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果南(カナン)
2025-11-14 23:19:21
4487文字
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さめしし
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満たされる紅
さめしし。ワンドロのお題「賭け」「イチゴ」で書きました。つき合っている二人で、獅子神さんが熱を出したお話です。来月あたりの時期と思って読んで頂ければ💦
多忙でも病気でも、できるだけ一緒に近くにいたい。
久しぶりに、熱が出た。
体の節々がずきずきと痛くて、喉も痛くて、カラカラで。心配した雑用係たちに付き添われて病院に行ったら、見事にインフルエンザだった。今年は流行が早いって聞いてはいたけれど、まさか自分がなっちまうなんて。
熱が下がるまで家に居ます、という雑用係たちを、うつったら困るだろうが、と半ば無理に帰らせて(朝と晩に様子を知らせる約束をした)、処方してもらった薬を痛む喉で飲み込んで、パジャマにカーディガンも着てベッドに潜り込んだ。うとうとと微睡んではすぐ目を覚まし、何とか水を飲んで小便に行って、また横になる。とにかくキツくて、あぁまだ熱下がらねえのか、て思いながら、目を瞑って。
何度かそれを繰り返した頃に、メッセージアプリの着信音が鳴った。
村雨だった。
『インフルエンザだと聞いた。食事は摂れているか』
雑用係から聞いたんだろう。そういや知らせてなかった、と今さら思ったが、どうしようもなかった。
震える手で、簡潔に返事を打つ。
『むり。食ってない』
『では、何か食べられるものを持って行く。合鍵で入るぞ』
深く考える気力も無く、OKのスタンプを打って会話を終わらせる。既読が付いたのだけは確認して、スマートフォンの画面を閉じた。
熱が出たのを伝えてなかったから、怒ってるだろうか。
そういやアイツ、仕事は。今日は週末のはずだけど、休みだっけ。そもそも今、何時で。
熱でボケた頭でぐるぐる考えているうちに、また眠りに落ちていた。
目が覚めたら、リビングの方で物音がしていた。
反射的にスマートフォンを掴んだが、セキュリティ作動の通知は無かった。ということは、村雨が来たんだろう。
ほっと体の力を抜いて、布団の中で寝返りを打つ。だいぶ汗をかいていて、首元からパジャマの背中がじっとりとしていた。
村雨が部屋に来る前に、着替えたほうがいいかもしれない。そう思って体を起こした、その時。
「入るぞ、獅子神」
ノックと共に、扉の外から声がした。
あぁ、と返事をしたが、かすれて小さな声しか出ない。同時に扉が開いて、村雨が入ってきた。
「起きていたのか」
安心するのと咎めるのが、半分ずつ混じった声だった。小さく首を振って、状況を説明しようとする。
「いま、目が覚めて。汗かいてて臭いから、着替えようかと」
「病人がそんなことを気にするな。それに、あなたの汗の匂いは好ましい」
真顔でさらっと凄いことを言ってのけると、村雨はベッドに近づいてきた。
手にしていた木製のトレイを、サイドテーブルに置く。水の入った大きなコップと、紅いものが山盛りになったガラスの器が載せられていた。
「
……
イチゴ?」
「そうだ」
「よく売ってたな」
「クリスマスが近づいてきたからだろう。すぐに見つかって、よかった」
オレは枕を背に当てて、ヘッドボードにもたれて座り直しながら村雨を眺めた。ジャケットは脱いで、いつものクレリックシャツのボタンを二つ外した、家の中で寛ぐ時の恰好になっている。動作は落ち着いていて、特に怒っている様子は感じられなかった。
それでも、謝っておかなくちゃと思った。
