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宮腰
2025-11-15 21:47:40
27208文字
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ソーマセーマ【2】
【1】→
https://privatter.me/page/68f336de454f1
ヌヴィリオ/執行官if
法無き自治区ナド・クライ。
そこで互いに『裏の顔』のまま出会い、初めての恋と真実を知るお話。
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5
◆
港のはずれ、水平線の向こうにナタの火山を望むその場所で、本日の闇市はスタートをした。
闇市の元締めであるユースタチがカウンターに立ち、有料会員から受けた売買情報を提示する。輸出禁制品、土地、教令院の持出禁止文書、中古マシナリー、遺跡からの盗掘品など、どれも真偽が怪しい物ばかりだ。リオセスリの説明通り闇市へ出されているのは物品だけではない。極秘情報や絶滅危惧種、高級娼婦なども出品されていた。集合していた商人達は張り出されて行く品目を眺めつつ一喜一憂しており、脱法品の売買をしていると言うよりも、一見では普通の活気溢れる市場と変わらないように思えた。
その様子を、少し離れた建物の影からヌヴィレットとリオセスリの二人で観察していた。長い髪をばっさりと切り地味なスーツで姿を変えてはいるが、商人の中にはヌヴィレットの正体へ気が付く者もいるかもしれないからだ。
「
……
まさか白昼堂々と闇市が開かれるとはな」
「これがナド・クライ以外の場所だったら、即通報されるだろうな」
もしこれがロマリタイム・ハーバーでの出来事であったのならば、翌日の一面記事を飾るのは間違いなしだろう。普通の市場と異なっている点は、商品、現物が並んでいないこと。掲示板で求めていた物を見付けたら売人へ直接声をかけ、停泊している船の中で商談を進める。船の中で現品を確認してから本格的な交渉に進めるシステムらしい。
「お天道様の下には出せない品ばかりだからな。だから、掲示板に出す情報はそれぞれ独自の暗号で記載されているのさ」
「ああ
……
君が先ほど教えてくれた
……
」
「そう。〝ネジ〟や〝パーツ〟は機密情報。〝壺〟は盗掘品」
そして自分たちが探しているのは〝ぬいぐるみ〟。リオセスリ曰く、ぬいぐるみとは人や生物を指す暗号なのだとか。
「
……
ふむ。だが、今日は〝ぬいぐるみ〟の出品は少ないな。怪しいところもない」
「ひとつ確認しておきたいのだが
……
以前もメリュジーヌが出品されていたことが?」
もしかして、宝盗団などに攫われたエレッサがこの闇市に出品されるかもしれない。その可能性はゼロではないと気が付いたリオセスリが、こうして潜入する手配をしてくれたのだ。メリュジーヌの安否確認を怠ったことは無いが、万が一と言うこともある。すると、掲示板を観察していたリオセスリは首を横へ振った。
「いや、俺の知る限りでは
……
、」
リオセスリの言葉が途切れ、晴れた日の海色をした瞳がまあるく見開かれる。しばらく何かに驚いたあとフハッと吹き出し、ヌヴィレットの頬をムニムニと軽く揉んできた。
「そんな怖い顔すんなって」
「だが、しかし
……
」
「俺が知る限りでは無いよ。あんたが気にするのは分かるが、これは万が一を想定しただけさ」
俺の情報網は案外頼りになるぞ。リオセスリはそう付け加え、ヌヴィレットの頬をキュッともうひと揉みし手を離した。その穏やかな声に、不安の氷がひとかけら溶けていく。
「メリュジーヌのことが本当に大切なんだな、あんた」
「うむ
……
彼女達はフォンテーヌの宝だ」
「それには俺も同意さ。彼女達の懐の深さと勤勉な姿勢は尊敬に値する」
リオセスリはそうメリュジーヌ達を賞賛しているが、逆に考えればその好意が本物だからこそ、彼女達も心を開いてくれているのだろう。ヌヴィレットの目から見ても、メリュジーヌ達はリオセスリのことを特に気に入っている。メリュジーヌは人間に好意的な種族であるとはいえこれだけの短時間で信頼関係を築けるのは、非常に稀なケースだ。
「ナド・クライの人々は大抵が俺と同じ、メリュジーヌにも好意的さ」
「そうか。だが
……
」
「──そう。例外は有り得る」
建物の影に身を潜めつつ、リオセスリは闇市に参加していたとあるキャラバンを見るよう顎で促す。彼等の顔には見覚えがある。人身売買の疑いでマレショーセ・ファントムでも以前から目を付けている、各国を股に掛ける隊商だ。
