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ugatuno
2025-12-19 19:00:00
4014文字
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二次小説
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その心臓は世界のかたち 23話
窓から差し込む陽射しが、病室を照らしている。
ジンペイは、まだベッドに横たわっていた。けれど、昨日の夜よりはほんのわずかに顔色がよくなっていた。瞼を開け、ゆっくりと体を動かす。
「
……
ん
……
よっと
……
」
枕元の柵に手をかけて、そっと上体を起こす。勢いはつけない。じっくり、ゆっくりと。自分の呼吸と相談するように。
「
……
ふぅ
……
」
浅く息を吐く。胸の痛みはまだある。でも、昨夜のような激しさはない。
——
ほんの少し、慣れてきただけかもしれない。
「
……
よし
……
今日は
……
座れる
……
」
そう言いながら、背中を枕に預け、半身だけを起こしてベッドにもたれる。しばらくそのままじっとして、落ち着いたところで、窓の外を見る。
——
病室の外は、静かな日常が流れていた。
校舎の片隅に見えるグラウンドでは、体育の授業だろうか。生徒たちの姿がちらほらと走っている。遠くに聞こえる笛の音。ジンペイは、それをぼんやりと眺めていた。
「
……
また
……
走れるのかな、俺
……
」
誰にも聞かせるつもりのない独り言。でも、その声は少しだけ掠れていた。
――
体は戻っても、心は全然追いついていない。
誰かが来る度に平気なふりが上手くなっているような気がして、それを振り払うように目を閉じた。
——
静かな病室の午後。
窓辺にはやわらかい光が差し込んでいて、風がカーテンを小さく揺らしていた。
ベッドの上では、ジンペイが少しだけ体を起こしていた。まだ上体を支えるのがやっとだけど、それでも「寝たままじゃなくて座っている」という事実が、本人にとってはちょっとした進歩だった。
「
……
ほら、ちょっとだけだよ。無理だったらすぐやめていいから」
コマがスプーンを小さく差し出した。そこにのっているのは、とろとろのミルクスープ。湯気は立っていないけれど、ちゃんと温かい。
「
……
ん。わかってるよ」
ジンペイは小さく息を吸ってから、慎重にスプーンを受け取る。指先にはまだ力が戻っていないせいで、ほんのちょっとスプーンが震えた。
——
一口。
喉を通る瞬間、少し懐かしい感覚が広がる。
「あ
……
なんか
……
味、するな
……
」
ジンペイがぽつりと呟いた。
コマはふっと笑って、うなずく。
「うん。前よりは、ちゃんと食べてる感じがするでしょ」
「
……
うん。
……
でも
……
」
数十秒後、ジンペイの顔にほんのわずかな違和感が走った。胸のあたりをかすかに押さえて、目を伏せる。
「
……
あー
……
きた、かも
……
」
「
……
苦しい?」
ジンペイはしばらく黙っていた。
やがて、かすれた声でぼそっと漏らす。
「
……
うん
……
胃が
……
重い。なんか、ズシッとくる
……
」
その声には、痛みというよりも、「がっかりした」響きが混ざっていた。
「
……
せっかく
……
食べようって思ったのに
……
」
スプーンをトレーに戻して、体をゆっくりと布団に沈める。
その顔には疲れが浮かんでいた。ほんの一口。でも、その一口で、身体が限界を告げてきた。
「
……
ぜんぜん、ダメじゃん
……
俺
……
」
声には苛立ちも、自嘲も、情けなさも全部混ざっていた。
——
コマは、何も言わずにそばに座った。
そして、ジンペイの腕にそっと布団をかけ直してから、静かに言う。
「ううん。
……
食べようって思っただけで、すごいよ」
「
……
」
「体のほうが、まだ追いついてないだけ。
……
だからさ、また、少しずつ、だよ」
ジンペイは、しばらく天井を見つめていた。
そして、ぽつり。
「
……
俺、さ
……
」
「うん?」
「強くなれたって
……
思ってたのに。ずっと」
「
……
」
「
……
ぜんぜん、じゃん
……
こんな
……
一口で、限界とか
……
」
震える吐息と一緒に、その声は空気に溶けていく。
けれど、コマはそれを否定しなかった。ただ、そっとそばにいるだけで。
「
……
でも、僕は
……
それでも、ジンペイくんのこと、最強だって思ってるよ」
その言葉に、ジンペイの指が少しだけ動いた。
ほんの少しだけ
——
布団の中で、コマのほうに向かって。
「
……
また、明日ね。今度は
……
スプーン、ちょっと小さくしてみよっか」
「
……
はは
……
小学生か、俺
……
」
ジンペイは、力なく笑った。
でもその笑いには、ほんのすこしだけ体温が戻っていた。
——
コマはその横顔を見て、静かに微笑んだまま、そっとカーテンを閉めに立ち上がった。
――――
——
翌日の午後。病室のカーテンは開け放たれ、薄曇りの空から、やわらかい光がベッドを照らしていた。
「
……
今日は、昨日より顔色いいね」
コマがそう言いながら、スープを保温容器から器に注ぐ。
ジンペイはベッドに寄りかかるようにして、薄い毛布をかぶっていた。目はしっかりと開いていて、昨日よりも少しマシそうに見える。
