お芋さん太郎
2025-11-16 17:38:27
1663文字
Public ONEPIECE
 

報酬

チョッパー誕生祭2025
#モブ視点 #くれは

男の店は、ドラム王国で一番といわれている。
男自身も凄腕の職人だから、たとえ頭がクラクラしていても作業に支障はない。

しかし体調は最悪。
昨日までは調子がよかったのに、連日の無理がたたったのか、熱っぽい。
幸い咳などは無いが、念のためしっかりとマスクをして作業にあたる。

店の開店時間まで、あとほんの数時間しかない。
今日は一年で一番店が賑わう日なので、休んでる暇などないのだ。

彼女がやってきたのは、そんなときである。

「邪魔するよ。ハッピーかい?」
「ド、ドクターくれは!?」
「若さの秘訣かい?」

言いながら、くれははサングラスを少し上げ、チラリと男の様子をうかがった。
ニヤニヤ笑って、彼の額に手をやり、喉を触診。
「へえ」と勝手に納得をして、客用のソファに男を蹴とばす。

「痛っ! あんた一体、何を……
「あたしは医者で、あんたは病人。なにかマズいことがあったかい」
「寝てなんていられない! ウチは今日フル稼働なんだ、休んでなんていられるか!」

男が悲鳴のように叫んで、立ち上がろうとする。
しかし立てなかった。
目の前の魔女が組み敷いたからだ。
彼女はただ、不気味にうっすらと笑っていた。

「いいかい、あんたの体温は30分後にもう3℃上がる。いまはアドレナリンで動けてるみたいだが、長くは続かない。そのあとは最悪。死んだほうが楽だろうって目に合うだろうよ」

くれはの言葉に、体温計の数値を思いだして寒気が走った。
めちゃくちゃだけど、彼女の腕は本物だと噂で聞いている。

「だけどあたしの薬を飲んで横になれば、3℃下がる。36時間は安静が必要だがね。その後は好きにしな」
「36……時間!?」

完全にタイミングが悪い。
今日一日だけで、一年の売上の30%を稼ぐ予定だったのに。

今日は、この雪に閉ざされた国が最も華やかになる〝聖人の誕生前夜祭〟の日。
国中のみんなが家族と温かな時間を過ごし、ごちそうを食べ、子どもの枕もとにプレゼントが置かれる日だ。
そして、すべての国民がケーキを食べる日なのである。

男は国一番のケーキ屋だ。
すでにショーケースには、色とりどりのケーキが並んでいる。

ルビーみたいに輝くイチゴが、シトリンのような深い黄色の栗が、ガーネットを思わすブドウの粒たちが、濃厚で滑らかなクリームの上で「食べてくれ!」と囁いてくる。

「む、無理だ! もう商品はできあがってるし、今日中に食べてもらわないと廃棄になる。利益なんかじゃない。ただ、せっかくのこれだけのケーキを捨てたくはないんだ!」

丹精込めて作ったケーキは自らの子どもと同じだ。
1ピースだって捨てたくないし、最後のひとかけらまで誰かの口に入ってほしいと思う。

男はもうすでに立てなくなっていた。
今度は、くれはのせいではない。
このやり取りの中で、だんだん病状が悪化してきたからだ。

男がくれはに「なんとかしてくれ」とすがるように言った。

「誰が捨てるなんて許したんだい」
「え?」

くれはが疑問たっぷりに返す。
意味がよく分からず、男は首をひねった。

「治療代は、ここにある全部のケーキだよ」
「ぜ、全部!? いや、しかし……

壁が見えないほどのショーケースには、数えきれないほどのケーキが並んでいる。
細身のくれはひとりでは、完全に持て余す量だ。
友達を集めてパーティーなんてするようなタイプにも思えない。

大切なケーキたちは、いったいどんな珍事に使われてしまうのだろう。
正直、不安である。

「嫌なら店の売り上げの90%をよこしな」
「あ、全部どうぞ」

勝負は決した。

念のため、去り際のくれはに一つ問う。

「ドクターくれは。あんた、そんなにたくさんのケーキどうする気なんだ」

くれはは、彼女がいま住んでいる城をチラリと見やり、穏かに答えた。

「くれてやるのさ。大切なトナカイの記念日でね」

聞いたところで訳がわからず、男はやっぱり首をひねった。



おわり