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千代里
2025-11-16 21:45:57
8606文字
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ラハとエリンの話
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妖精女王の戯れ【ラハ光♀】
「起きるのだわ」
懐かしい声が、ふと頭に響いた。
もう肉声を聞くことがないはずの、『彼女』の声。
古くて遠く、懐かしくて寂しい。忘れようにも忘れられない、人ならざる彼女の声。
「フェオ=ウル
……
?」
そうだ。彼女の名前はそうだった。自分が追い求めた『星』へと託した、妖精の友人。
人とは異なる存在ではあったものの、フェオも自分のことを友として扱ってくれたと思う。
とはいえ、やはり彼女は人間ではないのだから、どこまでその心情を自分が勝手に推し量ってよいものかは分からないけれど。
「もう、お寝坊さんね。わたしの可愛い若木が、あなたを待っているというのに!」
その言葉に、自分
――
ラハは、目を大きく見開いて飛び起きた。
フェオが若木と呼ぶのはただ一人。ラハが第一世界でフェオに紹介した英雄
――
エリンのことだけだ。
「ここは
……
?」
閉じていた瞼を開き、身を起こして
――
そこでラハは、思わず思考を停止させてしまう。
彼が横たわっていたそこは、壮麗な白亜の宮殿の床上だった。
かつて第一世界で栄えたというフッブート王国を思わせる、光り輝く白銀の建物。いや、もしや、宮殿そのものではないだろうか。
白い大理石に金の縁取りがされた柱やら天井やらがあたり一面に広がっており、一瞬自分が場違いな場所に放り込まれたように感じて、くらりとする。
(オレが第一世界に来たのか? いや、それはありえない。次元を渡る方法は確立されていないはずだ。でも、フェオなら、あるいは
……
?)
頭がずきりと痛む。自分がなぜここにいるのか、それすらラハにはわからない。確かなのは、自分が本来ありえない場所にいると自覚していることだけだ。
かぶりを振り、改めて目の前の人物
――
否、妖精を見つめる。
腰に手を当てて、拗ねたように唇を尖らせる朱色の妖精。二つに結んだ赤毛に、小さく尖った耳。緑の髪を持つ妖精が多いなか、少し異なる雰囲気を纏う彼女の名はフェオ=ウル。かつてラハが『水晶公』を名乗っていた時からの付き合いがある妖精だ。
「やっと目を覚ましたようね、お寝坊さん。さあ、行くのだわ。わたしの若木が、あなたをお待ちかねよ」
「ま、待ってくれ。若木
……
ってことは、エリンがオレを呼んでいるのか?」
「ええ。わたしにそれ以外の繋がりがあると思っているの? わたしはエリンの『美しい枝』。彼女はわたしの『可愛い若木』」
謳うように紡がれる言葉は、ラハの知るフェオそのものだ。だが、エリンが第一世界でラハを待つとは
――
しかも、このような亡国の宮殿で待つとは一体どういうことなのか。
要領を得ないまま、なんとか立ち上がり、首を傾げていると、
「そんな寝ぼけた顔をしていては、若木に笑われてしまうのだわ。それに、今の若木と面会するのなら、『私の友』の無作法を許すというわけにはいかないわ」
「そ、そういうものなのか?」
寝癖でもついているのかと、無意識に赤毛を撫でるラハ。だが、違和感はやはり拭えない。
「
……
フェオ。あなたは、そんなに几帳面な性格だったか?」
「わたしは美しいものを愛し、自由に生きるあなたたちを尊ぶ。でも、守らなければならない境目もあると思うのだわ」
くるりと宙を舞い、フェオはいう。
「だってあなたは、妖精女王の御前に案内されているのだもの」
*
エリンが妖精女王。それは一体何の間違いか。思わず「冗談だろ?」と言いかけたが、その言葉は音にする前に喉から掻き消える。なぜなら、フェオの顔は真剣そのものだったからだ。
フェオは確かにイタズラ好きだ。だが、こんなことを大真面目に冗談として語る性格ではない。だから、自分の前を先導して歩くフェオの姿を、今はなすすべなく追うしかなかった。
