宮腰
2025-11-15 21:47:40
27208文字
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ソーマセーマ【2】

【1】→https://privatter.me/page/68f336de454f1
ヌヴィリオ/執行官if
法無き自治区ナド・クライ。
そこで互いに『裏の顔』のまま出会い、初めての恋と真実を知るお話。





 宿へ戻るにはまだ時間が早く、フラッグ・シップが開くまでには間がある。リオセスリの提案により開放的なテラスが特徴的なレストランへとやって来た。スペランザ、と屋号を掲げたこのレストランでは、女主人と子供達がテキパキと店をきりもりしている。
「さて、改めて情報を整理してみようか」
 壁際へ設えられたできるだけ目立たぬ席に腰を下ろし、オーダーを取りに来てくれた少年へリオセスリは愛想良く注文を伝える。ここでの生活にも少しずつ慣れてきた。ヌヴィレットが少年のポケットへチップを入れてやると、サービスにと小さな器へ盛られたナッツが二人の間へ置かれた。そのナッツを摘まみつつ、エレッサ捜索に関する資料へリオセスリは目を通している。
「エレッサさんの姿が最後に確認されたのはパハ島か」
「ああ。彼女はフォンテーヌ科学院からの依頼でパハ島へ捜査に向かっていた」
 リオセスリは信頼できる男だ。ヌヴィレットもセディルもそう判断し、正式に捜査状況を共有することにした。エレッサの失踪に万が一ファデュイが噛んでいるとしたら、ヌヴィレットは自ら正体を明かし正面から奪取へ向かうつもりだ。その為にも、現在のナド・クライの情勢に精通している者が必要になる。その役目にリオセスリは最適だと判断したわけだ。
「パハ島へ研究機関が造られると君は話していたな?」
「ああ、そうだ。まだ少し先の話らしいがな」
「そうか。ならば、エレッサはその先遣隊に捕らえられた可能性が高いと私は考えている」
 事前調査の為にパハ島へファデュイの先遣隊や研究者が入っているのは、本当らしい。ならばそう考えるのが自然だ。セディルの情報通り執行官クラスがナド・クライ入りしているのならば、安易にエレッサへ危害を加えることはないと推測できる。万が一メリュジーヌへ何かあればフォンテーヌとの国際問題へ発展しかねないと、彼等は理解しているだろうからだ。
 執行官たちはファデュイへ属してはいるものの、一人ひとりが揺るがぬ信念と美学を持つ。フォンテーヌで壁炉の家を運営する召使との間へ軋轢が生じるような行動は取らないだろう。
「ふむ……まあ、そうだろうな」
「エレッサがファデュイへ捕らわれている確証が持てれば、私が直接彼等の元へ赴くつもりだ」
……へえ? あんた、どうやら只者じゃないらしいな?」
 ぐっと、ヌヴィレットは珍しく言葉を飲み込むしかなかった。そうだ、今は最高審判官ではない。今はまだ正体を悟られる訳には行かないのだ。隙あらば足下を掬おうとしているリオセスリの慧眼から目を逸らし、咳払いをひとつ零す。
……企業秘密だ」
「キスもした仲なのに?」
「コホン……それについては、その……私が軽率だった。謝罪しよう」
 駄目だ、あまりにもヌヴィレットの分が悪い。衝動的にとはいえ、キスをしてしまったのは事実だ。唇同士のキスは挨拶ではないことも重々承知している。揶揄う様に顔を覗き込んでくるリオセスリへ素直に謝罪を述べると、ヌヴィレットの殊勝な面持ちを見た彼はフハッと吹き出した。
「ハハッ! ごめんごめん。意地悪しすぎたな」
「いや、しかし……
「あんたはフォンテーヌからやって来た探偵さんで、俺は現地妻。そう言うことにしておいた方がお互い都合が良いんじゃないか?」
 げんちづま。またヌヴィレットの知らない単語が出てきたとクエスチョンマークを浮かべてしまったが、リオセスリはそれに構わず話を続けた。
