miringi
2025-11-13 21:36:46
7108文字
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【本ロド】論理的帰結

「ロドで記憶喪失ネタ」
目覚めたら知らねえ吸血鬼が隣にいた退治人と、知らねえ退治人が隣にいた吸血鬼の話です。

リクエスト企画で書かせて頂いたものです。ふさふさ大福えびさん、リクありがとうございました!

 頭がほんのりと痛い。
 二日酔いに近いような気分で目を覚まし、ロナルドは大きく伸びをしようとした。見慣れた家の天井と――

「ん?」

 わずかの違和感。自分以外の何かの気配。今だ晴れぬぼんやりとした頭を傾け、何とはなしに視線を向ける。

「ッ!?」

 反射的にホルスターへ手が伸びた。空振りに終わったのを知覚する前に立ち上がって距離を取り、混乱した頭で黒い塊を見下ろす。素早く視線を動かして近くに武器の類がない事を再度確認し、ゆっくりと拳を構える。

「ん~?」

 その一連の動きに反応したのか、ロナルドの隣に横たわっていた黒い塊が、大きく伸びをした。病的に細長い手足が広がり、手袋と袖の隙間から青白い肌が覗く。あくびを逃がすために大きく開いた口には鋭い牙が見えた。

「は~~いい夜、じゃない頭痛ッ」
「は?」

 短い悲鳴と共に男が砂の山と化す。見慣れた吸血鬼の死に様だ。え、いや待て、死んだんだけど。俺まだ何もしてないよな――と構えをとかないまま自問するロナルドの前で、にゅ、と腕が伸びたので「うぉッ!」と声を上げてしまった。

「ギャー!」

 あげたついでに蹴った。感情としては死んでたと思っていたセミが急に暴れ出した時のれに似ている。反射的な行動である。
 生えた腕はまた塵に返り――固唾をのんで見守るロナルドの前で、今度は塊となって再生する。

「いきなり何だ! セールスお断りだ、ぞ――?」

 痩せた男だった。二本の角のような特徴的な髪型の下に落ちくぼんだ眼窩、ぎょろりとした瞳孔の小さな目。重たげな瞼がその上にかかり、鋭角の鼻の下には裂けるように開いた口。真っ黒なマントを着込んでいるその姿、全く見覚えはないが、どっからどう見ても女子供を攫って生き血を啜るタイプの吸血鬼だった。
 ロナルドの顔を不躾にじろじろ見ると、吸血鬼は不審そうに眉を寄せる。

「誰?」
「こっちの台詞だわ!」
「うるさッ」
 再び目の前に塵の山が出来た。今度は間髪入れずに男が姿を現す。死んですぐに黄泉がえっているのだと気が付いた時、脳が嫌な感じにピリついた。しかしその緊張感を嘲笑うよう、復活した吸血鬼が「いてッ」と声を上げてまた塵になった。

「いやなんもしてねえけど!?」
「確かに君は何もしてない。マント踏んでぴってなったのだ」
「ザ、ザコい……
「やかましい! というか君は誰でここはどこだ? あれっジョン! ジョンは!?」

 吸血鬼が急に慌てた様子であたりをわたわたと見渡し、自分の頭や肩のあたりを探った。その衝撃でメモ用紙が宙を舞う。地面に落ちたそれには見慣れぬ形の文字が並んでいる。

「あ、ジョンのメモ! ヌンちょっとギルドにいってきます……?」
「ギルド?」

 聞きなれた単語に今度はロナルドが不審な表情を作る番だった。ジョンというのはこの男の関係者だろう。吸血鬼の関係者がギルドになんの用があるというのか。
 疑問の尽きないロナルドを裏腹に、何故か吸血鬼は「うむ……」と少し落ち着きを取り戻していた。赤い瞳が鋭くこちらに向けられる。

「そこの君、一旦情報のすり合わせをしようじゃないか。どうもお互い望んでない事態のようだ」
「な、何急に落ち着いてるんだよ」
「ジョンが危ない場所に私を置いていくはずがないからな。そう慌てて出て行く必要もあるまい。この小屋は君の家か?」
「そうだけど……
「ふむ。なら私は客人と言うわけだな。お茶ぐらい出したまえよ」
「いや客人なわけねえだろ! 俺は退治人だぞ!?」

 何をとち狂ったら吸血鬼を客人としてもてなすことがあるのだろうか。危険な吸血鬼を捕縛した方がまだあり得る話だったが、生憎目の前の男は全く危険でもなく捕縛もされていない。それどころか、そう言えば、同じソファベッドで目を覚ましたのではなかったか。