(たしかに、エリンが光のエーテルに侵食されていたとき、フェオから妖精女王の力を引き継いで、妖精郷で全てを忘れて暮らすという提案もされたと聞いていたが
……
)
だが、結局彼女はフェオの提案を断った。妖精女王の冠はフェオが受け継いだままであり、女王といえばフェオ自身を指すことのはずだ。
なのに、フェオはまるで従者のようにラハを案内していく。彼女が『女王』と呼ぶ者の元へと。
「さあ、入るのだわ」
軽い調子で促されても、ラハは一度唾を飲み込み、心を落ち着けねばならなかった。
彼の眼前には、壮麗な白亜の大門。柔らかな光沢を放つそれは、ラハにとってはあまりに馴染みのないものだ。
なのに、どこか自分はこの瞬間を受け入れてもいた。ありえない謁見の存在を認め、誘われるように扉に手を伸ばしている。
取手に手をかけ、ゆっくりと押し開く。ぎぎ、と鈍い音を立てて開いたその先にあったのは、かつてはヒトが謁見の間と使っていたと思しき、威風堂々とした広間だった。
背後に広がるステンドグラスは、淡い虹色の輝きを放って、最奥の玉座に座る人物を照らしている。
「エリン
……
?」
そこにいたのは、一人の王。その背中から生えているのは、人ならざる蝶の翅。
色は、彼女の魂を彷彿さるような壮麗な白銀に、朝焼けを思わせる淡い薄紅が差し込まれている。。
柔らかなミルクティー色の髪は長く伸び、今は腰ほどもあるようだ。その頂に掲げられたのは、陽光を紡いだような黄金で作られた花飾りを模したティアラ。
纏うドレスは柔らかな桜色で、妖精郷に咲く花のように何重もの花弁を広げたようなつくりとなっている。だが、可憐であると同時に近寄りがたい空気を漂わせてもいた。
「エリン、なのか」
ラハの呼びかけに応じるように、玉座の女王のまぶたがうっすらと開く。ぼんやりとした視線がラハへと向けられ、色違いの青と緑の瞳が数度瞬いた。
「あなたは、だあれ?」
片手に握る白百合の杖に、微かに力がこもる。そこに漂う空気に友好の気配はない。むしろ不躾な侵入者に対する警戒を躊躇いなくぶつけられ、ラハは己がショックを受けていると気がつく。
エリンの視線には、親しいものに向ける気やすさがまるでなかった。
「エリン。オレだ。グ・ラハ・ティアだ」
「ラハ
……
」
「オレのことを覚えてないのか? あんたは、オレと一緒にいたんだ。オレは
――
」
そこで言葉が止まってしまう。
彼女は、一体何をしたのだろうか。何を成し遂げたのだろうか。自分も彼女と共にいたはずだ。しかし、霞がかったように、彼女と共に旅した日々が思い出せない。
(おかしい。オレは確かにあんたと一緒にいたはずなのに。思い出が、一つも出てこないなんて)
一瞬、冷や汗が背中を伝った。柄にもなく、無様な振る舞いを見せかけ
――
だが、そこで踏みとどまる。
なぜなら、何もかもを忘れても、揺るがない確かな気持ちがあるとだけは、胸を張って言えたからだ。
かつては憧れるだけだった英雄。取り戻したいと手を伸ばした星。
――
そして、今は。
「あなたは、私の何なの?」
警戒の色を微かに緩め、不思議そうに彼女は首を傾げる。その姿は、まるで初めてラハと会ったときのようだった。
だが、彼女の背中に生えた翅が、ラハに言い知れない不安を抱かせる。まるで、その仕草は、ヒトならざるものになった彼女が、矮小な存在にささやかな興味を持っただけにも見えたからだ。
「オレは
――
あんたと共にいたいと願ったものだ」
挫けかけた心を叱咤し、唯一残っていた思いを口にする。
そうすれば、自分そのものに力が漲っていくようだった。
「ただ遠くから見守るんじゃない。あんたの声を聞き、あんたの隣を歩き、あんたの背負う荷物を分かち合う。あんたへの気持ちを
……
オレは、諦めないと決めたんだ」
そうだ。自分とエリンは、そうして『特別な互い』を認め合ったのだ。
こんなふうに、ぼんやりと玉座に座っているエリンなど知らない。彼女は自由を求める人なのだから、このような場所に留まっていられるわけがない。
そうとわかると、不安にぐらついていた心がしっかりと固まっていく。
「フェオ=ウル。
――
趣味の悪い幻想はここまでだ」
今はここにいない妖精を探し、首を巡らせる。