「まあ、色っぽい話はベッドの上でしよう」
「ベッド……? なぜ?」
「童貞みたいな可愛い反応だな? あんたが情報を提示してくれたんだ。俺からもひとつ、あまり喜ばしい話ではないがね」
 トントン、とリオセスリの喧嘩慣れしていそうな指が捜査報告書を軽く叩いた。
「フォンテーヌ側は、エレッサさんがまだパハ島にいると睨んでいる訳だな?」
「ああ」
「なら、現地へ足を運んでみた方が良い。状況が変わった可能性がある」
「状況が?」
 声のボリュームを一段下げたリオセスリの表情がフッと変わる。歌が得意でお話し上手なお兄さんから、もっと鋭い空気へと。寧ろこちらがリオセスリの本当の顔なのだろう。
「──博士、ドットーレは知っているかい?」
「ドットーレ? ああ……第二位のファトゥスか」
 ファデュイ執行官第二位、コードネーム『博士』。天才的な頭脳を有しスネージナヤの技術開発部門を躍進させた、立役者。そう言えば非常に聞こえが良いが、彼はいわゆるマッドサイエンティストだ。己の知識欲と研究の為にならば非人道的な行為も厭わない、サイコパス気質な人物であるらしい。
「認識はしているが、直接の面識はない」
「それは幸運だ。だが残念なことに、直接お目に掛かる機会が訪れてしまうかもしれないぞ」
……どう言うことかね?」
「フォンテーヌの商人から〝ぬいぐるみ〟をまとめ買いした構成員。あれは、博士の部下だ」
 覚えのある制服に身を包んだ、ファデュイの構成員。彼等の姿を見てリオセスリが顔色を変えたのは、彼等が博士直属の構成員だと気が付いたから。一体何の為に、なんて確認しなくとも容易に想像できる。薬物、兵器、人体実験。非人道的な実験用のモルモットとして孤児達は買われたのだろう。
「ここナド・クライには彼の拠点がある。法が及ばず流れ者の多いこの地では、彼は色々とやりやすいのさ」
 その話は耳にした事があった。だが前述の通り、博士は現召使との折り合いが悪い。実力者同士の間には必ず派閥が存在しており、それはファデュイも例外ではない。フォンテーヌへ直接の害が及ばぬのならば手出しは無用だと考えていたのだが。
……なるほど。では、あの子供らは彼に買われたと?」
「ああ、そうだろう。お偉いさんの目的なんて俺には分からないが、少なくとも愛玩用ではないだろうな」
 ファデュイ、博士、研究機関、パハ島での不可解な動き。彼等の真の目的は分からないが、孤児らやエレッサの身に危険が及ぶ可能性はこれで非常に高くなった訳だ。
「分かった。パハ島への上陸許可は取得してある。直接向かおう」
……へぇ? 優しいんだな。それは正義感から?」
「その美しい思想を振りかざすのはフリ……水神の役目だ。ただ単に、無辜の市民が巻込まれる状況を私は看過できない」
 正直なその言葉にリオセスリは満足したのか、フッと蕩けるように笑い深く頷いた。
「純真なんだな、あんた」
「純真……? 私が?」
「ああ、根っこのところがってことさ。見た目やうわべじゃなくて、魂がって言うのかな」
 まるで、まだ誰も泳いだことのない美しい海みたいだ。そうヌヴィレットを称賛し、照れ隠しなのか「少し気障だったか」とリオセスリが小さく笑う。
 何故だろう、胸の辺りが温かい。もしかしてこれが気恥ずかしいと言うことなのだろうか。気恥ずかしい、嬉しい。美辞麗句でも社交辞令でもない、彼から贈られた賛辞がとても嬉しい。このような感情へ触れたのは初めてで、優しく微笑むリオセスリを見ていると戸惑ってしまう。
 だが、その甘い空気はすぐに終わった。リオセスリが仕事の顔へ戻ってしまったからだ。
「さて、じゃあ決行は明日だな。パハ島の地理には多少詳しい。明日までに情報を集めておこう」
「君も同行してくれるのか? しかし……
「言ったろ? 力になるって」
 ──ヌヴィレット様のお力になってくれるのは、一体どなたなのでしょう?
