彼方の作品倉庫
2025-11-15 23:54:51
3217文字
Public 利こま
 

【利こま/SS】縛りあいの呼び掛け

現パロ。恋仲で同棲中。
※年齢操作の要素あり。転生&前世の記憶あり。ふんわりした独自設定前提。

〔初出:利こまwebオンリー「りっぱな忍者とこまった事務員」〕



 スイミングスクールの授業を終えて着替えた僕は、いそいそとロビーに向かった。この後、利吉さんと一緒に晩ご飯を食べに行く予定なのである。遅くなると店が混んでしまうから急がないと。

『着いた。ロビーで待ってる』

 着替え中に確認した連絡は、要件だけの素っ気ない内容だった。でもその後には、「おつかれさま」という可愛い猫のスタンプが押されていた。その気遣いが嬉しくて、僕も「ありがと〜!」というペンギンのスタンプを返した。
 明日から利吉さんは仕事で、また数日は帰ってこない。きっとお詫びも兼ねて、外食に誘ってくれたのだと思うけど……ふとした拍子に、こうやってぬくもりの欠片をくれるから。それを少しずつ溜めて、寂しい気持ちを紛らすようにしていた。
 彼の優しさのお陰で、僕は一人の夜も過ごすことができる。それでも我慢できない時もあるけれど、帰ってきた時にはより一層甘えさせてもらえる。いつもみたいに怒られないし利吉さんも甘えてくるから、きっとお互い様なんだと思う。
 あぁ、もう。幸せだなぁ。つい浮き足立ってしまう。こんなだらしない顔をしていると、また利吉さんに注意されるかもしれない。その小言ですら嬉しい……だなんて言ったら、余計に怒らせちゃうかな?
 そんなふわふわ気分でロビーに着くと、利吉さんはすぐに見つかった。彼は決まって待合のソファーに座っているから見つけやすいのだけど……今日は、それ以外にも理由があった。

――なるほど、すごい時短テクニックですね! 少しの時間も無駄にしないなんて、さすが山田さん」
「節約術もよくご存知ですよね。本当に主婦の味方すぎる……!」
「そんな大したことは……手間がかかる方法はやりませんし。言い方はアレですが、手を抜けるところはなるべく省略して、その上で時間を確保したいと考えてるだけなので」
「謙虚だなぁ。絶対需要あるって」
「ブログや動画で投稿したらバズるんじゃない?」

 ……生徒がみんな帰ったから、気が緩んでいるのだろう。利吉さんに相手に、四人の女性スタッフが世間話に花を咲かせている。
 その賑やかさをBGMにして、僕は利吉さんへと近づいた。あれだけ急いでいた足取りは、打って変わってゆっくりと。まるで「いつ自分の存在に気づくだろうか」と試すように、その距離を狭める。
 僕の気配に気づいたのだろう、利吉さんが笑顔でこちらを振り返る。……僕の気も、知らないで。
「あ、小松田さ――

「お待たせ、利吉君

 瞬間、彼の顔が若干引きつった。人前ではお互いの苗字に、利吉さんはさん付け、僕は君付けで呼ぼうと決めている。現在の年齢ではその方が自然だし、苗字呼びなら他人に深く突っ込んで問われることもないからだ。
 だから……敢えて別の呼び方をする時は、何かあった時だとすぐに察することができる。それも普段使っている室町時代かつての呼び方ではなく、現在いまならではのものだった場合は、尚更に。
「どうしたの? 変な顔して」
「あ、いや……
「早く行こう? ね、利吉君」
 敬語も取っ払い、強調するように……そして印象づけるように、その呼称を繰り返す。察しのいい利吉さんなら、その理由がわかるはずだ。――そうですよね、利吉君?
「そ、うだね…………秀作さん
 それに応えるかのように、彼も普段使いしていない呼び方をしてきた。一瞬の間は、呼ぶか呼ばないかを迷ったのだろう。でも彼は正解を引いてくれた。……だからと言って、そう簡単に機嫌が直る訳でもないけれど。
「じゃあみなさん。お先に失礼しまぁす」
 ひらひらと手を振って、利吉さんと一緒にロビーを後にする。浮かべた笑顔はきっと下手くそで、彼女達には妙に思われるだろうけど……それは仕方ない。取り繕えただけでも合格だ。