「彼等は大きな貨物ボックスを持ってきているだろう? あれはファデュイがよく使っている中型輸送用の貨物倉庫さ」
黒い鋼鉄製のボックスは、ゴンドラで運んでいるタイプよりも一回りは大きい輸送用倉庫だ。
「あれで運ぶのはなにもパーツや兵器だけじゃない。ボックスに通気口があるだろう? 生物も運搬可能なのさ」
「
……
なるほど」
「以前、あのボックスに身を隠して軍事拠点から逃げだそうとした愚か者もいた。すぐに捕らえられたがな」
要するに、彼等はあの輸送用倉庫で購入した商品を運ぶ訳だ。リオセスリの説明通り、商談を終えたキャラバンの一人が娼婦らしき女性を数名ボックスへと連行していた。しばらくそうして商談が進んで行くのを観察していたが、やはり品目のなかにメリュジーヌらしき単語は見当たらない。
ここにもエレッサの手掛かりはないかと半ば諦めかけた、その時だった。
「
……
ん?」
太陽が中天を通り過ぎ闇市も終盤に差し掛かったころ、瀟洒な装飾が施された一隻の船が水平線から徐々に姿を現わし、ナシャタウンへと入港した。それは、遅れていたフォンテーヌの商船。ガブリエール商会のエンブレムが刻まれた船だ。船の所有者はガブリエール商会で間違いはないが、下船してきた商人達の顔には見覚えがない。
「
……
商会の人間は乗船していないな」
「大天使様のボスはスネージナヤ出身だからな。ナド・クライにもツテがあるのだろう」
「なに?」
「初耳かい? 販売登録証を一度確認してみるといい。ヴァシェさんは冒険者からフォンテーヌの大商人様にみごとな出世を遂げた、才気溢れる人間だ。フォンテーヌへ渡ってから改名したらしいがな」
「ヴァシェ
……
」
近い将来、ヌヴィレットはこの人物を通し人間の業の深さをひとつ学ぶことになる。その物語が動き出すのは、まだもう少し先だ。
ガブリエール商会の船には様々なフォンテーヌの商品が積まれており、待ってましたと言わんばかりに水夫達が忙しなく動きまわっている。船主らしきフォンテーヌ人の男は闇市の元締めユースタチと挨拶を交わし「出港直前にリフトが故障して
……
」と話していた。船の到着が大幅に遅れたのはそれが原因であるらしい。
輸出規制品が積載されていないかヌヴィレットが船の積み荷へ目を光らせていると、大きな黒いコンテナが船底から運ばれているのに気が付いた。先ほどリオセスリが説明してくれた中型貨物倉庫だ。あの中にエレッサが捕らわれていないだろうかと注意深く観察し、中身に気が付いたヌヴィレットは一瞬息を呑む。人間──フォンテーヌからの船に積まれていたのは、人間。それもまだ年端も行かぬ子供ばかりだ。
「
…………
リオセスリ殿」
「ん、現場を見たのは初めてかい? あれは〝ぬいぐるみ〟業者さ」
ぬいぐるみ業者。そう、彼等はフォンテーヌの社会問題にも挙げられている孤児。身寄りの無い子供達を売りさばきに来たのだ。
「ぬいぐるみの用途は様々だ。下働き、兵士、実験用モルモットに、愛玩用」
「
…………
」
「愛嬌と運が良ければ養子にと引き取ってもらえるが、そんな幸運は片手で収まるくらいにしか例がない。フォンテーヌ産のぬいぐるみは高く売れるからな」
人身売買が横行していることはヌヴィレットも把握していた。だがヌヴィレットの役目は罪を取り締まることではなく、裁くこと。これほど生々しい取引現場に立ち会ったのも、これが初めてだ。ユースタチと話を終えた商人が掲示板に〝ぬいぐるみ〟の情報を貼り出すと、購入希望者が続々と彼の元へ訪れ商談が進められて行く。
──いますぐ止めるべきだ。
フォンテーヌ最高審判官ヌヴィレットが、そう壇上でカツンと杖を打ち鳴らす。
──いや、君の役目は正義を執行することではない。規範に則り制裁を下すこと。
弁護人のヌヴィレットがそう自己弁護の背を押し、被告人席のヌヴィレットは難しい顔で黙り込んだままだ。そして自分は、それを傍聴人席から他人事のように眺めている。双方の主張はどちらも正しく、動く事ができずにいる自分も間違ってはいない。ここは法無き場所。このナド・クライにおいても、フォンテーヌにおいても、自分はただの他所者でしかないのだ。
「
……
、い。なあ、聞こえているかい?」
ふっ、と。傍聴人席に座っていたヌヴィレットの手を誰かが掴み、現実へと引き戻してくれた。目の前には不思議そうな顔をしたリオセスリがおり、ヌヴィレットの手を握っている。
「
……
ああ
……
すまない。少し考え事をしていた」
「そうか
……
ま、初めて見たのならばショックを受けるのも仕方ないさ。あまり背負い込まない方が良い」
