2025-11-14 21:12:39
4766文字
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ソラネルはなんだって起こるし温泉も生える(ディアリュ♂)

ソラネルに突然生えた温泉でディアリュ♂がイチャイチャする話。

本編中、指輪交換済みです。
桃の精油というのは実際には製造が難しいようなのですが、リュくんに桃の香りがして欲しかったので欲望のまま文章を捩じ込みました。

 ソラネルに温泉が出来た。ある朝に突然それは姿を現し、ほかほかとした湯を湛えて鎮座していた。ソラネルの守り神の棲み家である鍾乳洞の、入り口近くに突然出現した階段。そこを降りてみれば青光りする岩室の中、どこから引き込んだのか分からない温泉水が満ちた空間だったのである。

「一応、きっかけ、のようなものに心当たりはあるんです」

 幾人かの神竜軍が集まった岩室で、リュールはそう切り出した。昨夜の食事の際、ゴルドマリーとの会話の中で温泉の話題が出たのだと言う。彼女の故郷は温泉と観光業で栄えており、毎日温泉に入れる生活がどれほど癒しだったか熱弁を頂戴したのだ。リュールは、合間合間に自らの愛らしさを称える文句の挟まる話をうんうんと良く聞き、それは素敵ですね、私も温泉に入ってみたいです、と締めてその夜は終わった。ゴルドマリーの名誉のために付け加えるのなら、彼女は決してソラネルに温泉を作れなどと迫ることはなく、全て終わった暁には故郷の温泉宿にぜひ遊びに来て欲しいと、逼迫する戦況で傷の増えたリュールの身体を労ってくれていた。

「食事の後は支度を済ませて祭壇で眠ったのですが……。珍しくソラが寝台まで来てくれたので、一緒に寝たんです。そこで確か、温泉の話をしたような……あの子はこの地を離れられませんから、いつか一緒に入れたらいいのに、と」
 
 そして翌朝に目覚めてみれば、乳白色の、よい香りのお湯が満ち満ちた温泉が出来ていた。

「神竜様に呼ばれて、朝から可愛いわたしがすぐに飛んできまして……。温泉、としか言いようがありませんね……。泉質を見極められないのが残念ですが……
「ゴルドマリーもこう言っていますし、何よりソラが」

 リュールが振り返り温泉へと目をやる。フャン、フャンと楽しげな鳴き声を上げ、小さな手足で温泉を泳ぐ守り神の姿がそこにはあった。

……このようなので、私たちに害あるものとは考えなくて良いと思います」
「ふむふむ! 確かに普通の温泉と変わらぬようじゃのう! にごり湯なのに硫黄の匂いがせんのが気にはなるが……

 躊躇なく湯に手を差し入れ、ぐるぐると掻き回すカゲツが首を傾げる。湯気の立つ水面から香り立つのは、硫黄とは程遠い淡い果物の芳香だった。

「香りについては……恐らく神竜様とわたしの話の内容が原因かと……
「硫黄の匂い、というのが私は分からなくて。ヴァンドレ達が偶に用意してくれる、桃の香りの湯があったら楽しいという話をしたんです」
「桃は皮が柔らかいですから、湯に浮かべることは出来ませんし……。精油を温泉に入れるわけにはいかないので……素敵ですが難しいですね、と……
「つまりこの温泉は、神竜殿が考えた理想の湯というわけか! なんとも不思議なこともあるもんじゃ!」

 朗らかに笑うカゲツの言葉と、悠々と泳ぎ続ける守り神の姿に、緊急性のない話だと周りに集まっていた者達の空気が弛んでいった。皆朝の忙しい時間に集まった者ばかりだったので、一人、また一人と緩く散じていく。温泉の発見者であるヴァンドレが「念のため、文献を当たってみましょう」と言い置いて岩室を出ていくと、残されたのはリュールとゴルドマリー、カゲツのみとなった。

