ひるね
2025-11-14 02:58:25
1930文字
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夢の縁にて(クロ指/無性別指揮官)

クロ指習作。怪我してる指揮官とクロムさんのお話。
指揮官の性別はどちらでも。
初めてクロムさん書きました。色々掴めてないと思いますが、ご容赦ください。
図書館デートしてる二人がなんだか可愛いな〜となり、妄想して出来たお話です。


夢を見た。
白く光る空の中、一羽の蝶が漂っていた。
羽は透きとおり、風のたびに色を変える。
触れたら壊れてしまいそうで、ただ見つめるしかなかった。

気づけば風が私の羽を撫でていた。
世界の輪郭が、ゆっくりと私のものになっていく。


  /


 夜の底からゆっくり浮かび上がるように、私は目を覚ました。胸の深いところに鈍い痛みがあり、包帯の巻かれた腕が目に入った。天井を撫でる人工灯の光が、視界の中でかすかに瞬いた。身体を起こすほどの気力はなく、ただ呼吸だけが静かに続いている。まるで、夢の名残が胸の奥でまだ震えているようだった。

 ――私は、蝶になっていた。
 軽やかで、温かくて、風に触れるだけで世界が変わるような感覚。


「目が覚めましたか」
 ふいにかけられた静かな声。視線を向けると、扉の前にクロムがいた。彼の足元には、伏せられたままの端末が置かれていた。
 どうやら、しばらく私の覚醒を待っていたらしい。ここは医務室のようだが、夜なのか朝なのか判断がつかない。淡い光の中に立つその姿は、どこか現実離れしていた。
……不思議な夢を、見たんだ」
 私の言葉に、クロムは表情をわずかに緩めた。普段は静かな理性を湛えた彼だが、今この時の目元はどこか柔らかい。
「夢、ですか?」
「うん、蝶の夢を……。あれは私だったのか、それとも私が蝶の夢を見ていたのか……
 あまりに取り留めのない言葉に、自然と苦笑が滲んだ。クロムは頷いてから静かに言う。
「荘子ですね。――人が蝶の夢を見るのか、蝶が人の夢を見るのか。図書館で君とその本を読んだ日を、よく覚えています」
「ふふ、別に忘れたっていいのに」
「まさか。……ページをめくる君の指先が、まるで風を待っているようでした」
 胸の奥がかすかに揺れた。
 夢の中で羽ばたいていたあの感覚が、一瞬だけ戻る。
「あの夢の中で、私は確かに飛んでいた気がする。どこまでも遠くへ。……不思議と何も、怖くなかった」
 クロムは少しだけ目を細め、囁くように言った。
「それは、自由への記憶なのかもしれません。無意識が『まだ飛べる』と覚えている証拠です」
 その言葉は、波紋のように内側へ沁み渡っていった。私はクロムと過ごした図書館の午後を思い出していた。
 窓際で二人並んで読んだ本。本棚の隙間を漂う光が、蝶の羽のように揺れていた。クロムの声が、柔らかく耳の奥へ届く。
「指揮官。夢の中で見たものが、現実を形作ることもあります」
……夢で見たものが?」
「はい。たとえば信頼や希望……誰かを想う気持ちも、そうです」

 彼はベッドへ近づき、私の隣に静かに腰を下ろした。
「無理に起き上がらなくていい。痛みますか?」
……大丈夫。少し身体が重いだけ」
 クロムの眼差しが一瞬だけ細くなり、指先がそっと伸びてきた。頬へ触れる直前で、それがひと呼吸だけ止まった。触れてもいいか確かめるように。
「指揮官」
 優しく呼ぶ声が、皮膚や筋肉を通り越して、内側の柔らかい奥まで届く。クロムの親指が私の瞼の縁をゆっくりと撫でた。まつ毛をかすめる動きに、息が静かに揺れる。
「何も恐れなくていい。……もう大丈夫です」
 囁きは、眠りへ落ちる許可を与えるように穏やかだった。指先はこめかみへ滑り、頬の輪郭を沿ってゆっくり降りていく。少しだけ冷たい指先が、胸の中の凝りを一つ一つ解いていく。呼吸がひとつ深くなるたびに、クロムの気配が近くなった。
「君は大丈夫。まだ飛べます。どこへでも、自由に翔ける」
 その言葉が瞼の裏に淡い光を落とし、私の意識は緩慢な波間に溶けていく。
 蝶の羽がふたたび揺らめき、夢と現のあわいがゆっくりと重なった。クロムの手が離れる頃には、私は再び静かな眠りの海へと沈んでいった。



  ※



 しばらく、クロムは指揮官の呼吸を見守っていた。その表情は穏やかで、どこか確かめるようでもある。やがて静かに立ち上がり、窓辺へと歩いた。朝の風が彼の蜂蜜色の髪を優しく揺らす。

――窓の桟に、一片の羽が落ちていた。

 乳白色のようにも、淡い青のようにも見える光の羽。クロムはそっと指を伸ばした。触れた瞬間、羽は音もなく崩れた。砂のように。光の粒のように。掌に温度だけを残して空気へ溶けていく。微かな手応えだけが、現実への証のように残った。

――夢と現のあわいに、あの蝶は確かにいたのだろうか。それとも、最初から境などなかったのだろうか。

 クロムは振り返り、眠る指揮官を見つめた。朝日が青白い頬を撫で、けぶるまつ毛の先に羽の光がそっと揺れた気がした。
 世界は何も変わらず、ひそやかに息をしている。