命短し笑えよ剣士

リクエストをいただいて書いたもの。カプなし。
ぐだぐだ邪馬台国のすぐ後くらいに書いたのでボイラー室横メンツがまだぜんぜん揃っていない。

「ノッブ! ノッブのあんちくしょうはいませんか!」
 スパァン! という小気味の良い音が、もはやボイラー室横のデッドスペースとは思えないほど魔改造された一室に響く。
 開いた襖の向こうから肩を怒らせながら姿を現したのは、いつのまにかカルデアの最古参勢になっているセイバーの少女だった。
 飛び込んだ部屋の中では男が一人座して茶を啜っていた。怒りに震えている彼女を、へらりとした笑みを浮かべながら迎え入れる。
「おーおー。どうしたの沖田ちゃん、そんなに血相変えて」
「顔色が悪いのは元々ですのでご心配なく!」
「そういう話じゃないし、自覚があるのって尚更悲しくならない?」
 やれやれ、と笑みに苦いものを混ぜながら軽く肩を竦める斎藤である。
 一方、問い答えることなく無言でどすどす勢いよく歩み寄ってきた沖田は、斎藤が持っていた湯飲みを取り上げ、あっと声を上げる間もなく口をつけてしまった。そうして中に入っていたぬるめの茶をごくごくと喉を鳴らして中身を胃の中に収めると、空になった湯飲みを斎藤に突き返してくる。
「っ、ぷはー! あー、生き返った!」
……沖田ちゃんさぁ。君も一応女の子なんだから、もうちょい恥じらいってもんをだね」
 これではまるで、飲み会で最初の一杯を勢いよく飲み干したおっさんのようである。そもそも男が口をつけていた湯飲みを、何のためらいもなく呷るのもどうなのか。彼女にこんなことを口にしても無駄だと思いつつも、斎藤は思わずそう零してしまっていた。
 どうしてだろう。かつて背中を預けて戦っていた頃より、彼女はひどく幼くて、そして儚い生き物のように思えてならないのだ。
 もちろん彼女の剣の実力を疑ってはいない。今も昔も、沖田の強さは本物である。色々あって、その実力の神髄に迫ることができた自分が誰よりもよく知っている。
 けれど斎藤はそういうものとは全く別のところで、『沖田総司』という存在の脆さを知ってしまっているから。
 こんな感慨にふけってしまうのは、なまじ新撰組の他の面子よりも随分長生きをしてしまったがためか。もっと言うならば、沖田の歳を追い越してすっかり大人になってしまっていたからかもしれない。つまるところ、先に死して時が止まってしまった彼女と、その後も歩み続けた自分との間で開いてしまった距離の問題なのである。
「斎藤さんが私を女の子扱いするとか、何か変なものでも食べたんですか?」
 しかしまあ、斎藤が終わるよりもずっと先に世界から追い出されてしまった悲劇の剣士の反応は、概ねこんなところである。怪訝な顔というより、もはや不気味がってすらいるような顔だ。
「えー、一ちゃんはいつだって結構紳士的な人間でいるつもりなんですけど?」
「鏡を見てから物を言って下さい」
「さすがにひどくない? せっかく心配してあげてるのに」
「やめとけ斎藤、そいつにそんなもん求めたところで無駄に決まってんだろ」
 あっ、と二人の声が重なった。と同時に、自然と背筋がぴんと伸びる。遠い過去のことであり、尚且つ自分たちはそんな出来事の影を写し取った物であるとはいえ、すり込まれた習慣というのはそうそう零れ落ちてはいかないものだ。
 部屋の奥から姿を現したのは、二人のかつての上司でもある土方歳三その人であった。斎藤と沖田の前に腰を下ろすと、その獣のような瞳でじろりと二人を見やる。
「それで沖田、さっきから何をばたばたと喧しく騒いでやがんだ。何か報告があるなら端的に済ませろ」
「あっ、そうだった! 二人とも、どっかでノッブを見かけませんでしたか? あの女、私が大事に取っておいたジェットチョコ羊羹を勝手に食べやがったんですよ! マスターが喜んでくれたから、また一緒に食べようと思ってわざわざ入手したのにーっ!」
「ジェット……え、何? なにて?」
 果たしてこれは突っ込むべきか、突っ込まざるべきか。
 困惑の色を隠せない斎藤を他所に、土方は「俺は見てねえぞ」とさっさと答えてしまっていた。ではそちらは、と沖田がぐりんと勢いよく顔を向けてきたので、斎藤は慌ててぶんぶんと首を横に振る。
「わかりました、ありがとうございます! もしノッブが戻ってきたら、その首かっさばいてやるから大人しく待っとけって言っといて下さい!」