「ごめん、村雨」
何がだ、という視線が飛んできた。
「熱出したって、お前に言ってなくて。心配かけた」
「それだけ体がつらかったということだろう。もう気にするな。それより、食べられそうか」
村雨の眼が、山盛りにされたイチゴに向く。きちんと洗ってヘタも取ってあって、よく熟れた紅い色で、美味しそうに見えた。
普段は絶対に、オレにやらせるくせに。
オレがぶっ倒れたら、ちゃんとこうして。心配してくれて。
「ふふっ
……
」
じわっと嬉しくなるのと、日頃とのギャップがおかしいのとで、ヘンな笑い方になってしまった。
村雨が顔をしかめてくる。
「何だ」
「いや、だって
……
」
「私にだってこれくらいはできる。いつもはあなたにしてもらう方が早いし嬉しいから、そうしているが」
「イチゴ買ってきたのって、お前が食いたかったからじゃねぇの」
「それもある。が、勿論あなたに食べさせるのが一番の目的だ。林檎をすり下ろすより手間も少ないし、ビタミンCも多い」
村雨はベッドの縁に腰掛けると、ガラスの器をオレに差し出してくれた。
「持てるか」
「ん、へーき」
左手で受け取り、右手でフォークを貰う。器もフォークもひんやりと冷えていて、それだけでも気持ち良かった。
「わざわざ冷やしてくれたのか、これ」
「冷凍庫に放り込んだだけだ。大した手間ではない」
それより食べろ、と眼で促された。
いただきます、と小声で唱えて、山盛りになっているイチゴを突き刺す。つやつやと紅い、フレッシュなイチゴを口に入れた。
「つめた
……
っ」
予想よりも数段冷たくて、思わず声が出た。村雨がおかしそうに目を細める。
いくら冷凍庫を使ったからって、短時間でここまでしっかりとは冷えないだろう。持って帰ってくる途中から、氷などで冷やし続けてくれていたのかもしれなかった。
かなわねぇなあ、と思いながら、果肉にさくりと歯を沈める。カラカラに乾いていた口の中を果実の水気が潤してくれて、湧いて出た酸味がじんわりと滲みた。ぷちぷちと歯裏に当たる種の感触と、柔らかくも歯応えのある瑞々しい果肉。広がる甘みが、優しく舌を包んでくれる。
美味くて、嬉しくて。
ひとつ、また一つとイチゴを食べ続けた。
「獅子神」
器が空になったところで、村雨がコップを差し出してくれた。受け取って、冷たい水をごくごくと飲む。
「はー
……
生き返ったわ
……
」
ほぅっと息を吐くと、村雨が微笑んだ。
「よかった。吐気も無いようだな」
「あぁ、大丈夫。ありがとな」
「あなたが食べられたのなら、それでいい」
村雨はオレの手から食器を回収すると、サイドテーブルのトレイに置いた。ベッドの縁に座り直して、じっとオレを見つめてくる。
「
……
心配した」
低い声が、囁くようにそう言った。
「ごめん」
「謝ることではない。それよりも
……
こんな事しかしてやれなくて、すまない」
「え?」
「もっと、病人でも食べられる美味い料理を作ったり、ずっと傍に居たり
……
そのようにできれば良かったのだが」
「あぁ
……
」
そういえば、今夜は宿直だと言っていたのを思い出した。週末だから昼まで寝て、それから仕事に行く、と。
その睡眠時間を削って、イチゴを買いに行き、オレのところへ来てくれたのだろう。疲れているはずなのに。
「ごめん、村雨。オレ」
「
……
獅子神」
遮るように、強めに名を呼ばれた。しなやかな指が、頬に触れる。
——
あ、ひんやりしてる。気持ちいい。
そう思っていたら、ちゅっと唇が重なった。
「
……
!」
れろ、と舌先が動いて、中に入って来ようとする。やわらかく、でも有無を言わさずに。
慌ててクレリックシャツの肩を掴んで、ぐいと押しのけた。
「おまっ
……
! オレ、インフルエンザだって言っただろ⁉︎」
「それがどうした」
