お芋さん太郎
2025-11-16 23:11:11
2391文字
Public ONEPIECE
 

冬はつとめて

#ジンベエ #ナミ #あたたか


「ジンベエ、ちょっといい?」

ナミの問いに、ジンベエはふたつ返事で肯定した。

厚めのコートを着た彼女は、まだ朝飯前だというのにテキパキと動く。
フランキーから大きくて重たい荷物を受け取り――受け取ったのはジンベエだ――マストの下のみかん畑へ。

「冬島の気候域に入ったみたいなの。これじゃあみかんが寒すぎるから、保温用のビニールを張ろうと思って」
「ああ、なるほど」

荷物の中にある金属製のポールを組み立てていく。
軽いがかなり丈夫な素材らしく、潮風でサビないようにサビ止めまで塗ってあった。
フランキーらしい丁寧な仕事だ。

「長く海賊をやっとるが、みかんの木を乗せた海賊船は初めてじゃ。栄養不足対策か?」
「それもあるけど、私物よ。私の」
「ナミの?」
「うん。だから世話も私がしてる」
「うーむ……

見事、とジンベエは小さく呟いた。

この偉大なる航路では天気も気温も目まぐるしく変わり、ときには海水さえかぶる。
人間にとって過酷な環境は、植物にとってはより過酷だ。

それなのに足元には太い根が張り、葉っぱが元気にテカテカと光っている。
枝にはまあるい果実がぶら下がり、爽やかな香りが鼻をくすぐった。

健康な果実を成らせるのにどれだけの観察と手間が必要か。
ジンベエは植物など育てたことはないが、生半可な仕事ではこうなりはしないと直感できた。

ビニールを広げると何枚かにわかれていた。
まずは周りを囲って、そのあとで天井を張る。
風で飛んでいってしまわないよう、シワひとつなくピンとさせて、ヒモでしっかり固定した。

力と体格に恵まれたジンベエにとっては簡単な仕事だ。
しかし、ナミにとっては容易なことではないだろう。

全ての作業を終えると、心なしかみかんの木がホッとしてるように見えた。
ほんの少し手伝っただけなのに、なんとなく愛着が湧いてくる。
陸の植物は不思議だ。

「助かったわ。船を動かせば風が出るから、その前にビニールを張れて良かった」
「これしきのこと、お安い御用。またいつでも声をかけてくれ」

ナミもなんとなく、みかんの木と同じ表情をしている。
ジンベエもそれにつられて、やわらかく目じりを下げた。

「ありがとう。これ、お礼にどうぞ」
「こいつは……
「さっきね、そこにひとつだけいい感じのがあったから。あんたにあげる! あ、でも私にも味見させて。ここでむいちゃっていい?」
「もちろんじゃ」

ジンベエに確認をとってから、ナミは手慣れた様子でみかんの皮をむいた。
ひと房だけ指でつまみ、残りのすべてをジンベエに手渡す。

ナミの細こい手と比べて、ジンベエの手はどっしりとした質量を感じる手だから、小さなみかんが急に可愛らしく見えた。

「ありがと。……はい、あとは全部ジンベエのだからね。いい? 絶対にルフィにはあげちゃダメよ! 甘やかしたらすぐ調子に乗るんだから、あいつ!」
「あ、ああ。承知した」

何度も念を押すナミに気圧されながら、やっとのことで返事した。
一味に入って日が浅いジンベエですら、ルフィの食い意地には覚えがあるから、異論はない。

もう一度ありがとうを交わしあい、出航の時間を確認してから彼女とわかれた。

その矢先。

「お、お、お前、それ、ジンベエ!」
「みかんだ! んまほ~!」
「ナミのだろ!? まさか盗んだのか!? やめとけやめとけ、一生返せねェほどの借金を背負うことになるぞ!」
「なあ、おれにも一口くれよ、ジンベエ~」

やはり、こうなるか。

手のひらのみかんをジッと見つめてよだれをダラダラと流すルフィに、ジンベエの背中が冷たい汗でじっとりと濡れた。

その一方でいち早くみかんの存在に気がついたウソップは、いったい何を想像しているのか、ガクガクブルブルと震えている。
なんとも賑やかな船である。

「これはもらったんじゃ。手伝いの報酬に、と」
「じゃあいいがよ。焦ったぜ、おれは」

ふいーと大げさに一息つくウソップのかたわら、ルフィがみかんをジッと見つめて言った。

「ばかだな~ウソップ。これ、ナミがむいたみかんだろ。それならもらったに決まってる!」
「なんでナミがむいたってわかるんだよ」
「だってほら、白いのがひとつも無ェ!」
「あー、たしかに。あいつ、みかんの皮むくのめちゃくちゃ上手いからな~」

ルフィがニコニコぺかぺか笑いながらジンベエに顔を向ける。

「よかったな、ジンベエ! 綺麗にむいてもらって!」

ジンベエはポカンと口を開けたまま、何も言えなかった。
手のひらのちょこんと乗った、指先でつまめる程度の大きさしかないみかんを、まじまじと見る。

たったひと房だけ欠けただけのみかんには、ルフィが言ったように、白い筋はひとつもない。
ジンベエの太い指では絶対に取りきれないようなものも、全部だ。
もとより細かい作業が得意ではないジンベエなので、このような小さなみかんでは白い筋どころか皮さえむくのに難儀しただろう。

ここで気がつく。
ナミがみかんの味見をしたがった本当の理由に。
彼女の優しさを思うと、手のひらのみかんがよりいっそう輝いて見えた。

ジンベエはみかんを潰さないように細心の注意を払って、ひと房だけつまんだ。
口の中で袋がはじける。

甘くて、すっぱくて、やさしくて。
ジンベエの頬が無意識に上がる。

その心中を察したウソップが、ニヤリと笑って腕をバシンと叩いた。
察せない船長はちょっぴり不満顔だ。

「なあ、おれにも一口……
「悪いがルフィ、これはいかん」
「えー!」

ジンベエはルフィのお願いをクールに断り、小さいみかんを手のひらにチョコンと乗せて廊下を進む。

凍えるはずの冬の朝。
人の思いやりというものは、火鉢の炭より温かい。