「ちょ、沖田ちゃん!?」
 斎藤の制止など物ともせず、沖田は機敏に立ち上がるとあっという間に部屋を後にして閉まっていた。桜色の小袖を纏った背中が、既に恐ろしく遠い。
……うーん。ああやって走り回る元気があるのはいいんですけど、あんまり無理するとまた倒れちまうんじゃないですかねえ」
「斎藤。今更あいつを女扱いするのはやめとけ。……あいつを侮辱するつもりか」
「やだなあ、そういうんじゃないですよ。土方さんだってわかってるでしょ」
 じろりと睨み付けてくる獣の瞳を、しかし斎藤はへらへらと笑みを浮かべて受け流した。
 そう、違うのだ。
 彼女が選んだ、真っ当な一人の女としての幸せなど到底得られない道を、斎藤が否定するつもりは毛頭ない。そういう沖田だからこそ、斎藤はかつては望んで背中を預けた。一緒に走り続けられたのだ。
 けれどいつの間にか己が走っている場所に、彼女はいなくて。ずっと遠い過去の中にしか、その姿を見つけられなくなってしまって。
 だからこれは、彼女と違って年寄りになるまで歳を重ねることができてしまった自分の、ただのつまらない感傷である。
「でもほら、なんかカルデアでの沖田ちゃんって、何か可愛くなったと思いません? あの頃みたいによく笑うようになったし」
……まあ、悪くはねえが、女としてはまだまだだろうよ」
 斎藤のそんな複雑な内心を知ってか知らずか、珍しく軽口に乗ってくる土方。一瞬きょとんとした斎藤だったが、こんな感傷に付き合ってくれるのならと、改めて湯飲みに注いだ茶を彼に差し出しながら口を開いた。
「ほほー、さすが都中の女を騒がせた伊達男。女を見る目は曇ってないってことですかね。ちなみに、沖田ちゃんには何が足りないと思います?」
「乳」
……はい?」
 淀みない顔で茶を啜る土方の顔を、思わずじっと覗き込んでしまう。彼は生前と同じようににやりと不敵に笑って返して見せた。
「え、ええと。まあ、沖田ちゃんは別に、胸小さいほうではない、と思いますけど」
「そうだ、あいつも良い物を持っちゃいるんだ。そこそこでけえし、見たところ形も良い。つまり全体的には悪くねえ。だがあいつはそれを生かす方法を知らねえからな。女として見るならもう少し色気がほしいところだ。まああいつにそんなもんは必要ねぇからこの話はこれで終いなんだがな」
「はあ……
 と、斎藤が適当に相槌を打った、まさにそのときである。
……のう。なんでわしは急に、野郎どもの生々しい猥談を聞かされとるんじゃ?」
「うわっ!?」
唐突にここにあるはずのない声が聞こえてきて、斎藤は思わず声を上げてしまった。
 声がしたこと自体に驚いたのではない。先程まで確かに誰もいなかったはずの場所に、唐突にかの人の姿が現れていたからだ。まるで魔法か何かで瞬間移動してきたみたいだった。
「の、信長さん、なんでここに?」
「おん、沖田から逃げておるのよ、見てりゃわかるじゃろ。いやー、信勝に試しにと作らせた隠し通路が、こんなに早くお目見えするとは思わなんだな! わしってば、ついに未来予知能力とか手に入れちゃってるんじゃない?」
 是非もないよネ! といつもの言葉を口にしながらからからと笑う信長である。その姿には女らしさの欠片もないはずなのに、しかし不思議と所作の一つ一つには艶めいたものを感じさせる。
「お前ももう少し乳と尻がでかけりゃ俺も抱いてやろうって気になるかもしれねえんだがな。顔はそこそこ別嬪さんだしよ」
「ワーオ。わし、今喧嘩売られとる? 喜んで買っちゃうぞ? おぬしがわしのボンキュッボンでセクシーダイナマイツ本能寺! って感じの肉体美を見たことないからそんなこと言えるんじゃ。魔王モードのわしとかならおぬしなんぞイチコロなんじゃからな」
「そうだそうだー! 姉上以上に美しい人間がこの世にいるわけないだろー!」
「うわ、何か出てきた」
 部屋の奥側にある壁に設置してあった掛け軸がばさりと勢いよく翻ったかと思うと、信長とよく似た顔をした細身の少年が転がり出てきたのである。
 なるほど、隠し通路はそこだったか。勢い余って畳みに顔を打ち付け、強かに打ち付けたらしい鼻頭を赤くしながら姉上姉上と鳴いている信勝を他所に、斎藤はふむふむと彼が出てきた場所を見やる。うまく隠すものだ。ギミックとしては初歩的で単純だが、だからこそ効果を発揮したときには盤石である、と。
 さて、一人現実逃避めいた思考を巡らせる斎藤の横では、信長が流し目で土方に迫っていた。