 かつて、その尊い命を持って人間との共生の道を切り開こうとした愛しい娘。その純粋な問いが脳裏を過り、ヌヴィレットは静かにひとつ瞬きをした。
「お、料理が来たな。ああ、ありがとう。美味そうだ」
 ああ、私は見付けたかもしれない。カロレ。
「スペランザの飯は美味いぞ。今のうちに腹ごしらえをしておこう、ヌヴィレットさん」
 リオセスリが取り分けてくれたスープ料理からは、温かい湯気が立ち昇っている。こうしてメリュジーヌ以外の誰かと食事をするのは何時ぶりだろうか。
……うむ」
「汁気のない飯が苦手なんだよな? 他には?」
「特にない。君は肉料理が好きなのか?」
「ああ、そうだな」
 知りたい、君を。
「フォンテーヌの料理だとスペアリブが美味かった。いつか現地で食べてみたいね」
「私がご馳走しよう。いつでも声を掛けてくれ」
 近付きたい、もっと側に。
「お、気前が良いねぇ。いつかフォンテーヌへ行った時は頼むよ。デートをしよう」
「ああ、約束しよう」
 いつか。いや──必ず。
 君を得ることができるのならば、どれだけ頼もしいことだろうかと。そんな叶わぬ夢想へつい浸りながら、ナシャタウンの雑多な風景をテラス席から眺めていた。


「ごちそうさん。今日も美味かった」
 スペランザでの食事を終え、ヌヴィレットは領事局へ、リオセスリはパハ島の情報を探しにと、ひとまず別行動を取ることになった。明日の準備の為に今日はバーテンダーの仕事も休むそうだ。注文カウンターにいた少年へそうリオセスリが声を掛けているのを見てようやく気が付いたが、ここの店員は全員少年少女ばかり。児童労働者はフォンテーヌでも珍しくないが、ナド・クライへ来てからは見かける数があまりにも多すぎる。
「ああ、そうだ。カーチャさんはいるかい?」
 初めて聞く名前だ。リオセスリがそう尋ねると、カウンターにいた少年が奥にある厨房へと声を掛けた。厨房から姿を現わしたのは赤茶色の髪が美しい妙齢の女性で、どうやらここのオーナーらしい。リオセスリとは随分と親しいのか、時々ボディタッチを交えながらも楽しげに会話をしていた。
「ああ、昨夜は助かったよ。ありがとう。それでさ、餌代なんだが……、と」
 昨夜? 餌代……生活費?
 そう不審がっているのをリオセスリに気が付かれたのだろう。女主人との会話を止め、ヒラヒラとヌヴィレットへ手を振ってきた。
「すまん、先に行ってくれて構わないぞ。ちょっと私用があって」
……ああ、分かった」
 我ながら、この時はあからさまな態度を取ってしまったと反省している。ヌヴィレットはにこりともせずに背を向け、そのまま振り返らずに港へと向かった。
 彼が言うとおり自分は案外純真で、そして嫉妬深いのだと初めて自覚した。
 嫉妬──そう、これは嫉妬だ。昨夜リオセスリが宿へ戻らなかったのは、彼女と会っていたからだ。夜を共に過ごし支援も行っている。要するに、男女の仲なのだろう。キスをされて褒められて浮かれてしまった自分が浅はかだった訳だ。
『あんたの加護を貰うぜ?』
『あんたはフォンテーヌからやって来た探偵さんで、俺は現地妻』
『そう言うことにしておいた方がお互い都合が良いんじゃないか?』
 そうだ。その方が都合が良いから、だから一時の安らぎと温もりを分け与えてくれただけだ。自分は彼のことを何も知らないし、彼もヌヴィレットの本当の姿を知らない。法無き街で偶然に出会い、名も無き関係で、ただの他人で。
 ──言ったろ? 力になるって。
…………
 月は嘘を吐くから、気を付けて。
 私は君を信じて良いのだろうか。君は私へ本当の姿を見せてくれないのだろうか。何を信じれば良いのか分からないが、今はただエレッサの行方を追うことに集中しよう。答え探しをするのはその後にするべきだ。