「せっかくなんじゃし、浸かってみてはどうかのう。湯加減も良い感じじゃ」

 カゲツが湯から腕を戻し、おお、しっとりじゃ! と自らの手を目の前に翳す。ゴルドマリーが光の速さで近付くと、その腕を真剣な目付きで検分し始めた。

「確かに……美肌効果はありそうですね……
「ゴルドマリー、あなたが嫌でなければ入りますか? あんなに恋しそうにしていましたし、ぜひ」
「まあ神竜様……わたしは、そんな恥知らずではありませんよ。神竜様の理想の湯なのですから、どうぞお先に……。可愛いわたしは、どうすればこの温泉に一番可愛く入れるか考えてきますから……
「は、はあ」
「では、余はディアマンド王子を呼んでこよう! 余の故郷ではめおとが揃って湯に入る習慣があるのじゃ。忙裡偸閑、神竜殿も偶には楽しむと良い!」
「え? あ、ちょっと待ってください! カゲツ──!」





……という次第でして」
「なるほどな。カゲツに見てからのお楽しみじゃ、と此処に叩き込まれた時は何事かと思ったが」

 リュールと、カゲツに急遽呼び込まれたディアマンドは互いに肌を晒して湯へ浸かっていた。ディアマンドは目の前に突然現れた温泉に困惑しきりだったが──彼は朝早くから山越えに赴いており、事情の一切を知らなかった──半ば自棄気味のリュールが目の前で衣服をがばりと脱ぎ出したので、大人しく付き合ってくれた。
 はふ、と心地よい温みに息を吐き出すリュールの、交差した前髪から雫が零れ落ちる。整った鼻梁をなぞり、ふくりと粒になったそれが唇に触れる寸前に、ディアマンドの指が伸びた。指先で雫を拭い取り、リュールの髪をそのままの動きで撫で付ける。

「あ、ありがとうございます。先程までソラの相手をしていたら、全身ずぶ濡れにされてしまって」
「ソラ様も久し振りに神竜様と遊べて楽しかったのだろう。ふふ、濡れ髪の君というのは新鮮で良いものだな。いつもより赤も蒼も深くなって吸い込まれるようだ」

 流れるような仕草で、ディアマンドがリュールの蒼色の髪に口付けを落とした。ポッと湯のせいではない熱が頬を火照らせるのが分かり、リュールは肩を小さくさせる。武芸百般に通ずると讃えられる王子は、言葉を操ることすら巧みなようだった。指輪を交わし合う以前から、リュールへ惜しみの無い賞賛を幾度も贈ってくれていた彼だが、想いが通じあってからはその熱が幾重にも増したように思う。

「それに、君が夜に時折纏っている桃の香りがするのも良い」
「ディアマンドの苦手な香りでは、なかったでしょうか」
「君に似合いだからだろうか、瑞々しく柔らかで好ましいと思う。……もしや、私と夜を過ごす日にあまり香の類いを身に付けていなかったのは、君の気遣いだったか?」

 その通りだった。ディアマンドが甘いものや強い香りが苦手と知った後から、彼と逢瀬の約束の日は特徴のある香りを着けないようにとリュールは気を配っていた。約束の無い、桃の湯に浸かった日の夜に散策や星見の途中でディアマンドに会うと、少しばかり勝手に気まずかったりもしたものだった。

……すみません、あなたが嫌な思いをしないようにとしていたのですが、から回っていたようですね」
「そんな風には言わないでくれ。君が私のためとしてくれたのだから、ただただ愛おしいと感じるばかりだ」

 リュールの肩を抱き寄せたディアマンドは、だが、と小さく続ける。

「私が傍にいない間、誰かが桃の香りの君と共に居たと思うと……少し妬けてしまうな」

 言った後で、ディアマンドは形のよい眉を下げ、自らの言葉に恥じ入っているようだった。己を律し常に君主たる振る舞いを崩さない彼にとって、幼稚な感情だと振り返ったのかもしれない。しかし撤回を表することはなく、リュールの首筋に動物がするように擦り付くと赤銅の瞳をすいと細めた。

「次に、私と会う夜にもこの香りを纏っていて欲しいと言ったら……。神竜様、許してくださるだろうか」

 耳元に低い声で乞われてしまって、リュールの心臓は愛おしさでくらくらと痛むようだった。受け取るものも与えるものも、慈雨の如くたおやかな愛ばかりだったリュールはこの頃、ディアマンドと己の持つ感情の強さに打ちのめされてばかりいる。今もゆだる頭を必死に動かし、