「何なら今ここで、おぬしの相手をしてやってもよいぞ? 第六天魔王の手練手管、その身で味おうてみるか?」
……ほほう?」
「だ、ダメです姉上ーっ! そんな、姉上の肢体を衆目に晒すなんて真似は絶対にダメです! 僕が先んじてこいつらの目を潰しておきますので、今しばらくお待ちを!」
「いや、こやつがわしを見れんかったらなーんも意味がないんじゃが」
「おいお前ら! 姉上の珠玉の肢体を目にしようなんて、烏滸がましいにもほどがあるぞ!いや、今ここで姉上の存在を目に焼き付けられているだけでも光栄の極みだろう! これ以上見ようなんて僕が許さないからな! 僕だって子供の頃しか見たことないのに!」
「ねえ信勝、わしの話聞こえとる? それともわしとおぬしって実は使ってる言葉違うんか?」
「あー土方さん、これお茶請けにどうですか。こないだ差し入れてもらったんですけど」
 繰り広げられる姉弟漫才を横目に見ながら、斎藤はかつてフランスの王妃だったという女性からもらった菓子を土方に勧めた。疲れたときは甘い物が一番だ。皿に載せられた丸いこれは、確か『マカロン』とかいうのだったか。
「お、うまそうなもん持っとるのう。わしも一個ちょーおだい!」
 ぐいぐいと迫りながら信長の美しさを熱っぽく語り上げる信勝を押しのけた信長が、斎藤が出してきた菓子に目ざとく手を伸ばしてきた。彼女は生前も南蛮菓子を好んでいたと聞くし、こういうものにも興味がわくのだろう。
 しかしその手が掴んだのは、ふわふわさくさくの甘味などではなく。
「うふ、ふふふふ……ようやくです、ようやく捕まえましたよ、ノッブ!」
 奪われた甘味の恨みで復讐者と化している、新撰組随一の女剣士の手であった。
 いつの間にか戻ってきていた沖田が、信長の腕をがっちりと掴んでいたのである。その背から立ち上る怨嗟の炎にの黒々しさに、ひえ、と斎藤は思わず情けない声を上げてしまった。
 腕を掴まれた信長はひくりと唇の端を痙攣させながら、辛うじて笑みの形を取り繕って口を開く。
「お、おう沖田! 奇遇じゃのう、こんなとこで何しとるんじゃ?」
「あらぁノッブったら、それを聞くんですか? 今? 此所で? 私に? 己の所業を? つまびらかに? 明かしてほしいと?」
……ぬ、ぬおおおおお! だ、だってわし悪くないもん! 冷蔵庫の中で、あんな『食べて下さい』って言ってるみたいに置いてあるうまそうな羊羹が悪いんじゃ! そんなに大事なら今度からはさっさと食べるか名前でも書いておくんじゃな!」
 信長は叫びながら沖田の腕を無理矢理ふりほどき、逃れようと全力疾走で廊下を駆けていく。
「ちょ、待ちなさいノッブ! 今日という今日は本当に決着をつけてやりますからね!」
「沖田ちゃ~ん、ほどほどにね~」
 いい加減そろそろコフる頃じゃないかと、またしても廊下を勢いよくすっ飛んでいく桜色の背中に向かって声を飛ばすが、果たして聞こえているかどうか。うおおおお、という二人分の悲鳴と雄叫びが遠ざかっていく。
 どっかで倒れるかもしれないし、ついて行った方がいいかもしれない。やれやれと斎藤は重い腰を上げ、しかしふと足を止めて土方の方を振り返った。
……ねえ、土方さん。別に僕は、今更沖田ちゃんに女の子らしい生き方をして欲しいとは思ってないんですよ。これはホントのホントです」
 ただ、と斎藤は僅かに顔を伏せて言う。
「ただね。せっかくこうやってもう一度会えたんだから、真っ当な人間らしく笑ってる姿が見たいだけなんですよ。これって僕の傲慢なんですかね。土方さんはどう思います?」
……さあな」
 そんなものは手前で決めろと、土方はあっさりそう切り捨てた。
 ああ、そうだ。この人はいつもこうなのだ。
 土方は斎藤の決断を信じてくれていた。正しいか間違っているかは問わなかった。ただ斎藤一がそうしたのならば、自分はそれを信じていると。
 その信頼は斎藤にとっては誇らしくもあり、時として重荷でもあった。けれどそのすべてを拒絶して、捨て去りたいと思ったことは、実は一度もなくて。
「それでは、新撰組副長に進言いたします。新撰組三番隊隊長、斎藤一。ただいまより、新撰組一番隊隊長の沖田総司を回収して参ります」
「おう、任せたぞ」
「任されました~」
 斎藤はいつもどおりのへらへらした笑みを浮かべながら、踵を返す。そうして先に彼女が駆け抜けていった場所を、一人走りながら辿っていくのだった。