ポンポンと温かいリオセスリの手が背中を軽く叩いてくれ、何故だかフッと心の靄が晴れたのを感じた。彼のウーシアだけではない。彼の体温に安堵を覚えているのだ。人間の体温は生温くて正直あまり好ましくない筈なのに、何故だか彼の感触だけは心地好いと感じている。
「しかし、様子がおかしいな
……
」
「うん? 彼等のか」
「ああ。どうやらあの子達は何処かに纏めて競り落とされたらしいな。一体誰が
……
」
すると、孤児達を纏めて競り落としたらしい派手な女性が誰かを呼びに行くのが見えた。少し離れた所で女性を待っていたのは、見覚えのあり過ぎる制服に身を包んだファデュイの構成員だ。商談が成功したことを聞くと彼は他の構成員へ指示を出し、商品をすぐに運び出すつもりらしい。ファデュイの構成員として養成所へでも送り込むのだろうか。
「
……
北国銀行がどうとかの話をしているな。振込先の話だろうか」
「
…………
」
「リオセスリ殿?」
「
……
ん? ああ、いや
……
すまん。知り合いに似ている気がしてな」
ファデュイの姿を見た途端、今度はなぜかリオセスリの顔つきが厳しくなった。肩が触れ合うほど近くにいるせいか、彼の動揺が空気ごしに伝わってくる。知り合ってからまだ少しの時しか経っていないが、彼がこれほど動揺しているところは初めて見た。
先ほどは自分がリオセスリに助けられた。今度は自分が手を差し伸べるべきだろうかと逡巡していると、足下にフッと柔らかい物が触れたのに気がつく。
「んっ
……
?」
二人同時に足下へ視線を向けると、それは一匹の可愛らしい野良猫だった。二人で遊んでいるとでも勘違いされたのだろうか。猫はフサフサの長い尻尾をゆったりと揺らし、にゃあんと可愛らしい声を上げリオセスリへ身体を擦り寄せた。非常に可愛らしい光景だ。だが、タイミングが最悪だ。
「
……
ッ、!? まず
……
、チッ
……
逃げるのも不自然か」
猫の声が耳へ届いたのだろう。構成員達の視線が物陰に潜む二人へ一斉に向けられた。その内の一人がこちらの正体を確認しようと、ゆっくりと近寄ってくる。
「すまん、ヌヴィレットさん」
「うん?」
「あんたの手は指が長くて綺麗だな。好きだよ」
「
……
ああ?」
ガシッと手を掴まれたかと思うと、そのままリオセスリの顔へと誘導される。両手で頬を包めと言うことらしい。よく分からないままリオセスリの顔を包んでいると、その可愛らしい瞳が吸い寄せられるように目の前までやって来る。後頭部と背中をリオセスリの腕にがっちりと捕らえられ、動けない。
「
…………
」
あと一ミリ。あと一ミリ動いたら、唇が重なる距離。緊張のせいか少し湿った吐息が唇の間で交わり、は、と小さな吐息が漏れる感触まで伝わってくる。端から見れば、白昼堂々物陰で情熱的なキスを交わす恋人達にしか見えないだろう。覗き見をした構成員達が苦笑している気配がし「家に帰ってからやりゃ良いのにな」と、笑いながらすぐに立ち去った。
「
……
行ったか?」
「ああ、そのようだ」
安堵の息が唇を湿らせ、リオセスリが身体を離そうとした。だが、どうしてだろう。彼の頬を包んだ両手が離れたくないと意思を持ったかのように動いてくれなくて。
「ヌヴィレットさん? も、う
……
」
そのまま、軽く唇を触れ合わせた。形が良い唇は北風のせいか少しかさついていたが、とても温かくて、柔らかくて。唇同士を重ねる行為──それが俗に言うキスと呼ばれる行為だと気が付いたのは身体を離してからだったが、身体の奥までじんと痺れるような心地の好い感触だった。
頬から手を離した時の彼は驚いていたのか目を丸くしていたが、フッと軽く吹き出しケラケラと笑い始めた。
「唐突だな? さすがにびっくりしたぞ」
「私自身も驚いている」
「ハハッ! なんだそりゃ
……
キスをする時は目を閉じるもんだ」
トン、と裏拳で軽く胸を叩かれ、ぬくもりはヌヴィレットの腕からスルリと抜け出してしまった。そうか、マナーがなっていなかったか。そう反省はしてみたが、それを知っていると言うことは、リオセスリも目を閉じていなかったわけだ。
「あんたの手がでかくて助かったよ。俺の顔は見えなかった筈だ」
「知り合いがいたのか?」
「
……
ま、ね。顔が広いと色々面倒ごともあるのさ」
上手く誤魔化せたお陰で、その後は何事もなく無事に本日の闇市は終了した。幸か不幸かエレッサの手掛かりは掴めなかったが、今まで噂話としてしか知らなかった現実を目の前に突きつけられてしまった。自分はどうするべきなのか、どうありたいのか。
ひとまずは街中へ戻り、二人で情報の整理をする事にした。
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