宙を疾駆する流星――戦車を駆るライダーは、手にした槍で全て斬り捨てていった。
 当たったらただでは済まない攻撃が雨のように降り注ぎ続ける中、しかし全く臆することもなく、ライダーはただ前へ前へと進み続ける。鼻歌でも口ずさみ始めそうなほどの軽やかさで、圧倒的な火力をもって襲いかかってくる矢を斬り捨てていく。ち、とアーチャーが小さく舌を打ったのが聞こえたような気がした。
 ライダーが自らに向けられている攻撃をあえて正面から全て受け続けているのは、ひとえにこの攻撃を放ち続けているアーチャーの位置を確実に特定するためだった。たとえ如何な弓の名手であろうと、発射地点を完璧に隠蔽することはほぼ不可能だ。放たれた矢がどんなに不規則な軌道を描こうと、その起点を見極めることができれば、射手の位置を特定することは容易い。
 いくら強烈な威力を持った攻撃手段を持っていようと、所詮は弓兵アーチャー。攻撃の届かない遠距離から敵を狙い撃つ、後方支援的な役割が本来の仕事であるため、接近戦は不得手としている場合が多い。故に、一気に距離を詰められてしまえば打つ手がなくなってしまうはずだ。
「そこか!」
 ライダーはここから少し離れた場所に建っている、他よりも高い位置まで伸びている高層ビルへ視線をやった。アーチャーはあそこの屋上で矢を番え、己を狙っているらしい。降り注ぐ矢雨をかいくぐりながらその場所に立つ人影を確かに認めたライダーは、獲物に狙いを定める獣の顔でにやりと不敵に笑った。
 おそらくあのアーチャーは、ライダーが己の居場所を特定したことにも既に感付いているだろう。ライダーの視線が己に注がれたことに、これだけの精密射撃を可能としている瞳が見逃すはずがない。距離を詰められることを警戒し、対処をせねばと慌てているかもしれない。
 しかし最速の足を持つライダーの前では、その程度の抵抗は何の意味ももたらさない。今からどんな対策をしようとしたところで、それを講じる暇もなくライダーはアーチャーの眼前に迫り、槍でその身を貫くことができる。そんな圧倒的自信がライダーの中には存在していた。さすれば、今から数分と経たぬうちにこの勝負は決着することだろう。
「さあ、行くぜ!」
 愛馬たちに繋がれた手綱を引く。ライダーにとっては耳慣れた嘶きとともに、白緑の流星となった戦車が、灰色のビル群の合間を駆け抜けていった。空を切り裂き降り注ぐ雨のような矢を紙一重でかいくぐって、ライダーは己が敵に狙いを定めて真っ直ぐに突き進み続ける。それこそ、当人が一矢となったかの如く。
 瞬きの間に、ライダーは先ほど狙いを定めたビルの目と鼻の先まで辿り着いていた。
 想定外の速度で迫り来るライダーに、アーチャーは一瞬迷いを見せた。迎撃するか、或いは回避に専念するか。その一瞬の惑いの間に、戦車を飛び降りたライダーの神速の槍の鋭い穂先が、アーチャーに向かって閃いていた。
「獲ったぞ、アーチャー!」
――ッ! か、は……っ!」
 アーチャーは手にしていた身の丈ほどもある巨大な弓を盾のように構え、ライダーの振るう槍の直撃を辛うじて防ぐことに成功したようだった。しかし、ここまで一直線に突っ込んできた速度も十分に上乗せされた突撃を完璧に受け止めきれるはずもなく、アーチャーは数メートル後方へと転がった。足下のコンクリートの床が激しくえぐれ、ばきばきと耳をつんざくような破砕音を上げている。
 よほど頑丈な弓なのか。ライダーの渾身の攻撃をまともに食らったにもかかわらず、そこには傷一つ刻まれていなかった。どこぞの神が造りし名のある武具なのだろうか。
 だが如何に武器が頑丈とはいえ、使い手も同様の強度があるというわけではない。防御されたとはいえ、突撃の衝撃によってそれなりのダメージは入っているはずだ。事実、よろめきながら体を起こしたアーチャーは未だにその端正な顔を歪めたまま、何かに耐えるように歯を食いしばっている。受けた攻撃の余波を打ち消しきれず、腕の骨か筋繊維かあたりをひどく損傷したのかもしれない。
 しかしアーチャーの瞳は、まだ戦意を完全に失ってはいなかった。崩れてボロボロになった地面を蹴り、ライダーに踊りかかってくる。
 握りしめた弓を横薙ぎに一閃させると、青白い炎を纏った打撃が繰り出された。周囲の温度が一気に上昇したのを肌でありありと感じる。
 だが苦し紛れに放った攻撃など、ライダーを軽く牽制するのが関の山であった。どうせ当たったところで、神の加護を持つサーヴァントで無ければ己に傷を付けることすらできやしない。ライダーはくるりと軽やかに身を翻してアーチャーの攻撃を避け、少しだけ距離を取った。弓の距離には近過ぎるが、槍の距離には最適な位置。
 次の一撃でケリが付く。そう判断して、槍を構え直した。
 が、しかし。
……!?」
 噴き上がった炎の向こうにあったはずのアーチャーの姿が、いつの間にか眼前からかき消えていたのだ。
 おそらくは魔力放出のスキルを使って一時的に自分の肉体の動きを加速させ、この状況からの一時離脱を図ったのだろう。既に手負いだろうからと僅かばかり油断してしまった。どこから攻撃されても対処できるよう、周囲の様子や音、空気の流れに神経を尖らせる。