……すっごい牽制されましね。わかりやすすぎる程に」
「小松田さん、素直だからなぁ……
「まぁ、舞い上がってしまった私らも悪い」
「山田君、目立たないながらもバチクソにキメてたから余計にねぇ……。あれ絶対デートだよ……

   ◆◆◇ ◆◆◆◆ ◆◇◇◆

……ごめん」
 車に乗って開口一番、運転席の利吉さんは謝罪の言葉を口にした。項垂れている様子からも、しっかり反省されているのがわかる。
 でも僕は、そんな簡単なひと言で済ます気はなかった。助手席でそっぽを向いて、ムッと口を尖らせる。
「何がですかぁ?」
「その……さっきの……。なるべく早く話を切り上げようとしたんだけど……
「随分と盛り上がられていましたもんねぇ。ね、利吉君?」
 言葉が目に見える形を取っていれば、きっと今の発言は利吉さんに深く突き刺さっていたと思う。今でもそのリアクションから、すごいダメージを食らっているのがわかるくらいだから。まさに会心の一撃。
 でもこの後のことを考えると、意地悪するのはこれくらいにした方がいいかもしれない。嫌な気分で食事をするのは、お互いの望むところではないだろうから。
……別に、お話がダメってことじゃあないですよ? 相手が女性だから、という訳でもありませんし」
 普段だったら逆ナンされていても、「僕の利吉さん格好いいでしょう、ふふん!」と自慢したい気持ちになるくらいだ。それに利吉さんは、初対面でも好印象を抱かれることが多い。外見も内面も申し分なく、誰からも好かれるのは自然なことだとも理解している。
「これから二人きりの時間だなぁって思っていたら、そうじゃなくて……ちょっともやもやしただけです」
 でも今回は……楽しみにしていた時間を、奪われてしまったような気になって。いつもなら持っている心の余裕がなくなってしまった。あんなあからさまに不機嫌さを出すなんて、今までだってあまりしたことなかったのに。うぅ、今度みんなに謝らないと……
「小松田君……
……すみません、こんな面倒な恋人で。でも利吉さんの交友関係に口出しするとか、そんなつもりはないので。今まで通り普通に――

――秀作」

「ッ!?」
 苗字ではなく、敬称すらない。珍しいどころか滅多に口にしない呼び方。それは肉親以外だと、二人きりの時――しかも、みんなが寝静まるような深い夜に、浮かされたような意識の中で耳にするもので。熱の籠った声の記憶が、今の彼の声に重なって、自分の中で反響する。
 室町時代むかしも同じようなシチュエーションで、何度も呼ばれたことがある。だからこそ、その呼び方をされると刷り込みレベルで反応してしまう。きっと利吉さんもそれを承知で、ワザと使ったのだろう。それは、ズルい。ズルいですよ、利吉さん。
 そろり……と振り返ると、思ったより近くに彼の顔があった。こちらへ少し身を乗り出した利吉さんが、じっと僕の顔を見つめる。
「束縛しないの?」
「そ、そんなこと全然ッ……!」
「私を独り占めするの、君にしか許してないんだけど」
…………僕だけ、ですか?」
「そう、君だけができることだ。代わりに私も、君のことを独り占めするけどね」
 彼の右手が、僕の頬へと伸びる。ひと撫でだけした後、彼の目がすっと細められた。あ、これ。マズい。ブレーキ、かけないと。このままだと――

「味わわせてよ、いい子すぎる君の独占欲。私に嫌というほどわからせてみて」

 ――食べられる。その薄らとした危機感に従うか、それとも無視するか。魅惑的な誘いは、まるで悪魔の囁きのように思えた。
…………嫌いに、なりません?」
「今更なるとでも?」
……いいです、けど。でも利吉さん、明日から仕事なので。帰ってきてからです」
「それはお預け? それとも心の準備?」
 くすくすと面白そうに笑う利吉さんに、僕は無言で再びそっぽを向いた。