wawan78
2025-11-15 00:14:08
2384文字
Public
 

美味しいゴミ

カラスバさん。
あのひと「どこまで」やるんだろうね
カラスバ語はなんかノリと勢いです


「借りたもん返さないんならそれは泥棒っちゅうねん。なあ。俺は待ったで? 来月返せる言うたよなあ。せやから信じてそのつもりでおったんや。なのにどうして裏切るん? 悲しいわあ」

 サビ組から借りた金で開いた店は閑古ヒノヤコマが鳴いているらしい。人影はなく、人の出入りがあった気配もない。当然返せるだけの額は稼げておらず、無駄にたるんだ腹以外の財産を持っていない中年の男は、整備された石畳の上に座らされ、未だに言い訳を練っている。
 何が飛んでくるかとやや楽しみになり、少し待っていると口から出たのはしょうもない話だった。

「こ、子供がワイルドゾーンで怪我して……
「あの女の子か? ほなかわいそうやなあ。どんな塩梅や?」
「あ、足を折ったので、入院が必要で、それで」
「そら大事やで。どこのワイルドゾーンや。オヤブンにでもやられたんか」
「ど、どこだったかな、すぐそこだよ、ブルー広場だったところ、ギャラドスに出くわしたって」
「おっかないなあ。ブルー広場なあ。16番か。あそこそんな深い水場無いやろ」
…………
「おもんないで」

 合図した。したっぱが引きずって店の中に連れて行く。
 店の権利は彼の妻が持っていた。町の外から来た男で、妻の実家を改築しサビ組から資金援助を受けて夢のカフェをオープン。しかしカフェ大国ともいえるミアレシティで半端なコンセプトに美味くもないコーヒー、では生き残れるはずもなく、妻が屋台でパンを売り稼いできたなけなしの金で、贅肉を増やしただけであった。

「俺なあ、親父の顔知らんねん」

 したっぱのポケモンがしびれごなを撒いた。男は動けなくなり土埃が混じる床に崩れる。
 カウンターも客席もあまり清潔ではない。やる気のない経営が見て取れた。

「物心ってもんがついた頃からゴミ捨て場が家みたいなもんやった。うちのペンドラー会ったことあるやろ? あいつも他の奴らもみんな、ゴミ捨て場とか公園で出会うてな。みんなで助け合った」

 店の奥には捨てられていないゴミが、適当に袋に詰められて散らかっている。どこかから入ったのか、ヤブクロンが数匹楽しそうにゴミを食べていた。
 いっぴき、カラスバに気付いてにこにこと手を振るので、カラスバもにこにこと手を振り返す。

「助け合いって大切やんな」

 薄ら埃の乗ったイスを手で払い、座る。膝に肘をついて、男を見下ろした。
 しびれごなで麻痺してはいるものの、意識はある。その目は恐怖そのもので、細かく震えて上に乗っているしたっぱのモグリューが一緒にぶるぶるしていた。モグリュー自身は状況をよくわかっていないらしく、振動を楽しんで鳴いている。

「お仕事頼もかと思ってたんやけど、こんな具合じゃ頼めへんな。しゃーないわ」

 店の中は薄暗く、ヤブクロンがもちゃもちゃとゴミを食べる音と、男の苦しそうな息遣いだけが響いている。空調すら止まっているのだ。電気代が払えなくて。
 カラスバは天井をあおいだ。男はまだ体がしびれていて動けない。涎と涙と鼻水を無限に垂らし続け、何か言おうとしても声が出ない。
 これポケモンの技やんな。怖いなあ。なんやっけ、昔はポケモンは怖い生き物ですって言ってたらしいやんか。ほんまやな。俺ら仲良しで良かったなあペンドラー。あーポケモンて怖いわー、野生はほんと怖いわなあ、最近できた20番エリア? あそこほんまあかんらしいで。でっかいオヤブンがいーっぱいいるんやて。せやけど野生のポケモンも必死やんな、生きる場所がほしいねんなあ。お腹も空いてるやろなあ。

「助け合い、な?」

 ワイルドゾーン20番にはダストダスがいる。

 * * *

「ご無沙汰やな奥さん、娘さんの具合どう? あ~良かったなあまだ無理せんとき、え? ええてええていらんそんなん、ちゃんと毎月アガリもろとるやんかとっとき、……あ、そっちはありがたくいただくわ、こないだ知り合いが美味い言うて持ってきてからうちのロズレイドが気に入ってな」

 クロワッサンやガレット、フィナンシェなどの焼き菓子が評判のカフェには、柔らかなコーヒーとお茶の香りが漂っている。店主はつい最近、ワイルドゾーン20番で起きた事故で夫を亡くしたばかりだった。夫が開いたカフェを引き継いでリニューアルオープンしたあとは、随分と繁盛している。ひとり娘の殴られた腹はまだ痣が残っているらしいが、内臓には問題ないようで自宅で養生しているそうだ。店主もいずれ跡形もなく消える傷跡をメイクでなんとかごまかしながら、カラスバに深々と頭を下げた。
 土産にともらった焼き菓子の箱をジプソに持たせる。腰のボールが揺れて催促していた。事務所に帰ったらみんなでコーヒータイムといこう。
 狭い路地に入ったところで、ダストダスを囲んだヤブクロンがカラスバを目敏く見つけ、またにこにこと手を振ってきた。

「お知り合いで?」
「おお。よく一緒に飯食ったわ」

 ダストダスがドスドスと歩いてきて、まだ温度が残るゴミ袋を機嫌よく掲げる。カラスバは笑った。

「もう俺そういうの食わんねん。全部お前のもんや。ありがとな」

 不思議そうに揺れるダストダスとヤブクロンに手を振って、路地の狭い通りを歩いていく。彼らは美味しいゴミを見つける達人だ。
 そういえばなんの関係もないが、ワイルドゾーン20番で起きた事故の犠牲者は、まだ遺体が見つかっていないらしい。遺留品からなんとか身元は特定できたのだとか。やりきれないことだ。さぞや家族は悲しんでいるに違いない。

「ゴミは片付けんと……なあ」

 またひとつミアレは美しくなったのだと思い込むことにして、焼き菓子を催促するロズレイドのボールをとんとんとたたき、なだめた。



(おそうじ)