
「それで、断れなかったんですね」
キュリアス・ゴージに依頼された愛の歌の作歌の話を聞き、リテイナーのベルトランが作業の手を止めて微笑んだ。
面白がっている時の顔をしている。
他人の表情の機微に疎いオミローではあるが、最近では彼の表情の意図がわかるようになってきた。
先日、出来心で恋愛相談の依頼を何度か受け付けてみたところ、完了後に多くの依頼者から冒険者ギルドへ手紙が届いた。
ほとんどオミローへの苦情の手紙だったのだが、それらを開封し対応したのがベルトランであったため、その時のことを思い出しているのだろう。
苦情の数が物語っているように、オミローには色恋のなんたるかはわからない。
当然、被害者だと語る依頼者の文面に共感することはできなかったものの、そんなオミローから見ても、手紙に書かれた依頼当日の経緯を読んでは吹き出し、肩を震わせて笑うベルトランの姿を見て、いかがなものかとは思ったものだ。
ベルトラン・ミュラーは、オミローが初めて雇ったリテイナーである。
暁の血盟がまだ砂の家を拠点にしていた頃。
ミンフィリアが冒険者ギルドへ紹介状を書いてくれたことを機にしての雇用だった。
資産管理を依頼するにあたり、利用する頻度が高いマーケットで契約する方が都合が良いかもしれない、と助言を受けグリダニアの雇用窓口を選んだものの、当時のオミローにはリテイナーを雇用する動機がなかった。
受付担当者に希望の人材を求められ悩んだ結果、「初めてで分からない」とだけ伝えて人選を任せたのだった。
そう記憶をさかのぼってみると、彼とはなかなか長い付き合いだ、と思う。
あの時、既にミンフィリアのもとに集っていた暁のメンバーよりは短いが、アルフィノや、アリゼーよりも長い。
「そういえば、ゴージとは君と同じくらいの時期に知り合ったんだった」
「おや、そうだったのですか。初耳です」
「俺も今思い出した。君もずっといい人だけど、ゴージもそうなんだよ」
そう自分で口にしながら、だから断れなかったのか、と腑に落ちる。
普段なら手に余る依頼はすぐに断るけれど、友達の頼みを無下にしたくないと思ったから。
「愛かぁ
……」
とはいえ、受けたからには半端な仕事をするわけにはいかない。
悩みは変わらずオミローの眼前にあった。
既存の歌を真似るだけならできるが、それならば別に自分が作らなくたっていいのだ。
しかしながら愛なんか、よくわからない。
師匠に聞けば「私には愛を教えるような資格はない」と言うし、ギドゥロは色々話してくれたものの、結局どういうことなんだろうと思った。
詩歌に出てくる愛は高い頻度で燃えているが、熱いのだろうか。
そういえば、ゴージとドルゴノと3人で戦った時、愛の力がなんとか、と言ってたような気がする。
愛が力を与えるのならば、戦歌のようなものだろうか。
ううん、とうなりながら竪琴を爪弾き、全く心のともなわないラブソングを奏で続けるのを見かねてか、ベルトランが茶を淹れなおした。
「巷で流行る恋愛曲というのは抽象的なものが多いですから、貴方にはわかりにくく感じるのかもしれませんね」
「じゃあ、はっきり言ったらどういうことなの」
ふむ、とベルトランがカップを持ち上げ、茶をすする。
「色々な考えがあるとは思いますが、人によっては『口づけ』をしたいなら恋だ、という人もいますし──」
「それだったら、みんな娼館のお姉さんに恋してることになっちゃうじゃん」
そうですね、と声をあげてベルトランが笑う。
笑えることを言ったつもりはないのだが。
「ううん、ゴージさんは斧を振るえなくなったんですよね。そういう、そわつくような
……そういうものが恋なのでは?」
「じゃあ、そのソワツク気持ちが愛ってこと?」
「愛というと、また、途方もない気がしますが
……」
「君でも説明できないなら、俺には無理だよ
……」
もう、お手上げの目の前まで来ている。
説明ができないような物ならば、もう本人に聞くしかないか。
ぐるぐると考えながら、少しぬるくなった茶をぐっと飲み干す。
なんなら、詩の原案はゴージに考えてもらって──。
「オミロー。そのお茶、なんだかわかりますか」
最後の一滴をごくん、と飲みこんだところでそう聞かれ、たった今、喉を流れていったものの味と香りを思い出す。
「
……ハーブティーかな。ミントのやつ」
「正解です。煮詰まっているようだから、少しでも気晴らしになればと思って淹れたんです」
続けて「スッキリしました?」と聞かれたので「言われてみたら、そうかも」と応えると、途端にベルトランが目を細めて、
「俺は、このやりとりも愛だと思いますけどね」
と笑った。
先ほどから意味深な会話ばかりだ、とオミローがいよいよ辟易した顔をにじませるのを見て、ベルトランがまた微笑む。
今度は面白がっている顔ではない気がする。
「そのお茶は、貴方の気分がよくなるように、と考えて俺が淹れました。貴方はそれを聞いて、本心では『そんなに変わらなかったな』と思ったでしょう」
自分の心臓がぎくりと音を鳴らす。
「でも、俺を気づかって肯定してくれた。そういうものが愛なんだと、俺は思いますよ」
「別に、全く変わらなかったわけじゃないけど
……。じゃあ、思いやりが愛ってこと?」
さあ、その先はご自分で、と肩をすくめられて顔をしかめていると、空になったカップに再度、茶が注がれた。
もう一杯飲みたいと口に出してはいないのに。
二回目の茶葉だ。
色は薄いし香りもぼんやりとしている。
だけど、嬉しいし、何故だかうまい。
笑われそうだから聞きはしないけれど。
──それも“愛”だと、言われるのかな。
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