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宮腰
2025-11-15 21:47:40
27208文字
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ソーマセーマ【2】
【1】→
https://privatter.me/page/68f336de454f1
ヌヴィリオ/執行官if
法無き自治区ナド・クライ。
そこで互いに『裏の顔』のまま出会い、初めての恋と真実を知るお話。
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◆
正直に言えば、あれは賭けだった。
水の龍王、元素龍が持つ光界の力は人間にとって、毒だ。クーヴァキや燃素も然り、過ぎた力は人間の身体や魂を粉々に砕く。
テイワットには『三界』と呼ばれる概念がある。かつて七王が治めていたより原始的な元素が奔流する『光界』、アビスの『虚界』、そして天理の作り出した『人間界』だ。三つの力がバランスを取り合い、この世界は成り立っている。ヌヴィレットが持つ光界の力は人々を守ることが出来るが、同時に人々を裁くこともできる。言わば人にとっては過ぎた力なのだ。
その力を人間へ分け与える行為は諸刃の剣。あの時耐えられねば、リオセスリの身体は今ごろ塵になっていただろう。
──だが、彼は強かった。
強く美しい彼の肉体や魂は、ヌヴィレットの力を受け入れてくれたのだ。それは彼の身体には間違いなく濃いフォンテーヌの水が流れており、より純度の高いウーシアを有していたと言う何よりの証明。何らかの理由で抑え込まれていた彼のウーシアと、ヌヴィレットが持つ非常に純度の高いプネウマが対消滅を起こし、奇跡を手繰り寄せた。
ヌヴィレットは偉大なる元素龍ではあるが、人間の寿命を変えてやることはできない。ましてや死にゆく者をすくい上げることも。
だから、あれは賭けだった。せっかく見付けた春を分かち合える者を、あの忌々しい天などに奪わせはしない。その執念が奇跡をもたらした。私はそう考えている。
「俺もさ、孤児だった」
ポツリと、ナシャタウンの海が見える小高い丘の上へ二人で座りながら。燃えるような夕陽を静かに眺めていたリオセスリが、そう零した。
建設途中の研究所から抜け出して、早二週間。
漁師に扮して地上で待機していた男は無事に孤児たちを救出し、船へ乗せた。三十分経っても俺たちが戻らなかったら船を出し、ナシャタウンの秘聞の館へ向かってくれ。そう事前にリオセスリが指示した通り彼は地上で時を待った。
二十八分、二十九分
……
三十分。
船を出そうとエンジンを掛けたその時に、サイレンが鳴り響く研究所から意識のないリオセスリを肩に担いだヌヴィレットが現れた。
その後、ヌヴィレットの判断は的確で迅速だった。事前にリオセスリが手配していた通り取り戻した孤児たちを秘聞の館の女主人へ預け、フォンテーヌの領事局へ依頼して必要な物資をすぐに届けた。帰国の意志がある子供には船の手配とフォンテーヌ政府への引き継ぎを、ナド・クライでの生活を希望する子にはスペランザで働けるように交渉を。マレショーセ・ファントムが全面的にバックアップをし、一人も路頭へ迷わせることなく無事に収束させた。
一部を救い出したところで問題の根幹は解決しない。だが、だからと言って何もしないよりかは、可能な範囲で手を差し伸べるべきなのだ。スペランザで活き活きと働く子供達の姿を見て、改めてそう噛み締めた。
重傷を負ったリオセスリは一週間ほど昏々と眠ったままだった。
一命は取り留めたものの、失血が多すぎた。医者に診せた方が良いだろうとヌヴィレットは提案したのだが、彼の医者嫌いは有名だった。漁船を運転していた自称彼の知人にも「止めておいた良いですよ」と苦笑いされてしまったので、例の仮宿でヌヴィレットが看病し続けた。栄養失調にならぬよう彼の側にいられる間はずっと手を握り締め、身体の負担にならぬ程度にヌヴィレットの力を分け与え続けて。
一週間後。意識を取り戻したリオセスリが最初に見たのは、一睡もしていないヌヴィレットの疲れ果てた顔であった。酷い顔だな──そう力なく笑ってくれたリオセスリを強く抱き締めすぎて咳き込ませてしまったのも、今では良い思い出だ。
ようやく外を出歩けるまでに回復したリオセスリを連れて、今日は二人で丘の上から夕陽を眺めていた。
「物心ついた時には路頭でゴミを拾っていた孤児でさ」
「
……
そうか」
「まあ、でも生まれた時からそうだったし。特に自分が可哀想だとも惨めだとも考えてなかったよ」
名前はおろか正確な歳も分からない。そんな彼の人生が動き出したのは、フォンテーヌ廷の路上で売人に捕まり、このナシャタウンへ連れて来られた時から。