「退治人? またけったいな話だな……仕方ない、ポット借りるぞ」
「おい人ん家で何……棺桶!?」
「ん!? あ、私の棺桶だ! 何で!?」

 キッチンに向かおうとした吸血鬼を追えば、ソファの裏にバカでかい黒い棺があるのが目に入った。吸血鬼にとっても意外だったのだろう、目を見開いて驚いている。男はしばらく怪訝な顔で考え込んだ後、足早にキッチンへと向かった。止める間もなくキッチン全体を睥睨すると、手近な収納を開け、更に険しい顔をする。

…………
「こら勝手に開けんなよ!」
「退治人君、君は料理は嗜む方かね?」
「え? あー……? あんましねえけど……
「この辺りの道具に見覚えはあるか?」
「あ? そんなの……

 自分の家なのだ、あるに決まっている。そう言いかけて口が固まった。吸血鬼が開いた引き出しには、全く見覚えのない道具が沢山収まっている。木の棒とか、何か平たい金属とか。使い方もぴんとこないが、何となく料理に使うものであろうことはわかる。

…………?」
「なさそうだな」

 どこか見透かしたような男の態度にカチンとくるが、今はその言葉の先が聞きたかった。無言で首をしゃくると、男が大仰に肩を竦めて両掌を天井に向ける。

「これは私の料理の道具だ。狭いから苦心の後が見えるが、私だったらこう収納するだろうという配置でもある」
「それってどういうことだよ」
「わからん。私の城とこの小屋が空間が歪んでくっついたのでなければ」

 吸血鬼は細長い指を立てて真顔で言った。

「我々は望んで同居していたと言う事になるな」



 信じられない話である。吸血鬼はロナルドにとって退治の対象だ。一緒に住むなんて考えられない。絶対ありえねえと吠えられ死にながら、「でも事実君はキッチンを私に明け渡している」と吸血鬼――ドラルクと名乗った男は続ける。

「棺桶さえ迎え入れている」
「ぜんっぜん迎え入れた覚えないんだが?」
「それはお互い様だろう、記憶がないんだ。ぎゃーぎゃー言ってないでちょっとはアイデア出しなさいよ」
「アイデアつったって……

 不思議な男だった。何だか勢いに任せて、適当に乗せられてしまいそうになる。二人で膝を詰めて考えるより、それこそギルドなりなんなりに行って助けを求めるような手もある気がしたが、首を振ってその考えを打ち消した。この男が安全である証拠はどこにもない。今は他の人間を巻き込むべきではないだろう。

「いてっ」

 たとえ相手がソファに自分で脛をぶつけて死ぬようなクソザコであってもである。

「あー……例えば、監視のために家に置いてるとか……? VRCに引き渡す前とか」
「監視ねえ。監視対象の作った料理を食べるアホがいるとは思えないが、君なんかチョロそうだしなウエッ」
「食うわけねえだろ! つーかキッチンに道具あるぐらいで料理作ったかわかんねえだろ」
「ぱんぱん猿がシンバル叩くみたいに殺すな! 作らないのに道具がある理由がないだろ」
「知るか! キッチンに道具置かないと爆発するとか事情があったんだろ」
「どんな事情だ。いい、冷蔵庫開けさせてもらうぞ」
「あってめ勝手、に……?」

 開け放たれた冷蔵庫を見て、文句が引っ込んだ。
 中には見覚えのないタッパーが整然と並んでおり、一番手前には何かの下準備をしているらしきボウルさえおいてある。サイドポケットには牛乳が複数並んでいて、ついでに作った麦茶のボトルまであった。ロナルドの記憶だと、この冷蔵庫は貰い物で料理をしない一人暮らしの家には大きすぎ、中には適当に買ったペットボトルが入ってるばかりだったはずである。

「どうやら料理はしてるらしいぞ。これは……鶏肉に下味をつけてるみたいだな。唐揚げか?」
「唐揚げ」
 何故かその言葉を聞いた瞬間、胃がきゅうっと悲鳴を上げた。唐揚げのにおいとしかいいようのない、あの匂いが脳に浮かぶ。

「珍しいもの作ってるなあ。君の好物かね?」
「わかんね……
 勿論嫌いではなかったし、それなりに好きな料理ではあったと思う。ただ、名前を聞いた瞬間唾液が増えるような、そこまでのものではなかったはずだ。

……うーん……
 こちらの反応を窺った後、吸血鬼は顔を顰めて首を傾げている。

「考えにくいことだが…………
「んだよ。言いたいことあんなら言えよ」
「うーん……
「なんだよ」
「一応確認だが……私達、結婚してたわけじゃないよな?」
「はーっ!?」