……ゆ、許すも許さないも。その……ヴァンドレに、お願い、しておきます……

 と、正しいのだか大きく外れているのだか分からない返事をして、頬を染めるのに一生懸命だった。泉水よりも熱く感じるディアマンドの手に力が籠り、ぐっと引き寄せられて互いの顔が近付く。常ならば目蓋を閉じて静かに待ち受けるそれを、リュールは眩い瞳の開いたまま自ら進み迎えた。色の混ざるほどに近くなった赤銅が驚きに見開かれるのに、どこか悪戯めいた気持ちが湧いてディアマンドと重なる唇が無意識に笑みを作る。ちろちろとディアマンドの歯を控えめに舐めれば、すぐに厚い舌が口腔へ入り込み舌同士を擦り合わせてくれた。気付けばリュールは顎を上向けて喉を晒し、追い縋るようにディアマンドの頭を抱き込んでいた。ディアマンドもまたリュールの腰を抱き寄せ、湯のなかで無防備に腹が触れ合って熱い。とろみのついた水を含んだ肌はいつものように噛み合ってはくれず、リュールは恥もなく全身をディアマンドに押し付けその熱を感じようと身体を揺らす。

「ディア、マンド……

 肚の内から涌き出る恋しさに、じくじくと焦燥ばかりが募る。こんなに皮膚一枚だけを分けて傍に在るのに、何もかも足りないと欲深い竜の性が喚いていた。

「ん、ふ……。はあっ、あ、あつ……

 幾度も唇が離れては繋がり、酩酊に身を任せてこのまま……とリュールが自己を手放しかけたところで、ふとディアマンドが止まってしまった。日に焼けた太い指が緩くなったリュールの口元をなぞり、かすかな憂いを伝えている。

「神竜様、大丈夫か」
「え……?」
「顔が真っ赤だ。私が来る前からソラ様と湯の中で遊ばれていたのだろう? のぼせてしまっては辛いから、もうあがったほうがいい」

 ディアマンドに手を取られると、彼の広い肩へと腕を回させられる。ディアマンドの表情はすっかり平静に戻っていた。

「捕まっていてくれ、立ち上がるぞ」
「だ、 大丈夫です! あの、まだ」
……自覚はないようだが、本当に首まで赤い。君の竜としての頑丈さは知っているが、心配させてくれ」

 リュールは未だディアマンドと触れ合う肌に心臓を鳴らしているのに、ディアマンドは知らぬ素振りで立ち上がるとリュールを湯から引き上げる。地上から吹き込む風が火照った肌に心地好いが、リュールの頭を冷ますには至らない。丁寧に扱われているのだと分かるくせ、何やら寂しい心地になっている自分に呆れて溜め息が零れた。

「神竜様? やはりのぼせてしまったか」
「いえ……。精進しなければと、思ったまでです」

 前後のない返答にディアマンドは首を傾げたが、真意を問うよりもリュールの世話を焼く方向へ意識が向いたようだった。守り人達が用意していた大判の布を広げるとリュールをそれで包み、甲斐甲斐しく濡れた身体を拭き取っていく。ディアマンドはリュールの身の回りを整えることに関して、いつも何故だか意欲的だった。王子として生きてきた彼にとって不慣れだろうに、いや、だからこそ新鮮な何かがあるのか、折に触れてはリュールに細々しく手を入れて満足げにしていた。

……リュール、様」
「えっ……わ!」

 布の優しい感触を甘受していたところに、未だ片手で足りるほどにしか呼ばれない名が唐突に降ってきた。リュールの身体が呼び名と共に抱きすくめられ、未だ濡れたままのディアマンドの肌は驚くほど熱い。ぱっと視線を上向けると、見せ掛けの凪の奥で燃える炎が、むしろ暴かれることを待つように揺れていた。

……やはりよい香りだ。次の夜が待ちきれない、など。君に笑われてしまいそうだな」

 それでいて、ディアマンドは恭しい仕草でリュールの頬を撫でて終わりとしようとするので。
 
「次の夜まで待てない、と言ったら……

 二つの心臓は煩く鳴っている。背に腕を回せば僅かな狼狽に揺れる彼からも、甘い桃の香りがした。

「ディアマンド、許してくださいますか?」