槍VS殺

カルナvs刑部姫
推し鯖で聖杯戦争をやるのがTLで流行っていたので便乗したもの(その1)
書きたいところだけ書いたので唐突に始まって唐突に終わる。

「てやぁっ!」
 宵闇を切り裂いて、主の手によって瞬きの生を得た偽物の鶴が飛んだ。
 一直線に飛んだ桃色の鶴は、しかし相対する彼が震った刃によって一瞬にして切り裂かれた。ただの紙切れになった鶴は、花びらのようにアスファルトの上にばらばらと散らばっていく。
「この程度の攻撃でどうこうできると思ったのか。侮られたものだな」
「ッ……!」
 刃を向けて立つは、身の丈ほどもある錫杖のような槍を携えた男。
 黄金の鎧と耳から下がった耳輪が、僅かな月明かりと街頭の人工的な光を受けて、怪しく煌めいていた。
 相対するは、桃色の着物を纏った少女。武器らしき武器は持っておらず、手には色鮮やかな折り紙が握られているのみである。
「あ、アサシン……!」
「動かないで!」
 背後に立つ己が主に向かって放たれたアサシンの声は、おそらくほとんど悲鳴に近かった。勝ち目がないことはもう十全に理解しているのだろう。おそらく自分の力ではマスターを守ることすらままならないと判断したからこそ、せめて距離を取ってくれと叫んだのだ。それすらも、この男の前では無駄なことだとわかっていながら。
 元々アサシンというのは、真正面からぶつかり合う戦闘には不向きのクラスのサーヴァントだ。徹底的にその身を隠し、闇夜に紛れて敵の命を絶つ。それが暗殺者としての本来の在り方である。
 その中でも、今目の前に立つ少女はとても戦闘に向いているようには見えなかった。僅かな神性こそ感じられるものの、圧倒的な力で相手を轢き潰すような類のものではない。
「とにかく、今は……ッ!」
 アサシンが身に纏っている桃色の立派な打掛を翻すと、視界を全て覆い隠すほどの色とりどりの鶴が、次々と男に向かって飛んできた。しかしどれも男にとっては何の驚異にもならない。先ほどと同様に、槍の一閃をもってあっという間にただの紙きれへと成り果てるだけだった。
 しかし全ての鶴を地に斬り伏せたとき、アサシンの姿は男の眼前から煙のように消えていた。彼女の後ろに立っていたはずのマスターの姿も、また同じく。
 しかし気配が完全に断たれているというわけではない。気配遮断のスキルが発動されているようだが、その存在を完全には消し切れていないようだった。或いはスキルの性質が、普通のアサシンとは些か異なるのかもしれない。幾度かの聖杯戦争の記録を所持している男は、感覚的にそう判断した。
 だが消えたアサシンの姿は、わざわざ探すまでもなかった。男が立っていたことによって生じた影からにじみ出てきた無数の蝙蝠が、男の喉元を噛み千切らんと一斉に襲いかかってきたのである。
「ほう」
 男は固いアスファルトの地面を蹴って跳躍し、電柱の上へと降り立つ。霧と見紛うほど数で影から噴き上がってきた蝙蝠は、刃のように鋭くなった羽で男に向かって一直線に飛んでいく。
――アグニよ」
 ――ごう、と。焔が闇夜を照らし、吠えた。
 開かれた手のひらから生じた真っ赤な炎。男が腕を横薙ぎに震うと同時に膨れあがったそれが、蝙蝠を全て焼き尽くしたのだ。
「きゃああっ!」
 悲鳴が、上がる。
 蝙蝠の代わりにべしゃりと音を立てて地面の上に墜落していったのは、先ほど姿を消したアサシンだった。美しい模様が描かれた桃色の打掛は、先ほど男が放った炎によってあちこち真っ黒に焦げ落ちている。その下の露出した腕は白い肌が真っ赤に染まり、ひどい火傷を負っていた。
 しかしその程度の損傷で済んでいることが、寧ろ男にとっては予想外だった。先ほどの攻撃で、跡形もなく消し炭と化していても可笑しくはなかったというのに。おそらくは、何か防御に特化したスキルや宝具を所持しているのだろう。
 だがたとえ彼女が何を持っていようと、趨勢は覆らない。誰の目から見ても勝敗は既に決していた。これ以上続けたとしても、男が少女を完膚なきまでにたたき伏せ、蹂躙する予想図しか見えないはずだ。同じサーヴァントという存在であるとしても、こと戦いにおいてのレベルが、この二人ではあまりにも違いすぎる。
「降伏を勧めよう、アサシン。マスターを逃がしたつもりだろうが、貴様が此処で敗れれば同じことだ」
 男の声が、夜の澄んだ空気の中に凜と響き渡った。感情のこもらない淡々とした声。まるで天上から与えられるようなその声に、しかしアサシンは決して頷かなかった。
「やめておけ。貴様の実力ではオレには勝てない」
「う、るさい……!」
 アサシンは打掛を引きずるようにしながら、それでもよろよろと立ち上がる。男を見上げる目は、まだ光を宿して輝いていた。
わたしは、マスターの願いを叶えるの。叶えてあげたいの。こんな引きこもりの戦えないサーヴァントだけど、マスターはわたしを選んでくれた。姫でよかったって、笑ってくれたの。だからわたしはサーヴァントとして最後まで足掻くよ。サーヴァントならこの気持ちもわかるでしょ、ランサー」
……
 ぴく、と男の表情が一瞬だけ動いた。しかしそれは刹那のことであり、些細なことであり、きっと誰もが気が付かないであろう変化だった。
 逃げたいと、怖いと、目の前の少女は全身で叫んでいた。
 痛みと恐怖で震える足を真っ直ぐ立たせておくだけでも精一杯なのだろう。あと少しで折れてその場にうずくまってしまう、その瀬戸際にいるのだ。
 けれど彼女は必死に足の裏を地面に押しつけて、今此処に立っていた。僅かな希望を捨てきれないでいた。
 ランサーはその姿を好ましいものだと感じた。僅かに表情を緩ませすらしながら、少女に槍の穂先を突きつける。
「その意気や良し。貴様が敗北を悟ってなお戦いを望むというのならば、オレは戦士として応えるだけだ」
「あっそ……あー、やだやだ。いつの時代も、武士だの戦士だのは、そんなんばっかり」
 アサシンは痛みを堪えながら下手くそに笑って見せた。
 一歩、一歩、ゆっくりと前へと踏み出す。彼女が履いている厚底の下駄の底が地面とぶつかる、
 こつん、という音が、宵を包む静寂の中に響いた。

――姫路城中、四方を護りし清浄結界」

「ッ!」
 魔力が、渦を巻いて噴き上がった。
 顕現せしは、心象風景で現実世界を侵食し、世界そのものを変化させる固有結界に似て非なる大魔術。目の前の景色が、世界が、瞬く間に塗り替えられていく。

「こちら幽世醒める高津鳥、八天堂様の仕業なり」

 現るは、かつてこの国の天下人が擁した白き城。幕末という動乱の巻き起こった時代を、世界中を大戦が行われていた戦火の時代をも乗り越えた、不戦の城。
 ――綺麗、と。
 小さく呟いた声は、果たして誰のものだったのだろう。アサシンのマスターか、或いは。

「すなわち、白鷺城の百鬼八天堂様――ここに罷り通ります」

 アサシンの澄んだ声が、闇夜に静かに響く。

 今ここに立っているのは、ただのか弱い少女ではない。
 数百年間にも渡って己が居城を守り、城主を導き、時には祟りもした妖しき者。古より人々に畏れられ、言い伝えられ続けてきた『城化物』だった。