望月 鏡翠
2025-11-13 20:12:35
1038文字
Public 日課
 

#1903 リュネストの領地で、ある日のこと3

#毎日最低800文字のSSを書く/我らが王の身罷りて 二次創作


 彼らがリュネストからいずれトルガを追い出すつもりだったとしても、いまここはトルガの領地であり、以前からのトルガの店である。
 自由に過ごしたかった。
 しかし店主は入れてくれそうになかった。
 彼の気持ちも、わからないではないのだ。
 貴族は貴族。平民は平民。今のような情勢なら尚のこと、身の置き場所はわきまえるべきなのだろう。
 しかし、店主は相手が貴族になったからといって、謙って全ての要求に頷くようなことをしない。相手の身分に関わらず、いうべきことを口にできるのは、良い商人だ。
 トルガは自分が選んだ男に満足していた。
 その上で、これは少しのわがままとそして遊びだった。
 仕方がない。追い出されたあと、店の外に積んであった木箱に腰掛け、手にした楽器を爪弾く。
 旋律に合わせ口ずさみ、唄う。
 少しして、店の中から黄色い声が上がった。
 裏口から押し合いながら、女たちが転がり出てくる。店で給仕をし、場合によっては二階で客を取る。男たちを癒し、再び海に出る活力を与えてくれる花たちだ。
 それを押し留めようとする店主も一緒に、外に押し出されてきた。
「トルガぁ、どうしてこんなところで弾いてるの。中であなたの声を聞かせてよ」
「お貴族様の入る店じゃないってな、そこの怖い人に追い出されちまった」
「ひどぉい。どうして? トルガが来た方が盛り上がるのに」
「おい、名前を呼ぶな。人が聞きつけたらどうする」
「なぁにそれ。こんなところに立たせてたらそっちの方が危ないじゃない」
 口々に女たちに責め立てられて、店主はとうとう折れた。
「ああもう! わかったわかった。頼むから裏からこっそり入って早く上に行ってくれ」
 きゃあと、女たちが声を上げる。何があるのかと路地裏を覗き込むものもいて、そろそろ本当に店に入った方が良さそうだった。
「楽器はなしなのか?」
「やだやだ、弾いてよ」
「顔見せなければいいじゃない。弾いてよ」
「代わりにあの新人に楽器握らせて弾いてるふりさせておきなさいよ」
「今日、出勤してる?」
「早く呼んできて。じゃないと先に歌い始めちゃうから」
 女たちの声には不思議な魔力がある。店主の方が立場が上だとか、決める権利があるだとか、そんな理屈は抜きにして、仕方がないとつい許してしまう、そんな魔力だ。
 トルガはそれを聞くのが好きだった。
 店の裏口から中に入るときには、もうステージの袖にトルガが隠れて唄うための席が用意されていた。