【スタゼノ】寂しい光

スタゼノワンドロワンライ 第228回お題「似てる」「似てない」
スタンリーのことを思いながら、米軍戦死者のリストを眺めるゼノの話。

 深夜職場から自宅に帰って、ルーティーンになってる手洗いやうがいを済ませてラップトップを開けた時、僕はいつものようにとある民間のウェブサイトを開いた。米軍死亡者の名前が、即時報道されるそんなサイトを、だ。
 勿論、それはそのウェブサイトにスタンリー・スナイダーの名前がないか確かめるためだった。僕はスタンの緊急連絡先になっていたけれど、それでもパートナーへの連絡より早く、そのウェブサイトは更新されると、以前会った軍人の家族達からの噂で聞いていたから。
「今日までの累計死亡者数は……
 僕はマグカップに入れたコーヒーを飲みながら、そんなふうにつぶやきながら、ぼんやりとラップトップの画面を見つめた。それから、彼の頭文字のSを探す。そして無機質な文字の中に一つのSを見付け、でもそれが恋人のものではなかったことを知って、少し安心する。それは似ても似つかない名前だったけれど、Sの文字を見た時は息が詰まった。そんなの、彼には知られたくはないし認めたくもない。もし知られたら、こういう自傷行為を優しくたしなめられることだろうから。
 こっちが深夜ってことは、スタンが今いる紛争地はまだ昼前ってところだろうか? 早めの昼食を取っている頃? それとも、今君は厳しい任務中だろうか?
 僕はラップトップの画面をもう一度見て、マウスでウェブサイトを更新した。やっぱり、Sの頭文字の犠牲者はスタンではない。僕はそれに安心して、伸びをして机から離れ、そして今朝整えてそのままだったベッドに沈み込む。君の声が聞きたい。早く、君の声が聞きたい。寝る前に君の声を聞いて君の夢を見たい。最後に電話をしたのはいつだった? 僕は毎日このウェブサイトを見ている。君の名前が載らないことを祈って、恐ろしい予感が現実にならないことを祈って。
 その時、突然スマートフォンが枕元で震えた。その見知らぬ電話番号に、腕が少しばかり震える。これは取っても僕を惑わせないものなのだろうか? これはスタンからのものなのか? それとも軍からのものか? 電話は僕が呆けている間も鳴り続ける。
 僕はベッドから起き上がって、机の上のラップトップを開く。それからさっきのウェブサイトをまた更新して、Sの頭文字を探す。そして最後尾にSの文字を見つける。でも、それはスタンのものじゃなかった。似ているようで、全然似ていない名前がそこにはあった。僕はそれにようやく安堵して、鳴り続けるスマートフォンを取り上げて応答する。
「ゼノ?」
 ざらついた、低くて甘い声。音声は荒いけれど、それは他でもない僕の恋人のものだった。
「スタン? これは君の番号じゃ……
「前の電話が任務中に潰れちまってな。そっちは夜だろ? まだ起きてたん?」
 今寝るところだったよ、君の声を聞いてから眠りにつきたいと思っていたよ、君がいない夜をひとり過ごすのはやっぱり寂しいね――僕はそう思ったけれど、ただ「仕事が押しててね」とだけつぶやいた。それは嘘じゃなかったが、確かに僕は研究計画を立てるのに慌ただしかったが、それらは全て上にリジェクトされたのだった。
「あんたは仕事に熱中しすぎるところがあっから心配だね」
「気をつけるよ」
 僕はそう言ってベッドの上で寝転び、スタンの声に耳を澄ます。君の声を寝る前に聞けて良かった。君が生きていると知ったまま眠りにつけそうで良かった。ラップトップはまだ光を放っているし、僕は明日の朝もあれを恐怖の中で更新するんだろうけど、今夜だけは、君の声を胸に眠りにつける。
「愛してんよ、ゼノ」
「僕もだよ、スタン」
 僕達はいつものように、挨拶のように愛の言葉を囁きあって、そしてしばらく沈黙する。二人きりになって見つめ合っている時に、愛しさの中で思わず言葉をなくしてしまうのと同じように。
「帰ったらすぐあんたとファックしたい」
……僕もだよ、スタン。君の声だけで身体が熱くなるよ」
 僕も早く君と寝たい、もう一人寝をするのは寂しいから。君の熱を感じたい、一人寝じゃあ得られない熱を君から感じたいから。もう仕事で悩むのはうんざりなんだ。理想を誰にも理解されないのは、うんざりなんだ。
「ゼノ、なんか悩み事でもあんの? 仕事は――
「いいや、何もないよ。恋人に置いてけぼりにされてる期間が長くてちょっと参ってるだけさ」
 そう言うと、スタンは低い声で笑った。風の音が聞こえる。紛争地に吹く、乾いた風の音が聞こえる。
「もうすぐそっちに帰れっから、浮気しないで待てってよダーリン」
「君こそ、浮気しないでおくれ。誘惑に打ち勝ってくれることを祈るよ」
「そんなに俺って信用ないん?」
 僕は彼の笑い声に乗った軽口に笑って、今度こそ愛してるよって返す。心の底から愛してるよって、そう返す。
 これがいつも通りの電話なら、もうそろそろ僕はスマートフォンを置くことになる。だから僕は、万感の思いを込めて彼に愛していると囁く。
 僕はまた、明日も同じようにあのウェブサイトを開くことだろう。そしてそこに君の名前が載っていなかったら、今日みたいに安心して寝る。載っていた時のことは少しも考えたくない。
「俺もだよ、ゼノ。あんたを愛してる」
 僕はそれを、ラップトップの仄明かりが輝く中で聞く。米軍の戦死者の名前が無機質に並ぶ、そんなウェブサイトの明かりの中で聞く。愛しい男の声を、そんなもの寂しい光の中で聞く。愛している、愛されていると確かめながら、それでも寂しい光の中で聞く。


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