「
……
でしょ? そろそろ、マジで最強って言える日も近い気がしてきたわ
……
」
口調はふざけてる。けど、声に張りはない。
それでも、昨日の「がっかりと諦め」よりは、ずっと前向きな空気があった。
「はい、どうぞ。今日は、いつものスプーンじゃなくて
……
」
コマは小さな、小さなティースプーンを差し出す。
「これ。昨日よりも、ほんとにちょっとだけ」
ジンペイは「マジかよ」って顔で笑って、小さく苦笑する。
「
……
さすがに、そこまで子ども扱いされると
……
ちょっと傷つくんだけど
……
」
でも、そのままスプーンを受け取り、そっと一口。
——
静かに、飲み込んでみる。
……
胸は、痛まない。胃も、昨日よりは重くない。
「
……
お、いける
……
かも
……
?」
「うん
……
?」
「
……
いや、
……
うん。まだ“ごちそう!”って感じじゃないけど
……
昨日より、楽
……
」
ジンペイは、まるで信じられないように目を瞬かせて、また少しスープを口に運んだ。
コマはそっと息を吐いて、微笑む。
「すごいじゃん。ほら、やっぱり“ちょっとずつ”なんだよ」
「
……
あっは〜
……
これで“最強”って名乗っても許されるかな
……
?」
「うん。今のジンペイくんは、“がんばり最強”かな」
「
……
何それ
……
なんか
……
響きダサい
……
」
言いながらも、ジンペイは肩を揺らして笑う。ほんの、少しだけ。
——
ほんの数口。けれど、その後、ふと手が止まった。
「
……
あ、やば
……
」
「
……
?」
「
……
いきなり、体が重くなってきた
……
」
呼吸が浅くなる。胸に手を当てて、眉を寄せる。
「
……
ちょっと
……
やっぱ、座ってるの
……
まだキツいかも
……
」
「
……
うん、無理しないで。横になろっか?」
コマがスプーンを取り上げ、トレーごとそっと棚に置く。
ジンペイの背を支えるようにして、ゆっくりと寝かせる。
「
……
ごめんな、コマくん。なんか
……
結局また
……
中途半端で」
「ううん。全然そんなことないよ」
コマはいつも通りの、変わらない声で言う。
「昨日より、一歩進んだんだもん。
……
すごいよ、ジンペイくん」
ジンペイは、布団に沈みながら、目だけをコマに向ける。
「
……
甘やかし上手すぎじゃない? コマくんって
……
」
「ふふ。ジンペイくんが“最強”になるためには、僕が“最強の甘やかし役”でいなきゃね」
「
……
あっは〜
……
ずるいな、なんか
……
」
そのまま、ジンペイは静かに目を閉じる。
さっきまでの頑張りが嘘のように、もう言葉を発する余力はなくなっていた。
(
……
笑ってるの、たぶんもう反射だ)
けれど、その横顔は昨日よりほんの少し、力が抜けていた。
――――
——
夕方。ジンペイが病室のベッドに背を預け、薄く開いた窓から風を感じていたときだった。
コン、コン、と硬いノックの音。
「
……
開いてる」
返事の声はまだかすれていたが、ちゃんと届いた。
少しして、ラントが入ってくる。
「
……
寺刃」
「
……
会長。
……
あー
……
ごめん。歩いて出迎えろって言われたのに」
「
……
別に、そんな約束はしていない。気にするな」
ラントは相変わらずの調子で、ベッドの足元に立つ。
でも、その目がジンペイの体の様子をきちんと確認していることに、ジンペイは気づいていた。
「
……
だいぶ顔色は戻ったな」
「うん
……
たぶん。今日、スープもちょっと飲めた」
「そうか。それは
……
大きな進歩だな」
「
……
ふふっ。会長が“進歩”とか言うと、すげぇ学校の評価っぽいな
……
」
「そういう言い回ししか、思いつかなかっただけだ」
ラントは軽く目をそらした。
ジンペイは、苦笑をこぼす。
「
……
ありがとな。ほんとは、もうちょいマシなとこ見せたかったけど」
「
……
今のお前が“マシじゃない”と言うなら、基準を見直す必要があるな」
「
……
へ?」
「立てないお前でも、笑えてる。話せてる。
……
それは、十分に“前に進んでる”証拠だ」
「
……
」
ジンペイは少しだけ、目を伏せた。
自分でも気づいていなかった。「進んでる」なんて、まだ思えなかった。
でも、ラントの口からそう言われると
……
少しだけ、信じてみたくなる。
「
……
会長って、さ。ほんとに、ずるいよな」
「何がだ」
「なんか
……
ちゃんと、“大丈夫じゃないときの俺”も見てくるくせにさ。言い方だけはずっと“普通”じゃん」
「
……
それが、お前が一番崩れずにいられる距離感なんだろう」
ラントはそれだけを言って、ジンペイの足元のベッドの柵に、そっと手を置いた。
その表情は相変わらず、何も変わらないように見える。けれど、ほんの少しだけ
——
目が柔らかい気がした。
「
……
また明日、来る」
「
……
え、帰んの? 早くね?」
「長居すると、お前が無理する。お前は、そういうやつだ」
「
……
図星」
ジンペイは、笑いながら、ほんの少しだけ手を上げた。
ラントは、それを見届けてから、病室をあとにした。
——
その背中に向かって、ジンペイはぽつりと、つぶやく。
「
……
会長って、やっぱずるいわ」
——
でも、その声には、どこか安堵した響きがあった。
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