「どうした、じゃねーよ! お前に、うつっちまったりしたら」
ただでさえ、貴重な休みの時間を使って来てくれてるのに。この後、仕事だっていうのに。
これ以上、迷惑かけたくない。
村雨の邪魔に、なりたくない。
熱にうかされた頭で、思考がそれ以上回らない。言葉に詰まったまま、間近で静かに輝く深紅の瞳を見つめた。
綺麗で、強い村雨を。
来てくれて、嬉しい。
元気じゃない時に居てくれるのが、こんなに心強い事だなんて。
オレは、知らなかった。
村雨が、教えてくれたんだ。
でも、何もしてやれない。今はオレが病人だから。
料理もしてやれないし、他のコトだって。
これじゃ、全然
——
「
……
獅子神。心配は要らない」
表情を変えないまま、村雨がそっと首を振った。
「あなたは今、病人だ。体を治すことだけ考えていればいい」
「
……
」
「それに私は、今年の予防接種を既に済ませている。この程度の接触は問題ない」
「だからって
……
」
「賭けてもいい。これで私が発症することなど無い」
強気で。自信満々で。
いくら何でも、絶対ってコトはないだろうに。
——
でも。
そうやって、少しでも近くに居ようとしてくれる。
今できる限りのことを、しようとしてくれている。
オレのために。
「
……
いーのかよ。お医者サマが、そんな適当なこと言って」
照れ隠しで、軽口を叩く。村雨がムッと唇を尖らせた。
「適当ではないぞ。それに私は賭け事に強い」
「相手、ウィルスだろ」
「関係ない。私が勝つ」
「ははっ
……
」
相変わらず、強情で。言い出したら聞かなくて。
可笑しくて、力が抜けた。
薄いシャツの肩を引き寄せて、細い体を抱きしめる。硬い黒髪に頬を擦り寄せ、顔を埋めると、村雨の手のひらが優しく背中を撫でてくれた。
「ありがとな、村雨。お前、忙しいのに」
ふふ、と笑う声が、直に振動になって伝わってきた。
「これくらい何でもない。私も、あなたの看病ができて嬉しい。獅子神」
「うん
……
」
ちゅ、と触れるだけのキスをして。
こつんと額を合わせて、村雨がオレを見た。
「まだ食欲はあるか。レトルトの粥も買ってきたので、温めることならできるが」
「食べる。
……
卵、入れてくれるか?」
「お安い御用だ」
にやりと笑って、村雨が抱擁を解く。サイドテーブルに置いていたトレイを手にして、立ち上がった。
「すぐに作ってくる。暖かくして寝ていろ。何かあれば電話を鳴らせ」
「りょーかい」
オレが応えると、村雨はすたすたと歩いて寝室を出ていった。
ぱたん、と扉が閉まる。
オレは枕を整えて、もう一度ベッドに横になった。羽根布団を肩まで引き上げて、しっかりとくるまって天井を見上げる。
まだ節々は痛いし、体中で熱が疼いてる。でも、ひとりで寝ていた時に比べたら、ずいぶんと楽になった気がした。
これならきっと、すぐに元気になれる。
「
……
ありがとな、村雨」
呟いて、でも少し心配になって耳をすませた。
粥に卵入れて、って、つい甘えちまったけれど。アイツ、小鍋のある場所とかわかるんだろうか。菜箸にボウルも。まあ普段から観察しまくってる奴だから、しれっと把握してそうではあるけれど。そもそも、ちゃんと卵を割れるんだろうか?
「できるよな
……
?」
自信たっぷりに請け合った態度と、にやりとした笑みが蘇った。
——
大丈夫、だよな?
まあ、いい。何か大変そうな音がしたら、見に行こう。
キッチンにいるはずの村雨の気配に、感覚を向けながら目を閉じる。心配していたような音は何も聞こえなくて、これなら上手くいってんだろうな、疑ってたことがバレたら怒られるよな、と考えているうちに、とろりとした温かい眠りがやってきて、オレをそっと包み込んでいった。
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