 何を言っているのだこいつは。どうしてそんな発想になるのか本気で理解できない。できないのだが、何故だか口が動揺している。

「けけけ結婚なんかするわけないだろ何言ってんだ」
「私だってそう思っとるわ、可能性の一つとして考えただけじゃ。第一に、このキッチンの様子を見ると、我々はそれなりに生活を共有した暮らしをしているらしい。第二に、ジョンが君の元に私をおいて出かけたことから、ジョンが君を信頼していることがわかる。それだけなら退治人と高等吸血鬼の愉快なルームシェアで片づけてもいいんだが……
「するわけねえだろそんなこと!」
「と、このようにそういうことが当たり前に起こる性格ではお互いないらしい。ならばありえざる事態を検討する価値はあるだろう」
「それで何でけけけけ結婚なんてぶっとんだ話に」
「いや……気づかないか?」

 吸血鬼は首を傾げた――ロナルドの顔のほんの数センチ先で、大きな目が細められる。

「ちょっと距離が近すぎる」
「あ?」

 指摘されて初めて思い至った。確かに目が覚めてからこっち、気が付けば動くとすぐに体が触れ合う位置にポジションを取っている。吸血鬼の背中越しに冷蔵庫を覗き込んだ時は体が密着したし、今もほんの数センチの位置で向かい合って会話をしている。しかしそれがしっくりくると言うか、違和感の一つも抱かなかった。そういえば、さっきだってソファベッドに並んで横たわっていたのではなかったか。
息のかかるような距離で、吸血鬼が瞬きをする。

「君がパーソナルスペースバグってるお調子者だというならまあわからんでもないが」
……そんなことは……ねえと思うけど……
「とはいえ結婚は勿論否定することを前提に出した仮説だ。棺桶から連想しただけで本気で思ってるわけでは」
「いや、ちょっと待て」

 論を畳みにかかる吸血鬼の肩を思わず掴んだ。うっかりこの男を蹴り殺したのと同様、反射的な対応だった。

「確かめるぞ」
「はぁ? いや、絶対ないだろ?」
「ない。ぜってえない。万に一つもないが、もしかしたらこのガリガリのおっさんと結婚しているかもしれないという可能性は百パー排除しときたい」
「いやこっちの台詞だが? こんなチョロくて暴力的で知能の低そうな人間風情とギャー! 殺すな! もうこの殺す速度が証明しとるだろ!」
「うるっせえいいから確かめるぞ」
「確かめるって何をするんだね」

 ロナルドの口が、思考をする前に「手とか」と呟いた。

「手とかつなぐ」
「ハァ? おててつないで何がわかんだアホスカポンタンヴェー!」
「うるせえ結婚してんなら手ぇ繋いだらドキドキするからわかんだろうが!」
「ヤバこいつ……いやまあそれで君が納得するならいいけど……

 反論するのもめんどくさいと言う調子で、ほい、と左手が無防備に差し出された。青白い肌に、真っ赤な爪が妙に光っている。ごくりとつばを飲み込んで、右手を掌に重ね、ぎゅっと握った。

「うっ」

触れた場所が酷く熱を持ち、どっくんどっくんと血が戻ってきた。かあっと耳まで赤くなったのがわかり、首筋に汗が浮かぶ。アドレナリンが回ったせいかうっすら目が潤んだのがわかる。

「あっ」

 ぎぎぎ、と機械仕掛けのように首を動かして吸血鬼の方を見ると、男は困惑したように目を瞬いていた。さっきまで勝気に上がっていた眉が、困ったように垂れさがっている。薄っすらと頬に赤みがあるのが見て取れて、余計に体が強張った。

…………
…………

 これはもしかして……ありえないことがありえるのだろうか。断固としてないと思っていたにもかかわらず、心臓の動きに影響されたのか、気持ちが妙に浮つく。

……も、もう少し確かめるかね」
「そっそうだな、もう少しでわかる気がするぜ!」

 吸血鬼の提案に一も二もなく頷き、指に込める力を少し込めた。今度は相手からも握り返され、指先が関節を確かめるように動く。何だか湯気が出そうな気持になった。

……わ、わかったか?」
「も、もう少し……

 お互いの距離が半歩ずつ縮まる。そうするともうほとんど寄り添っているような有様で、互いの妙に緊張した息遣いと伝わってくる。抱きしめたいような、そんなこととてもできないような相反する気持ちに襲われた。とても信じられない事だけれど、この感情が何よりの答えと言う気もする。