すると、ゆっくりとエリンが立ち上がった。しかしその面差しにはエリンにはありえない妖精としての微笑みがあった。
ラハは直感で理解する。今目の前にいるのはエリンではなく、フェオが幻を纏ったものなのだと。
「どうしてこんな真似をしたんだ?」
「
……
あなたと若木が特別な縁を結んだことを、わたしは知っているわ」
「そうか。フェオは、いつも彼女を見ているんだものな。それが、どうしてこんな趣味の悪い芝居に繋がるんだ?」
まさか、二人の関係に反対しているのではと危ぶんだものの、ラハの不安を読み取ったようにフェオは首をゆっくりと横に振る。
「若木の更なる旅路を、わたしは喜ばしく思うのだわ。その上で、わたしは『私の友』へのささやかな警告を送ると決めたの」
「警告?」
「ええ」
重みを帯びた肯定と共に、女王は玉座から立ち上がる。
「かつてのあなたのように、一人で誰にも頼らずに無茶をするようなことがこの先あったら、きっと若木はとても悲しむわ。悲しんで悲しんで
――
そして、もう歩けなくなるかもしれない」
エリンの姿が光に包まれ、代わりに妖精女王としてのフェオがラハの前に姿を現す。
女王となる前から特徴的だった燃えるような赤毛の下、猫のように釣り上がった瞳は、女王としての美しさとは裏腹に、鋭さを帯びてラハを見下ろしている。
「そんな若木をわたしは見たくない。だから、もし、あなたがそのようなことをして、若木の前からいなくなるのなら」
ふ、とフェオの口元に笑みが浮かぶ。
子供のようにあどけないのに、どこかぞくりと寒気を覚えるそれは、彼女が決して人ではないことを示しているかのようだ。
(もし、オレがエリンのそばにから消えてしまって
……
彼女がもう二度と歩けなくなってしまったら)
そんなことはあるものか、と笑い飛ばしたかった。
かつてなら、エリンは仲間の喪失を受け止められたかもしれない。ラハが傍から消えても、歯を食いしばって一歩を踏み出したかもしれない。
しかし、今やラハはエリンの特別な人となった
――
なってしまった。
「オレは、あんたの弱みになったのかもしれない、ということか」
得心としての呟きに、フェオは何も返さない。だが、その沈黙こそが正解だと示していた。
「
……
心配してくれてありがとう、フェオ。でも、妖精女王の心配はきっと無用だ」
強く拳を握り、かつて孤独に戦い続けた青年は己の胸にそれを当てる。
「オレは、エリンのそばに居続ける。その誓いを破るような真似は決してしない」
一人で戦い、全てを背負う戦いはもうお終いにすると決めた。この先、自分はなにがあっても彼女を諦めない。そこには、己自身も含まれているのだ。
「そう願いたいものだわ、『私の友』。わたしの美しい若木のためにも
――
」
少しずつ声が遠ざかる。妖精の幻が解けていくのだろうと、ラハは薄れゆく意識に身を任せた。
最後に意識が完全に落ちる前、
「もし、あなたが誓いを破るようなことがあるのなら、その時は」
くすりと笑う声は、いたずらっ子のように軽やかで、
「今度こそ、わたしは若木をこの楽園に誘ってしまうのだわ」
なのに、どこか優しかった。
***
「
……
ハ、ラハってば! こんな所で寝ていちゃダメだよ!」
ぐらぐらと体が揺れる感覚と共に、心地よい眠気がふと覚醒へと移り変わる。ハッとして顔を上げると、見覚えのあるシャーレアン風の白い石造りの部屋が広がっている。
「もう、やっと起きたの? ねぼすけのラハ、ここが何処か分かる?」
「
……
オールドシャーレアン。ルヴェユール邸の
……
控室」
ぼんやりとした頭が徐々に覚醒を始め、ラハは己が今の今まで何をしていたかを少しずつ思い出していた。
宇宙の果てから押し寄せた終焉を完全に退け、大怪我を負ったエリンも無事に復調した。その祝いとして、アルフィノたちの実家を借りて簡単な祝賀会を開いてもいいだろうか。
そう言い出したのは、ガレマール帝国の復興に尽力していた双子たちと、その関係者たちからだった。
復興もひと段落したので、友達に会って肩の力を抜きなさいと現地の人に押し切られたという経緯もあったらしい。どうせなら華やかに祝賀会という場としたのは、シャーレアンの有力者として、子供たちの保護者として、双子の父親がせめてもの礼を伝えたいと思ったからだろう。
