望月 鏡翠
2025-11-16 01:51:04
1374文字
Public 日課
 

#1908 リュネストの領地で、ある日のこと8

#毎日最低800文字のSSを書く/我らが王の身罷りて 二次創作


 商人の行動原理は、貴族ほど複雑ではないし貴族ほど単純ではない。
 血筋や家名というのは、商売には関係がない。相手が誰であろうと、ものを売れば金になる。戦ともなれば、あらゆる物が売れる。
 食料も人間も、馬も、資材も、あって困ることはない。
 リュネストの領地に拠点があっても、彼らは他の家がより高く買うと囁けばそちらにものを売るだろう。それを禁じるために必要なのは、ややこしい法を敷くことではない。運用するのが人間である以上、抜け道はいくらでもある。
 お前の動きは逐一見ている。こちらにはそれをする耳と目があると示すことが、最も効果が高いのだ。
 今回、顔を合わせたのはその圧力をかけるためでもある。
 良い取引は、リュネストとだけにしてくれれば、今後もよい隣人でいられると微笑みかける必要がある。
「一時、船の出入りが落ちたが、持ち直したようだな。商売に変わりはないか」
 先代の王が崩御したとき――つまりはトルガがまだ商人の身分であったときだが、治安の悪化を懸念してバンデイアに向かう船が減った。
 そして、出港に関しても制限がかかった。危機を感じた有力貴族や商人が亡命を始めたら、街が空になる。国力の低下を危惧した措置だ。
 トルガが呼び出されたときも、てっきりそれに関する話か、あるいは今トルガが今目の前の商人にしているような圧力をかけられるだけだと思っていたものだ。
「おかげさまでつつがなく、と言いたいところですが、やはり穀物と人間の値は変わりましたね」
 サンドリエイルには、海を越えてきたレシーの傭兵たちで作った兵団がある。王位継承戦に備えて、他の家も含めて戦力の確保に走るかと思ったが、まだそこまで派手な動きは出ていないらしい。
 先だっての船の出入りの規制もあったし、まだ動きにくいのかもしれない。仕入れを増やすにしても、船を出さねばその指令も届かないだろう。
 海の向こうとのやりとりは、常に最新の情報でやりとりすることが叶わない。だからこそ、先読みと段取りが何よりも重要になる。
「そうだろうな。これからは値が上がる一方だろう」
「皆、そう考えるのでしょうな」
 そうして一斉に仕入れを行い市場に溢れると、一時的な供給過多になり値が崩れる。あるいは値段が吊り上がってから流そうと、売り控をして全く供給がなくなり、値段が釣り上がる。
 どちらの流れが主流となるのか見極めるのが商人であり、その物価の乱高下を押し留めるのが、領地を管理する貴族の仕事だ。
「市場に流すときは、十分に気を配ってもらいたいな。大切な商品は、最も高く売れるタイミングで売りたいものだろう?」
「さて、それも市場次第ですからね」
「穀物に関しては、余剰分をこちらに卸してくれるなら、常に市場価格に割増で買い入れよう」
「ほう」
 悪くないという顔をした。
 しかし決定打ではない。当然だ。それでも値上げを誘発してから市場に出し、そのタイミングでトルガに買ってもらえるなら、そちらの方がより金になるからだ。
 素直に差し出すわけがない。
「協力をしてくれるなら、もう一つ有益な情報をやってもいい。もちろん、あなたにそれを扱うだけの腕があるのなら、という話だが」
「試すような物言いをなさる」
 商人は、腹の底が読めない顔で、にっこりと微笑んだ。