……一体何があってこうなったんだ……?」

 そんなことを悔しそうにつぶやくこの男の様子も、それを裏付けているような。

…………
…………

 伏せられていた赤い瞳が持ち上がり、視線が絡んだ。張り詰めた糸のような空気が漂う。心臓の音が大きく響いて他の音が聞こえない。身じろぎを合図に、どちらともなくまた距離が近づいて――

「ヌヌイヌ!」
「うおっ!」
「うわっ! あ、ジョン!」
「ヌ……?」

 何かが起きる前に、事務所側の扉が開いた。元気よく挨拶をして、とてとて中に入ってきたのは、トースト色のかわいらしいアルマジロである。吸血鬼が空いている右手でマジロを抱き上げた。自然、ロナルドとの体の隙間に愛らしい球体が挟まる形になる。

「お、おかえりジョン! 一体これはどういうことだね」
「ヌー」
「催眠ローソク……?」

 吸血鬼が不穏な単語を呟いた。アルマジロは鞄から燭台に乗ったローソクとライターを取り出している。

「なるほど……? これで記憶が一時的に消えているのか。しかしどうして?」
「ヌヌヌヌヌヌ、ヌヌヌヌヌンヌヌンヌヌヌヌ」
「喧嘩!? 喧嘩でこんなこと……いやまあしなくもないか……? 私だしな」

 この可愛らしいアルマジロに覚えはないのに、何故か言っていることは何となくわかる。吸血鬼の言葉から察するに、自分たちは喧嘩をして……記憶を失うようなやべえ道具を使うに至ったらしい。
 しかし、喧嘩で記憶をなくそうとするって……それはもしかしてあれだろうか。破局寸前だった、ということなのだろうか。お互い忘れて次の人に……的な?

…………

 握ったままだった手が急に冷たくなっていく気がする。全く、本当に、全然理解できないが、どうも自分達はそういう関係らしい。そういう相手は大事にしないとダメだろ、とロナルドの価値観は言っている。喧嘩したのだとしたらまず間違いなくこの男が悪いのだとは思うが、それはそうとして記憶をなくしてお別れみたいなのは違うだろ。

…………

 だって、何より、多分、好きじゃんか。手を握って体が近づいた時のドキドキした感情が、ロナルドには生々しく残っている。もう気持ちが完全になくなって破局する寸前だとしたら、絶対にあんな気持ちにはならないはずだ。

「ヌー、ヌーイヌヌ、ヌーヌヌヌヌヌヌヌ……

 マジロはもう一度ローソクを使えば大丈夫だと言っている。ギルドにはライターを借りに行っていたらしい。解決を図る賢いマジロの頭を思わず撫でると「ヌン!」と嬉しそうに胸を張ってくれた。かわいい。
しかし、記憶を取り戻すということは。

…………
…………

 吸血鬼の方を見つめると、何故か吸血鬼もこちらを見ていた。惜しむような視線に喉が締め付けられ、思わず握った手に力が籠る。また親指の付け根をなぞられて、その仕草にどんな意味を見出せばいいのか。

「ヌー!」
「や、あの……ジョン? それ使うの、もうちょっと待ってくんね?」
「ヌ!?」
「そ、そうだな。そう急ぐこともない。多少この男のことが思い出せないからってさほど不便でもないし」
「ヌ……?」

 理解ができないという顔のマジロの頭を誤魔化すように撫でる。吸血鬼もまた機嫌を取るようにその背中を撫でまわしていた。

「喧嘩と言ってもどうせこのアホ面男が百パーセント悪いんだろうが、それを思い出すまでに自分を省みるチャンスがあってもいいだろう?」
「フンッ」
「ギャー!」

 手を握りつぶして「それはこっちの台詞だわ」と応戦する。

「てめえが反省するまで記憶なんか戻んなくていいぜ」
「言ったな若造! ジョン、聞いたね? この男が謝るまでその催眠ローソクは預かっておいてくれたまえ」
「こ、い、つ、が謝るまでな、ジョン!」

 「こいつが謝って」と指をさしながら声が揃う。
 仲直りするまで――と続きそうだった言葉を、慌てて飲み込んだ。何故か吸血鬼も、同じように唇を噛んでいる。

「ヌェ~……?」

 アルマジロは理解できないような顔で首を傾げて、しかし勢いに押されたのか、確かに頷いてくれた。それに「ィヨシッ」と内心ガッツポーズをする。


 二人が記憶を取り戻し、お互いが結婚どころか交際もしていない、異様に距離が近いだけのただの同居人であること思い出すのは、散々仲直りのためにいちゃいちゃべたべたもだもだを挟んだ、一か月後の話である。