「ラハが寝ぼけてなくてよかった。ほら、もうそろそろ開場の時間だよ。寝癖ついてない?」
「ああ、大丈夫だ」
軽く頭を振って、らしくもなく丁寧に撫でつけた赤髪をそっと撫でる。部屋の姿見には、慣れない礼装姿の自分が映っていた。
ルヴェユール邸の使用人が用意してくれたラハのための礼装は、薄い銀色がかった略式のジャケットに、同じくグレーのズボンという、爽やかさを感じる配色になっている。祝賀会ではあるが、非公式の気軽なものであるという印象を強めるためだろう。
せっかくの礼装に皺がよっていないかと、ジャケットの裾を伸ばし、軽く埃を払うラハ。その横からひょいと顔を覗かせたエリンの姿を何気なく目にして、
「驚いたな。アリゼーが用意してくれたのか?」
寝起きの時は気が付かなかったが、エリンもまたパーティに相応しい礼装に身を包んでいた。
上半身はピッタリと体に沿った若草色のドレスは、素人目でも上質とわかる柔らかな生地でできている。柔らかそうな素材は一見貞淑な印象を与えるのに、肩をむき出しにしたデザインにラハは一瞬どきりとした。
それでいて、腰からは花びらのように軽やかなスカートが足首まで広がり、まるで初夏に咲く一輪の野花のようにも思えた。胸元にあしらわれた銀色の薔薇飾りも、華やかに彼女の魅力を引き出している。
「アリゼーと、アメリアンスさんが見立ててくれたんだよ。裾を破かないか、着た時からずっとハラハラし通しなの」
そうは言いながらも、エリンは軽やかなステップを踏み、ラハの前で即席のウォーキングを披露してみせる。
まるでモデルのような佇まいに見えるのは、普段とは違う彼女の髪型のせいもあるだろう。
常ならば真っ直ぐに下ろして後ろで軽く一つにまとめているだけの髪の毛は、今は緩やかに巻かれ、真珠や小花の髪飾りがあしらわれている。黒いリボンが編み込まれたミルクティー色の髪は、いつもより何倍も華やかだ。
そして、よそゆきの彼女の魅力をさらに引き出しているのは、その喉元や耳、腕を飾る装飾品の数々だ。銀色の翅を広げたようなデザインは、光の加減で絶妙に色味が変わる。
一体どこの名工の作品なのかとラハが尋ねると、
「これはね。フェオちゃんからもらったの」
「フェオ=ウルから?」
――
一瞬、頭の端で何かが滲んだ気がした。
だが、それは夢の中の出来事のように朧げで、ラハが掴み取ろうとした矢先に雲のように掻き消えてしまった。
ひとまず、覚えているかもわからない夢の出来事は頭から押しやり、目の前のエリンに注目する。
白い喉の上で広げられた翅の意匠は、言われてみれば妖精の翅に似ていた。耳にも同様の飾りが広がっており、小さく垂れ下がる雫に似た形の宝石は、エリンの目と同じ、透き通った青と緑だ。
腕輪や指輪は妖精たちの住うイル=メグの植物を彷彿させる蔓に似ているし、指輪には妖精郷の蒼穹を思わせる色合いの宝石がはまっている。
これと同じものをウルダハの職人に作らせようとしたら、軽く豪邸が一軒建つほどのお金が必要だろう。たとえそのお金があったとしても、この繊細な細工と、角度を変えただけで色味が変わる銀などという素材を手に入れるのは叶わないかもしれない。
「妖精女王からの贈り物なんてすごいな。何かあったのか?」
「実は、フェオちゃんとイル=メグに住んでる妖精たちに頼まれたことがあって、力を貸していたの。結構大変な冒険だったから、そのお礼にって」
「待ってくれ。オレはその冒険の話、聞いた覚えがないぞ。いつ行ったんだ?」
思わず前のめりになってしまうが、英雄の新たな冒険譚に飢えているラハの姿にはエリンもすでに慣れっこになっていた。「細かいことはそのうち話すね」と一呼吸置かせた後、
「少し前に、第一世界に行ったときに頼まれたの。何匹かはぐれ罪喰いも退治できたから、イル=メグの妖精たちも過ごしやすくなるんじゃないかな」
「それで、そのお礼にもらったってことなのか」
「うん。フェオちゃんがこんな素敵な贈り物を用意してくれるなんて知らなかったから、びっくりだったよ」
言いながら、エリンはそっと首飾りに手を当てる。しゃらりと澄んだ音を立てるそれを愛おしむように撫でるエリンの姿は、若草色のドレスと相まって、まるで彼女自身が妖精のようだ。