 ――視界の端で白い鞭のようなものがしなって迫り来る様子を、ライダーの瞳ははっきりととらえた。

「っ!」
 咄嗟に縦に構えた槍をさらに反対側の腕で支え、最低限の防御姿勢を取る。戦場で培われ、もはや呼吸をするにも等しいほどの自然さで、この身体に染みついている動きだった。
 だがこの程度の防御であれば全く無駄になるだけだったということを、ライダーは数秒後に身を以て思い知ることになる。
「が……ッ!?」
 叩き付けられ、襲いかかってきた衝撃は、ライダーの予想の範疇を遙かに超えていた。
 まるで重戦車に全速力で体当たりされたような――否、そんな表現すらもおそらく生ぬるい。しなやかに空を切る細い様から何となく鞭のようなものだろうと判断していたのだが、そんな易しいものでは決してなかった。とにかく襲いかかってきた攻撃に、ライダーは強制的に呼吸を、思考を刈り取られてしまったのだ。
 目の前の景色がさっと真っ白に染まり、攻撃の余波をまともに受けてしまったらしい肺が一瞬だけ完全に停止する。次にまともな呼吸が再開できたのは、コンクリート製であるはずの屋上の床をぶち破り、下層階の床に自らの体が沈み込まされているのに気付いたときだった。
「が……げほ、ぐ……ッ!」
 外的要因によって無理矢理動きを止められた肺が、悲鳴を上げて痙攣を繰り返し、必死になって酸素を取り込もうと足掻いている。過剰に駆動しようとする器官に他の呼吸器が上手くついていけず、ライダーは大きく咳き込んだ。予想外の重量をもって放たれた攻撃に驚いたためか、歯を食いしばり損ねてしまっていたらしい。口の中にはどろりとした鉄錆の味と匂いが充満していた。
 さらに脳を盛大に揺さぶられたらしく、ぐわんぐわんと視界が激しく回っている。ガンガンと耳元で鳴り響く警鐘がうるさい。
 だが思考が正常に機能しなくなっている中でも、自分の身に何が起こったのかだけはすぐに理解することができた。一瞬姿をくらませたと思われたアーチャーが隙を突いて渾身の蹴りを放ち、ライダーの体を屋上の地面へと叩き付けたのである。
 チッ、と今度はライダーが舌を打つ番だった。頭上に降ってきた天井の残骸を、苛立ち紛れに手のひらの一閃で払い除ける。みっちりと重たいコンクリートが詰まっているはずの瓦礫は、しかしライダーの手によって発泡スチロールか何かのようにあっという間に粉砕された。
「弓兵に、白兵戦はできないとでも思いましたか?」
 自分がぶち抜いたことによってぽっかりと穴が空いてしまった天井から、凜とした声が降ってきた。
 ライダーははっと我に返って素早く立ち上がり、すぐに応戦できるよう槍を構える。がらがらと音を立てて落ちてくる瓦礫の隙間から、声の主の姿を認めることができた。
 
 ――白に身を包んだアーチャーは、月の光を背にして真っ直ぐにそこへ立っていた。
 
 攻撃に備えて防御姿勢取っていたはずのライダーを、その防御ごと強引に吹き飛ばし床へと叩きつけたのは、今あそこで己を見下ろしているあの男に相違ない。しかしどちらかというと細身なほうであるといえる彼の姿は、先ほどライダーに襲いかかってきた剛力とはどうにも印象が結びつかなかった。
「侮られたものですね。この程度で容易に屈するサーヴァントであると判断されていたとは」
 ライダーの思考を読んだかのような言葉。矢を番えながら、アーチャーは微かに笑んでいた。
 見下ろす宵闇を閉じ込めたような瞳に見つめられると、ぞわりと背筋を駆け上がるものがあった。
 千里の先あろうと全てを的確に射抜く狩人の目が、今この瞬間、真っ直ぐに己の命を狙っている。己のためだけに殺意を燃やしている。
 その事実が、戦場でしか味わえない独特な快楽をライダーにもたらしていた。久しく感じることのなかった強烈なそれに、思わず身震いする。
 己がこの聖杯戦争において求めていたものに、こんなにも早く巡り会えることになるとは!
……そうだな、俺はお前を侮っていたらしい」
 悪かったと、粘つく血の混じった唾を床に吐き捨てて、ライダーもにやりと笑みを浮かべる。
 己の一方的な蹂躙で終わるかと思われた戦闘カードだったが、どうやら嬉しい誤算があったようだ。まだ誰も脱落していないこの段階で出会えたことに、いっそ感謝すら捧げたい気分である。
「いいだろう! 俺がこの聖杯戦争において戦うべき相手は貴様だ、アーチャー!」
 槍の穂先を突きつけながら、ライダーは高らかにそう宣言する。
 己の貫くべき相手を見定めた刃が、月の青白い光を受けてぎらりと鈍く輝いた。