「あの子供達と同じように売られてきた俺は、スネージナヤの貴族に買われた」
商品として扱う時に不便だから。と、新聞に載っていた名前を適当に選び、偽造した血統書へ書くよう命じられた。その日から〝リオセスリ〟が生まれたのだ。
「俺は幸運だと売人達には言われたし、実際しばらくの間は俺もそう思っていたさ。凍え死ぬ心配もなく、果物の切りくずや腐りかけたパンを食べなくても良い生活は初めてだったからな」
綺麗な洋服に、最低限の教養。貴族の愛玩品として買われたリオセスリには最低限の保障が与えられた。
「知っているかい? 体液が甘くなるように果実しか食べさせてもらえず、酷い糖尿病で目も見えず手足が腐り落ちたり、口での奉仕がしやすいように歯を全て抜かれてしまった例もある」
「
……
人間の欲望とは醜悪極まりない、非常に痛ましい話だ」
「そうだな。だが、俺を買った爺様は幸い性癖はまともな方だった」
少年にしか性的興奮を覚えない、と言う点を除けばだけどな。そう自虐的なジョークを飛ばすリオセスリを無意識に叱るような視線で窘めてしまったのだろう。リオセスリは小さく肩を竦め「過ぎた話さ」と、苦笑いを零す。
「それで、君はそこを飛び出したのか」
「いや、先に爺さんが死んだ」
主の歪んだ趣味のせいで跡取りのいなかった家は没落し、年頃になっていたリオセスリは再び家を失った。だがあの頃と違うのは、生きる為の知識も力も身に付けていたこと。その後は様々な職を転々とし独学で機械工学を学び、ノヴォキッチェヴの小さな町工場で働いていたそうだ。
「
……
──なるほど。どうしてそれを私に?」
彼のことをもっと知りたい、そう欲していたのは事実だ。彼がいま話してくれたのは全て事実なのだろう。まるで映影のあらすじを説明するように淡々と語れるのは、彼の中では既に過去となっているからなのか。過去を曝け出すことで心の古傷が痛んでいないだろうかと、それだけが心配だった。
そんなヌヴィレットの複雑な心境に気が付いているのだろう。靴を脱ぎ捨てた素足を草むらの上へ放り出したまま、隣へ座るヌヴィレットの肩へ寄り掛ってきた。チラ、と視線だけでヌヴィレットを見上げフッと微笑む。
「キスをした仲だろう?」
「
……
う、む
……
そう、だな
……
」
「なんてな、ハハッ! あんたは俺の恩人だからだよ──ありがとう」
だから、あの子供達は救ってやりたかったのだと。まだ小さな傷が残る横顔を赤い夕陽に照らされながら、リオセスリは静かに語る。リオセスリの重みを優しく受け止めてやりながら、ヌヴィレットも赤い水平線に浮かび上がるフォンテーヌのシルエットを眺めた。
「
……
君は強いな。その強さに感服してしまう」
「根本的な問題が解決した訳じゃないけどな。それはお偉いさん方の仕事だ。俺は自分ができることをしただけさ」
「ああ、私も君と同じだ」
「ハハ、そうか」
北国の冷たい海。灰色の海はいまの空と同じ燃えるような赤い色に染め上げられ、大きな月が静かな夜の訪れを告げている。特に言葉も交わさないまま、その光景を二人身を寄せ合い眺めていた。その穏やかな時間が、とても心地良い。永遠にこの時間が続けば良いのにと願わずにはいられなかった。
「──
……
心地良いな」
「ああ」
「あんたと一緒に居る時の空気が好きなのかもしれない。なんだか落ち着く」
プネウマとウーシア。二つで一つ、対になる力を持つ二人。だがきっと、理由はそれだけではない。寧ろそれは些末な理由でしかなく、もっと深い所で繋がりたいと魂が求めているのだろう。出会うべくして出会った、唯一無二の相手。リオセスリもそれを無意識下で感じ取ってくれていることが、とても嬉しかった。
「リオセスリ殿」
「うん?」
「エレッサの件が解決したら、私はフォンテーヌへ戻るつもりだ」
「
……
ああ」
フォンテーヌへ戻る。その時は、願わくば。
「君に話したいことがある。その時は聞いて貰えるだろうか?」
共に、君も共にフォンテーヌへ戻ってほしい。その切実な願いを口にしても許されるだろうか。
気が付けば空は夜色に塗り替えられ、太陽の代わりに大きな月がぽっかりと浮かび上がっている。仄白い月明かりを眺めながらヌヴィレットは長い睫毛を揺らし、静かに目を閉じる。敬虔な祈りを捧げる信者のように、静かに。
まだ隠されている真実の君を、その時に見せてほしい。共に全てを曝け出し、真実の姿で向き合ってほしい。
「──いいよ。分かった」
月は嘘を吐く。
仄白く優しい光を降り注ぎつつも、その裏には消えない痛みが刻まれているから。だがその痛みすらも預けてほしいと乞い願うのは、嘘を吐いたまま恋に落ちてしまった者達の傲慢なのかもしれない。
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