(エリンが、妖精
……
)
他愛のない連想が、胸の奥にざわめきを生む。なぜそれが生まれたか、ラハにはわからない。ただ、そのざわめきから遠ざかろうと、ラハはエリンの空いた手を取っていた。
「フェオ=ウルがそんなにも頑張ってくれたなら、今度はオレの番だな」
エスコートを装いながらも、心のどこかでは、まるでエリンが自分を置いていってしまうような、言葉にならない不安が渦巻いていた。
単に会場に向かってしまうだけではない。もっと遠く、ラハがたどり着けない遥か高みに行ってしまうような
――
。
「ラハ?」
「いや、なんでもない。エスコートは任せてくれ」
「ん、お願いします」
緊張しているのか、少しぎこちない笑みを見せるエリン。彼女の気持ちをほぐそうと、軽く手に力を込めて、一歩ラハは歩みでる。
(大丈夫だ。オレは、あんたの隣にいる。
……
何があろうと、ずっと)
そうやって信じていれば、彼女がどこか遠くに旅立つことなどあり得ない。己にそう言い聞かせると、不思議と心はサッと凪いでいった。
控え室から廊下へ、廊下から会場へと入り、英雄は皆から称賛の声と拍手で迎え入れられる。来客との挨拶を済ませ、いつしか流れる音楽に身を任せ、ラハは彼女の手を取り、見よう見まねのステップを踏んでいた。
パーティというには笑い声が多すぎるが、元々身内で行うホームパーティの延長のようなものだ。今更、誰かがそれを咎めることもない。
「ちょっとラハ! エリンを独り占めなんて、許さないわよ!」
二曲ほど踊ったあとは、アリゼーからの猛烈なアプローチに応えて、踊り手を交代した。エリンとアリゼーは元気を爆発させた踊りを披露し、周りの笑いを誘った。続くアルフィノは流石の洗練された動きで、ラハよりも優雅なリードを披露してくれた。
やがて、今夜の主役であるエリンと踊りたいと、他の来客が我も我もと手をあげ、エリンもすかさずそれに応じて見せている。宇宙まで行った冒険者だけあって、疲れる様子も見せないのはさすがだ。
多くの人々に祝福され、飛ぶように舞うエリンの姿はまるで妖精
――
いや、妖精の女王のようだ。
――
誰からも愛される妖精女王。
――
皆の手を取り、笑顔を絶やさない英雄。
その姿を追うだけでも幸せに感じるべきだとわかっている。だが、ラハはダンスの切れ目に、滑るようにしてエリンの手を再び取った。
「少し疲れただろ。休憩しようか」
「ありがとう、ラハ。ああ楽しかった! アメリアンスさんのダンスってすごく優雅なのに、踊りながら双子たちの昔話をするんだもの。もうおかしくって!」
ころころと笑う彼女を、それとなく窓辺に誘い、用意しておいた果実水を渡す。当然のように自分の隣に収まるエリンに、ラハの心は小さな安堵と、わずかな優越感を覚えていた。
「今日はもう休むか?」
「それもいいけど
……
。ラハ、もう疲れちゃった?」
「いいや。だから、あんたともう一曲踊るくらいなんてことないぞ」
「じゃあ
……
」
おずおずと彼女が言い出す前に、ラハは今夜の女王の手を取る。どれだけ多くの人の手に渡ったとしても、最後に辿り着くのは自分の隣だと、今は何の不安もなく声高に宣言できる。
「さあ、行こうか。あんたのステップがどれだけ上達したのか見せてくれ」
「あっ、ひどい! アルフィノにさっき教えてもらったんだから、もうばっちりだもの!」
頬を膨らませるエリンに笑いかけ、二人は音楽に身を任せる。
幸せな女王の姿は、妖精の銀の羽に彩られ、まるで彼女自身が輝いているかのようだった。
***
「そしていつまでもいつまでも、若木はしなやかに枝を伸ばし、美しく輝いたのでした」
女王はささやく。まるで歌うように。
「おとぎ話(フェアリーテイル)は、そうやって幸せな形で終わらないと。ね、わたしの可愛い若木?」
彼女はこの先、より美しくなるだろう。彼がそこにいると決めたのなら、尚のこと。
女王は目を細め、若木の枝に芽吹く花を夢見る。きっとそれは、どんな花よりもいっとう美しいものになると女王は確信していた。
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