fedge
2025-11-16 19:47:52
2319文字
Public Pixiv非掲載
 

251116カピオロワンライ②+③「夜更かし+君の声」

ワット軸

 夜は静かすぎて、煩い。
 日中は鳥の囀りや遠くで啼く竜の声で騒がしいこのナタの地でも、夜となればそれらもみな眠り静寂に包まれる。辺りの音が消えてしまえば、呻き苦しむ同胞たちの魂の叫びが己を苛み続けた。抱えた同胞たちの魂を疎むわけではないが、その叫びの中で眠れるかと問われると否である。
 だからこそ気を紛らわせるために毎夜のように夜警を引き受けていたのだが、部下達が気を遣い委縮しはじめたので仕方なしに夜警を任せて天幕へと籠ることになった。手元の灯りを点け、日中にオロルンと共に収集した書物の頁を捲る。ナタをかつて支配していた古龍の時代の文明――今より遥かに高い技術力を持ち栄えていたその文明の資料から、今荒れ果てているナタの地脈を救済するための術を、炎神の神の心を使わずとも行える術を、探す必要があるのだ。
 ……それに、こうして何かに集中していれば、心臓の呻きもさほど気にはならない。
 頁を捲りながら気になった事柄を書き留めていると、ふと天幕の外に気配を感じた。朧げなその気配は、巫術を知るものでなければ検知できなかっただろう。一般隊員に見つけられていた時よりは少しは成長しているが、未だ詰めが甘い。
……オロルン、何をしている」
 気配の正体を看破して呼びかければ、天幕の端がそっと捲られた。ばつが悪そうに目を泳がせた蝙蝠耳の青年が顔を覗かせている。
「すまない、邪魔をしてしまっただろうか」
 入っていいと手招きしてやれば、素直に天幕の中へと入ってくる。もてなす為の設備などは無いので空いている寝台に座れと示すと、オロルンはじっとその様子を見た後にちょこんとそこへ腰かけた。
「昼間に集めた資料に目を通していただけだ。お前こそ何の用だ」
「君が夜警にいなかったから珍しいなと思って、体調でも悪いのかと見に来たんだ。そしたら天幕から光が漏れているのを見つけて……君、いったいいつ眠っているんだ?」
「俺がいつ寝ていようが、お前には関係ないだろう」
 返答が気に食わなかったのか少し険しい顔をしたオロルンだったが、すくっと立ち上がると手元に出していた資料の束をひとつ手に取った。
「そうだな。でもこっちは僕にも関係がある。僕にも紙とペンを貸してくれないか」
「お前こそ寝なくていいのか」
 こうなると梃子でも動かないと短い付き合いの中でも察しているため、素直に筆記具と下敷きにできそうな板を渡す。寝台に腰かけなおしたオロルンはその資料を膝に広げて目を通しはじめ、記述から眼を逸らさないままに答える。
「夜は僕の本来の領分だ。ああ、朝になったら眠くなるから帰らせてもらうが」
……朝まで居る気か」
「君が寝台を空けて欲しくなったら教えてくれ」
……
 沈黙を肯定と受け取り、そのまま二人して資料を漁る。無音の静寂をもたらす筈の夜の中に、紙の擦れる音が混ざる。小さすぎるその音だったが、静けさの中に人の気配があるだけで心臓の叫びから幾分か意識が逸れている、気がした。
「聖都トゥランにおける排斥フィルターについて……これは興味深いが探している情報ではなさそうだ」
 時折混ざる独り言も、何かをメモするためにペンを走らせる音も、オロルンが立てる音の全てが、真っ暗な夜に星を燈すように小さくきらりと光っていた。
……『隊長』、ちょっといいか」
……なんだ」
「これ、ここの記述って明日の午後に調査予定の箇所だろう?」
 オロルンが渡してきた資料に目を通せば、地形からして調査予定地に間違い無かった。
「そうだな、間違いない。その資料は除けておいてくれ、明日持っていく」
「わかった。この資料に書かれている文字についての文献も別にあるからそれも付けておく」
「助かる」
 時折気になる記述を見つけるたびに二言三言会話することはあれど、互いに干渉しないまま資料を読み進めていく。気が付けば外が僅かに白み、鳥の囀りが聞こえ始める頃となっていた。
 そういえば少し前から音が消えたなと寝台を見てみれば、オロルンは身体をぱたりと横に倒してすぅすぅと寝息を立てている。ひとつ溜息を吐いた後に肩まで掛け布をかけてやり、天幕から外に出た。
 朝方の冷えた空気が全身を撫ぜ、鮮やかなナタの朝焼けが目に飛び込んでくる。普段であれば一夜超えたことの疲労が勝るが、不思議と今日の朝は清々しかった。
 
 * * *
 
 夜神と一体となり、同胞たちを地脈へと還し、平穏が訪れた筈だった。
 まさに静寂と言うべき無音の夜神の国で、『隊長』はひとり丘に寝そべっている。心臓から呻く声も聞こえず、ただただ本当の無音に包まれ、今度こそ静かに眠れるだろうと、そう思っていた。
 だが全然寝付けやしないのだ。五百年余りを寝ずに過ごすうちに眠り方すら忘れてしまったかと己を哂うが、虚しくなり昏い空を眺めて、何もしないよりましだろうと目を瞑る。
 ふと、いつだったかの夜を思い出す。頁を捲る音、ペンが走る音、優しい青年の声。呻きに堪えるだけだった夜が、苦痛なく過ごせたあの夜。
 目を瞑り静寂に身を置いていると、何故だか遠目にオロルンの声が聞こえるような気さえする。きっと、あの夜を思い出した所為だろうと理由を付けて呼吸を整えているうちに、不思議と身体の力が抜ける。
 すぅすぅとした穏やかな寝息が、夜神の国に溶けていった。
 
「それでだ、ここでこういうことがあって……
 オロルンが香を焚きながら玉座の横に腰かけてノートを捲り、最近おきた出来事を語り聞かせている。夜神の国との交信用に使う香が減っているのがバレて祖母に大目玉を喰らうまで、あと半日――